Web草思
ゆらりゆらゆら記 鬼海弘雄
第4回 春の日、モツを喰いにいく
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 すこしも、濡れた手が冷たくない。
 朝早く洗濯物をベランダに干していて、ふと、少しも冷たく感じないのに気が付いた。春がきたらしい。
 確かめるようにあらためて見下ろした隣の庭のこぶしは、白く膨らんだ蕾がいっせいに顎をあげて天を仰ぎ、発声を待ちかまえている少年合唱団のように見えた。季節のうつろいはいつも突然やって来る。そういえば二、三日前から、花粉症の妻が洗濯物をとりこむとしきりにクシャミをしていた。
 一枚薄着になって、ひさしぶりに町歩きに出てみよう。
 そうだ、京成線の立石に行ってみよう。
 一週間ほど前『東京夢譚』を見たひとから本の感想よりも熱く、葛飾の立石駅前にある有名モツ焼き屋を語る手紙が届いた。横書きの長い手紙には、『東京夢譚』のような写真を撮るひとにはそのモツ屋は、口にも眼にもあうだろうから、是非とも勧めたいと結ばれていた。 
 小田急、JR、京成に乗りついでいると小さな遠足をしているような気分になった。下町の中を高架で走る京成線は実にしばらくぶりだ。朝に見たこぶしの花の残像と低い家並みが陽射しに輝くのを見ていると、年甲斐もなくこころが浮き立った。各駅停車を選び子どものように窓外の光景を見つづけていた。十一時過ぎに、立石駅に降りたときには首回りがすこし凝っていた。
 モツ焼き屋の開店は二時からだと手紙で知らされていた。とりあえず場所の確認をしておこうと思った。駅前の路地に直に面した肉屋で訊くと、惣菜を揚げている白衣を着たオニイサンが、店名を言う前に揚げ箸を振って教えてくれた。すでに店頭の水槽のような大振りのガラスケースには、コロッケがまるで梱包されたようにびっしりと積み重ねられている。八十円。
 アーケードに入って行くとすぐにわかった。店には、臙脂色の細長い暖簾が飴色に光る竹竿に通されて下がっていた。もしかしてやっているのだろうかと暖簾をくぐると、開け放たれた店内で包丁を握る半袖の白衣の男が、手を休めず「二時からだよ」とまことにぶっきらぼうに言った。う?ん、その坊主刈り男の無愛想さにいっそう期待が膨らんだ。
 時間潰しに、駅の周辺から歩きはじめる。並行してはしるアーケードの商店街にはびっしりと昔ながらの小売りの店屋が並んでいた。一郭の複雑にからんだ横道を勝手気ままに歩いていると、町という体のなかをめぐっているような気がしてきた。
 周辺には靴屋というより履き物屋と呼びたくなるような店や酒屋が多いようだ。出鱈目にめぐっていると、ガラス格子の戸口に「はんこは社会人のパスポート」と書かれた半紙が市松模様のように貼られた店の前を通った。店先の日だまりで男がゆっくりと腰の屈伸運動をしていた。ちょうど脇を通り抜けようとするとねずみ色のカーディガンをはおった男が、伸びをしながらおおきなあくびをひびかせた。ふと空を見上げると、雲ひとつがぽっかりと浮いていた。大きな魚の形をしていた。
 踏み切りの警報器にせかされて線路を渡った。黄色いコートを着たふたりの男女がティッシュを配っている反対側の商店街を進んで行くと、パチンコ屋の幟が林立している路地に眼を引かれて曲がった。パチンコ屋を過ぎると路地は直角に曲がり、木造の飲み屋が肩を寄せ合った小路が忽然と続いていた。小路はまるでトンネルのように薄暗い。両脇からせり出した古い建物には、過ぎ去った時間が甲羅のようにへばりついている。ひとが生きることで吐き出した哀愁の気配がじわじわと染み出しているように思えた。
 静まり返った湿り気のある小路にぽっつんと佇んでいると、白昼にその一郭だけが深い眠りをむさぼっているような気がしてきた。そんな中に饐えてしまった性のぬめりを嗅ぎ取ったのは、還暦を過ぎた男のエロスへの郷愁なのだろう。吹き抜ける微風がどこかの隅で咲いているらしい沈丁花の艶かしいにおいを運んでくる。
 駅から同心円を描くように一時間ほどぶらぶらと四ツ木まで歩きつづけた。そろそろモツ焼き屋に戻ろうと踵をかえした。
 違った道を戻っていくと、歩行者用のこんもりとした踏み切りが警報を鳴らしていた。誰もいない小さな踏み切りにカメラのピントを合わせていると、後ろから唐突に「写真、好きなのかい?」と話しかけられた。傍に立っている見知らぬおばさんの剛直な問いに戸惑っていると、轟音を響かせ列車がかけていった。鍔のある赤いヘルメットをかぶったひとは、背負っていたキルティングのデイパックを地面に降ろし、馬に乗った写真があるから観てくれないかと言い出した。
 デジタル写真を差し出すおばさんの手にはなぜか透明なビニール手袋がはめられていた。数枚の写真には、手綱を引かれた馬に小さくなって背を反らしたおばさんが跨がっていた。離れ過ぎて顔は分からないが、着ているダウンのチョッキが同じだったのでおばさんだとわかった。
 「はじめて乗った生き物」で馬場を二周ほど回っただけなのに、やたらと背中が凝ったとおばさんが話した。どう受け答えをしたらいいのかと迷っていると、おばさんのチョッキのポケットで携帯電話がなりだした。
 高い声での通話を終えるとおばさんは、あらためてよろず露天商をもしていると言い、いま電話で、二千円の中古の掃除機の注文があったので急いで家に戻って届けなければと路地に消えていった。外科医のはめるようなビニール手袋は、汗でうっすらと曇っていた。
 モツ焼き屋には開店の十五分前に着いたのだが、すでに暖簾の前には三十人ほどの男たちが並んでいた。ジャンパー姿の男たちが多い。ほとんどが通い慣れてる風だった。やはり平日のこの時間帯なので職を退いた初老の人が多く、土地柄なのか職人らしいひともまざっている。
 二時ちょうどのオニイサンの声に、いっせいに店内になだれ込んだ。天井から数個の裸電球の吊り下げられた店内に、五十人程がびっしりと座ったが、それでも捌ききれずに暖簾の前には男たちが列をつくっている。
 品書きには、モツ焼き、煮込み、お新香のみが貼り出されているだけなので、飛び交う注文の品が分からない。隣に坐っている黒のジャンパーの六十半ばのひとに倣って同じものを頼んだ。腰に巻いた大きめのポシェットに将棋の駒のアクセサリーを何個も下げているそのひとには、並んでいるときから目を引かれていた。なみなみと受け皿のコップに注がれた焼酎梅割りを、口から迎えにいった男は、なんとか生というのは、かるく湯がいたモツ、全くの生は、タンとレバー、何とかスというのは酢をかけたものだと教えてくれた。さっそく習ったばかりの符丁で、カシラたれス、と追加すると、そうだとばかり頷いた。
 家族ぐるみの下ごしらえと段取りがすごいのか、モツ焼きも煮込みも実にテキパキと出てくる。しかも絶品の焼き物は他所の店の二倍ほどの大串なのに二本入りで一皿が百七十円と破格。ダイコンと呼ばれるお新香も、煮込み、焼酎梅割りも同じ値段。客は回転寿司屋のように皿を重ねて行く。
 お隣さんは、いつも夕方には売り切れて店仕舞いするのだという。そんな訳なのか、全員がすごい勢いでモツ焼きを口に放り込み梅割り焼酎で流し込んでいる。ひとりでやって来るひとが多いせいで、一心不乱に飲食する様はまるで道場の修行のような雰囲気さえもある。
 そんななかでも、目の前に座った三十代の男はすごい勢いで皿を重ねて行き眼をうばわれる。眼鏡の蔓が顔に食い込んでいるほど肥満しているのに「あぶら」という初めて耳にする脂身を立て続けに二皿、すでに十皿が積まれている上に重ねている。
 三十分ほどで梅割り二杯、煮込み、ダイコン酢、焼き物四皿。千三百六十円。昼を抜いていたのに満腹。
 ここから総武線の新小岩までは四、五キロのはずだ。腹ごなしをかねて、なか川に沿って歩いて帰ろう。


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東京夢譚 鬼海弘雄
『東京ポルカ』で発表された写真を含め、鬼海氏が30年にわたって撮り続けてきた「東京」シリーズ作品約120点を掲載。エッセイも大幅に加筆されて収録された写真集になりました。
東京夢譚

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