Web草思
ゆらりゆらゆら記 鬼海弘雄
第1回 知らないコトバをはき続けたラジオ
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 半年ぶりにまた、Web草思で連載させていただくことになった。
 定まった事柄など持ち合わせていないので、どこに転がり戻ってもいいように、とりとめのない横着な題「ゆらりゆらゆら記」とした。
 携帯ラジオのスイッチを入れると、雑音混じりだが音だけは出てきた。だがやはり、いやな酸っぱい臭いがぷんぷんとする。
 昨日、朝早くから暗室にこもってプリント制作をした。いつも作業中は小さな携帯ラジオをつけている。普段の倍ちかくの枚数をようやく終えて、最後のプリントを現像液から定着液に浸けてほっと気が弛んでいたのだろう。
 ラジオからはコラムニストがひとをただ煽るように「北朝鮮」のことをまくし立てていた。局を変えようと棚から取った拍子に手が滑った。「金正日体制」批判は定着液に落ちて静まった。慌ててひろい上げたが、薬品の液の中に落ちたのだから駄目になるだろうと思った。それでも仁義としてタオルで拭き、ベランダの洗濯竿に一晩吊るして干しておいた。
 物にはあまり執着しないほうだが、そのラジオとは十年を超す付き合いなので愛着があった。
 馴れ初めは、いつものようにカメラを下げてのぶらり町歩きで、京浜急行の大森海岸から品川へ向かっているときだった。鮫洲でなんの気なしに覗いた道路脇の質屋のウインドーに、千二百五十円の値札が着いたラジオを見つけた。
 値段の安さにひかれてさっそく手に取ったラジオは、台湾製でAMとFMのバンドがついたトランプ大の、どこかなつかしいものだった。デザインは垢抜けしないもので、それがかえって携帯ラジオをトランジスタと呼んでいたころの風情を思い出させたので買い求めた。
 何年かは、暗室だけで使っていた。だが、雨季のバングラデシュへの出発直前に、いつも持参していたCDプレーヤーが壊れてしまい、そのかわりにしかたなく水の国の旅に持っていった。
 三十年繰り返している海外への放浪にちかい旅には、好きな曲をいい音で聴きたいと、いつもウォークマンやCDプレーヤーを持って行っていた。それが、人口過密なデルタの国でのある出来事を体験してから、ずっとこの携帯ラジオだけを海外のひとり旅に持っていくようになった。
 ダッカから昼過ぎに乗った長距離バスは、夕やみがせまった田園のなかでギアが破損して立ち往生してしまった。つっけんどんな男の車掌から、ちゃっかりとそこまでの運賃を差し引かれた金額だけを手渡されただけで、田んぼ脇にほうり投げ出された。
 夜遅く、ほうほうの体で地図にも載っていないような小さな町にたどり着いた。極度に疲れていたので、ローカルバスを乗り継ぐことなど考えられなかった。仕方なくヤシの木の多い町の、小さなバスターミナルの近くの木賃ホテルに泊まった。
 雨季の時期だったからよく雨は降っていたが、その五、六部屋だけのホテルに泊まった日からの三日ほどは格別で、南国の車軸を洗うような雨におそわれて狭い部屋の木のベッドの上に閉じこめられた。
 暗い部屋で、何度も繰り返し読んでいる文庫本に読み疲れると、何もすることがなくなり、ヘッドホーンでCDを聴いていた。何日目かに、ふと、これでは自宅で無理やり「純粋」音楽を聴いているのとなんら変わりがないと思った。せっかくの旅の時間を無駄にしているような気がした。
 ヘッドホーンをはずすと、それまでは建て付けのわるい木のドアから忍び込む邪魔な音としか思わなかった外の話し声やさまざまな音が、急に饒舌に話しかけてきたのに驚かされた。
 宿屋の太鼓腹の亭主が、いい加減な掃除をした住み込み少年を叱る声や、雨に幽閉された行商人と旅芸人たちの地名しかわからないことばでの情報交換。近くの洗濯屋の荷物を運ぶために飼われている、ロバ特有の絶望しきったような臓腑を震わす鳴き声。生まれたばかりの小猫を引き連れて廊下を行き来する母猫の鳴き声。ゆっくり進む牛車をせき立てるミニ三輪自動車の甲高い警笛などなど、さまざまな音が急に耳たぶをドラマチックに打ってきた。
 そのころ、自宅にいるときは背伸びしながらクラシック音楽を聴くようになっていた。いい音で聴けば鈍い音楽感性にもよい刺激になるだろうと、ステレオセットを無理して買い替えたばかりだった。だが、そんなことでは泥のように鈍重な感受性はいかんともしがたいと気が付きはじめたころ、当時よく「エロ本」の一種のように読んでいた『町でいちばんの美女』『詩人と女たち』などの無頼な詩人、チャールズ・ブコウスキーの一文に惹かれた。
 ステレオセットになど関心のない女好きで音楽好きな詩人の、テーブルの隅に置かれたラジオやカーラジオから雑音混じりに流れてくるクラシック音楽への、生でストレートで的確な反応におどろかされた。このマーラーの好きな男は、下品だがほんものだ……。
 そんなことが重なって、バングラデシュの小さな「平和ホテル」滞在以降、いつも長旅にはCDプレーヤーに変わってそのラジオを持っていくようになった。
 携帯ラジオからは、ベンガル語、ヒンドゥー語、タミール語、トルコ語、ポルトガル語、アラビア語などなどの知らない抑揚で、天気予報や宗教法話やニュースなどが流れてきて、旅の時間をずいぶんと揺らし膨らませてもらった。着いたばかりの国や町でどんな音が流れてくるのか探すのが楽しみにもなった。
 夜中にふと目覚めて寝つけなくなると、枕もとのラジオを取って耳に当て、注意を指先に集中させながら雑音混じりに流れてくる音をたしかめた。ゆっくりとチューニングを何度も往復させたりしていると、地球のイメージがいろんなかたちに変わったりした。旅愁の翼を軽くして想像を飛ばした。
 定着液の強い酸を浴びたラジオは、早晩だめになるだろう。
 いつか町歩きのついでに質屋かディスカウント・ショップで音のあまりよくない携帯ラジオをまた見つけて買おう。
 そのままゴミ袋に捨てるのも気が引けるので、ベランダにもう一度吊り下げてから、昨日伸ばしたプリントのスポッティングをはじめた。
 スポッティングとは、プリントにできたキズやゴミなどの跡を極細な筆でいちいち墨で埋めていくじつに辛気臭い作業だが、好きだ。否応なく自分の写真を丹念に見ることになるので、批評的に観ることができる時間でもあるからだ。
 すでに長いあいだ写真を撮ってきたのだが、いつも撮った時の感じと出来あがったプリントの質との「存在感の乖離」に驚かされる。写真という表現のおもしろさを気づかされることも多い。
 スポッティングをしていたその写真は、久しぶりに浅草で市井のひとの肖像を撮らせてもらったものだ。一月二十日、NHKの総合テレビで午前十一時から放送予定の『新日本紀行・ふたたび・浅草』で、三十数年来、浅草で出会ったひとびとを撮らせてもらっている縁で、つたない案内役をさせてもらった。その折りに何日か浅草をまわって、新たに撮った肖像だ。
 個性の際立ったひとがあなたに話しかけてくるはずだから、笑って観てもらえば幸いです。
 余計なことを言えば、浅草に行って楽しむ秘訣は、ひとりでぶらぶらと、ちょっぴり退屈さを感じながら彷徨って、記憶の底に沈んで忘れかかっていた記憶を揺りうごかされること、だろうか。それは海外のひとり旅とも似ている。


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東京夢譚 鬼海弘雄
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