Web草思
ゆらりゆらゆら記 鬼海弘雄
第9回 小さな裸の火を懐に
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 修理に出していたハッセルが、十日ぶりに戻ってきた。
 物に執着をおぼえないたちだが、三十年ほど使ってきたカメラなので、年甲斐もなくうれしい。直してくれた人が、これからも充分に使い続けることができると言っていたのでなおさらだ。わたしのハッセルには、露出計などが付いておらず、暗箱のようにシンプルな構造だ。
 いつも使用しているカメラは、インドやトルコなどの海外では35ミリの一眼レフカメラ、日本ではこの標準レンズ付きハッセル一台だけで済ましてきた。
 長い間、まるで場違いな蝸牛のような歩みでそのハッセルで撮ってきた。これまで十二冊の写真集を出したが、五冊がハッセルだ。仮にも写真家なのにただ一台のカメラにだけこだわっているのは、市井の人の肖像と人が住む場所としての町の連作だけを性懲りもなく続けてきたせいだ。
 写真を始めてさしたる年月もおかずにそのハッセルに出合った。当初は、メカや性能などにはまったく無関心なせいもあって、肩で光るブランド品の名機に他人の視線が気になりはずかしさを覚えたものだ。
 1979年、初めてインドに旅した折には、恩師の福田定良先生から頂いたようなそのハッセルは、盗難にあうのを恐れて持っていかなかった。押し入れの奥の衣装ケースの中にしっかりとしまって出かけた。
 切り詰めた半年ほどの放浪から戻り、さっそく衣装ケースを開けると、我がブランドのカメラはぼろぼろに錆びていた。嗚呼。ナフタリンに金属がおかされたのだった。気落ちしながらも試し撮りをしてみると、機能的には何も問題がなかったのでほっとした。
 それ以降、ハッセルの剥げたボディーに黒いガム・テープを貼って使っている。その時から我が名機は、道具という本来の位置におさまって活躍してもらっている。
 高級機を錆びつかせたインドの旅は、当時はやっていたヒッピーを真似たアホで未熟な旅だったが、ひとつだけ大事なことを教えてくれた。
 旅を通して、カメラマンとして最低限の生活費を稼ぐことさえ途方もないことだと解ったことだ。ましてや雑誌などに向けて毎回課題をさがして売り込みを続けることなど、とてもかなわないことだと気付かされた。
 そんな立場にもかかわらず、写真を真剣に続けようとするならば、定めた課題を淡々と追い続けていく道しかないだろうと思った。無論、それでは世に身を立てることなど覚束ないことは分かり切ったことだった。それでも諦めなかったのは、自分の能力に懐疑的であったのに、あえて表現の世界に向かうためには仕方がないことだと思っていたからだ。
 むしろ「カネを稼げない」ことこそが、自分のできる仕事の拠りどころになるのだろうと居直った。今でも劣等感の酸にはたえずさいなまれているが、当時はもっとのっぴきならなかったに違いない。
 そんな世の中の判断からはほど遠い価値観で、撮り続けて飽きることのないテーマとは、やはり、あらゆる表現の核である「人間」しかない。人間にレンズを向けなければならないだろうと思った。そして、ひとを真正面から撮るには、構図に惑わされることない真四角な画面のハッセルだろうと考えたのだった。
 そのとき以来、絆創膏を貼られブランド品から道具に成り上がったハッセルは一度も壊れることもなく三十数年間、人と町を撮り続けてきてくれた。
 交換レンズを使用してこなかったのは、ハッセルのレンズは飛び抜けて高額で手が届かぬせいもあるが、一方で、撮影に何か制限を設けないと無個性になり、野生動物が自分の領域に匂いづけをするように自分の彩りを加えることができないと思ったからだ。イソップの酸っぱい葡萄というわけだ。
 こうしてどうにかこうにか、自分をじぶんで綯うようにゆっくり仕事をしてきた。還暦を過ぎた今になって、ふと、むかし育った村の年寄りが言っていた言葉を思い出すことがある。それは「勉強などをするとひとが悪くなるぞ」という爺さんの戒めだ。
 勉強を写真という言葉に替えられるだろうフレーズを、長いあいだたわい無いことだと鼻で笑って生きてきた。だが、歳のせいか近ごろはそのコトバには、なにほどかの真理が含まれていると思うようになった。
 「表現」などという溶鉱炉とは言わないまでも、ちいさな裸火を懐に抱えて生きているせいだろうか。
 明日、写真を撮りに行こう。

* 春に本になった『東京夢譚』の写真展を、9月5日から18日まで銀座ニコンサロン(03-5537-1469)、10月4日から9日まで大阪ニコンサロン(06-6348-9698)で開きます。都合のよい折にでも覗いていただければ幸いです。


好評連載『東京ポルカ』が写真集に!
東京夢譚 鬼海弘雄
『東京ポルカ』で発表された写真を含め、鬼海氏が30年にわたって撮り続けてきた「東京」シリーズ作品約120点を掲載。エッセイも大幅に加筆されて収録された写真集になりました。
東京夢譚

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