小生も、「こだわりの逸品」だの「まじ」だのというのを聞くと、ああいやだなあ、早くほろびてくれないかなあ、と思うが、そんなのにかぎって生きのび定着してしまうものだ。
しかし、乱れていると言えばことばはいつの時代でも動いているものだし、明治時代あたりにくらべれば、いまなんぞはママゴトみたいなものだと思う。
明治時代はすごいよ。その初めとおしまいとでは、ことばの風景がガラリと変る。その間日本語はずっと変化しつづけて(つまり乱れつづけて)いたのだった。
明治期に発生し、ひろがって、いまにいたるまでもちいられ、それどころかすっかり定着して、かくいう小生自身もいやだと思いながらつい使ってしまうことばに「です」と「彼女」がある。これが小生にとっては明治期発生語の二巨悪、きらいなことばの筆頭ですね。
「です」のことは折があればまた別にお話しするとして、きょうは「彼女」のことを申しあげましょう。
言われてみると、
「かの」ということばはむかしからある。「兎追ひしかの山、小鮒釣りしかの川」の「かの」だ。「かの山」「かの川」のほかにも「かの時」「かのところ」とか「かの人」とか、いろんな言いかたがある。しかしこれらはみな「かの」の下につくのが和語である。しかも、山、川、時、ところ、人など、独立してもちいられる語である。
だから、おなじく「彼女」でも、「かのをんな」というのならふつうである。昔からいくらでもあるし、明治時代にもよくもちいられた。
ところが「
「
明治初期というのは何でもかんでもやみくもに西洋を模倣した時期で、国語教科書までアメリカの教科書の翻訳であった。このことは前にのべたことがある。
英語教科書の翻訳となると、he、sheを日本語にしなければならない。そこでheを「かれ」とした。
もともと「かれ」という日本語はずっとむかしからあり、男にも女にも使う。明治期の文章にも女を「かれ」と言った例はいくらでもある。
小生所持の『文部省編纂小學讀本巻一』(明治六年三月師範學校彫刻)を見ると、本文は漢字ひらがなまじりで、Iの訳語は「私」、youの訳語は「汝」、heの訳語は「彼れ」である。sheの訳語は第三回にいたって出てくる。
飛田著の図版は翌明治七年のもので、漢字カタカナまじりに変っている。その第三回、sheが出てくる原文はこうである。
She has a bird, and she has put it in a cage.
これを「彼女ハ鳥ヲ
ところが、飛田著にこうある。
「しかし、この『小学読本』には漢字の読みかたと意味を説明した字引が多数残っている。」
そして明治九年二月の赤堀秀香『小学読本字解』から、同十九年五月の山本桃三『小学読本字解』にいたるまでの十一種を列挙してある。
これを見ると、「彼女」のよみは、みごとに全部「カノジヨ」である。——厳密に言うと、「カノヂヨ」が二つあり、右ルビ「ヒジヨ」、左ルビ「カノジヨ」が一つあるが、とにかく発音としてはすべて「カノジヨ」をあげていると言ってさしつかえない。
かく一致しているところを見ると、それぞれの字引は独立して作られたのではなく、前のものをひきつぎつつ作られたのであろう。
こうして「
教科書以外で「
この段階で「
しかし明治の二十年代から、欧文脈の日本文のなかではあるが、すこしづつ「
〈(1)日本では古くから三人称は「かれ」で、男女両性を指していたが、西欧語に接して、男女の区別が必要となり、西欧語の三人称女性代名詞の訳語として生まれた。幕末の辞書などに字面では「彼女」とある場合があるが、多く「かのおんな」「あのおんな」などと読まれた。(2)明治九年(一八七六)の「改正画引小学読本」に「彼女 カノジョ ムカウニヰルムスメ」とあるが、「じょ(女)」が独立して使われている時期なので、まだ一語とは認めにくく、「カノ+オンナ」と同じ意識で、ただし新しさを込めようとして「カノ+ジョ」と表現したものと思われる。一語の代名詞としての「かのじょ」は明治二〇年頃から徐々に使われるようになったが、広く一般に普及したのは大正以降である。〉
「じょ」が独立して使われていたとは意外だった。同辞典の「じよ」を見ると、「幸若・夜討曾我」(室町末−近世初)の「二人のちょはいろをみて」、「洒落本・両国栞」(1771)の「どんな手ごわエじょでも」を引いてある。まれにではあろうが「じょ」が独立してもちいられることがあったようである。だから、「かの」にその「じょ」がついて「カノ+ジョ」が生れ得たのだと思われる。
新村出『國語の規準』(昭和十八年敞文館)に収める「敬語概説」(昭和十七年六月)にこうある。
〈それから「【彼:傍点】」「【彼女:傍点】」については尚私は【パパ:傍点】、ママどころでなく、も少し厳重な非難をしたい。(……)私共の育つた時代に於ては、「彼」「彼女」といふ言葉は純然たる直訳語で、英語ならば英語、独逸語ならば独逸語、外国語を直訳する時に「彼は彼女をどうした」とかいふ場合は、代数でA+B=Cだといつた風な、其の時限りの符号として、直訳用の言葉として用ひて居つたのであります。それが段々訳文で現はれ、普通語にも侵入して来て居るのであります。〉
新村出は明治九年生れ。これは「彼」「彼女」をひっくるめての論であるが、明治のなかばから後半にかけてのころの感覚がよくわかる。「彼女」は、訳文においてのみ、sheの訳語として、その場かぎりの符号的語としてもちいられるもの、という感覚であったのである。ふつうの日本語の文章でもちいられる語ではなかった。それがその後(多分大正のころから)、訳文以外の日本語の文章にも侵入してきた。
しかしそれで違和感が消えたわけではない。「彼女」という語に不自然を感じる日本人はその後も多かった。藤森成吉の「何が彼女をさうさせたか」(昭和二年)はその感覚を逆手にとった奇異な直訳体の題で人目をひきつけたのだった。
そして現にわたしなどは、二十一世紀になったいまでも、「彼女」というのはふつうのことばではない、優雅な和語に字音がくっついた異様なことばが明治の時代に生れて日本語に侵入し、現在にまで居坐ってしまったものだ、という違和感をつよく持っているのである。
次回更新予定日 4月19日
