──気がついたら、ってどういう意味ですか?
私がたずねると、彼は私を見据えたまま答えた。
「中学2年の時に、産休で代わりの先生が来たんです。その先生が親方と知り合いで、どんどんどんどん勝手に事が進んで、自分から行動を起こす前にある程度のことは終わっちゃってるという感じだったんです」
──いやいや力士になったんですか?
「いや、そういうわけでもなくて、自分も“人生風まかせ、成り行きまかせ”、なるようになればいいや、と思いました」
彼は中学時代に身長171センチで体重が110キロあったという。巨体が見込まれたということなのだろうか。
──高校進学は考えなかったのですか?
「自分はおつむが悪いんで。成績もオール1ですから」
──運動は?
「運動も滅法ダメです。走るのもダメで、持久走でも後ろをトボトボと走ってました」
──相撲には興味があったんですか?
「小学生の時に地元で“ちびっこ大相撲”というのがあって、自分はそれに出たかったんですが、親に反対されたんです。それで、いつか親の目の前で相撲を取って、ひとあわふかせてやりたい、とは思っていましたね」
──今も、その思いを?
「いや今はあんまりそういうことはありません」
はにかむ追風藤。彼は序二段の百十四枚目。序二段は百二十五枚目までしかないので後ろから数えたほうが早い。平成11年に入門以来、その地位はほとんど上がっていないのである。
「やっぱり“なるようになれ”じゃダメなんです」
追風藤がぽつりと反省した。
──そうですよね……
「体重がなければ勝てないままなんです。親方にもそう言われました」
──体重のせい?
「はい。自分は体重がないからぜんぜん勝てないんです。でも増やそうと思っても、これ以上増えないんです」
中学時代は周囲に比べて巨体だったが、入門してから成長が止まり、21歳の現在も当時と体型が変わらないらしい。
──でも、相撲は好きなんでしょう?
「…………」
──嫌いですか?
「なんて言えばいいのか……」
首を傾げる追風藤。しばらく待っていると、思いついたように答えた。
「稽古をこうやって外から眺めていると、みんなと一緒に相撲を取りたいと思うんです。でも中に入ってやると、なんかこう……」
土俵を見つめ、さらに首を傾げる追風藤。その恐縮した佇まいを見ていると、何やら素人の私でも勝てそうな気がしてきたのである。
全員“一番出世扱い”
『日本相撲協会寄附行為施行細則』によると、力士になる資格は「義務教育を修了した 23歳未満の男子」である。部屋の親方を通じて日本相撲協会に親権者の承諾書、戸籍抄本、医師の診断書を提出し、その後、毎場所の1週間前に行われる「力士検査(新弟子検査)」を受ける。検査基準は実に単純で、
「身長173センチ以上、体重75キロ以上」
である。平成13年から新たな規定が加わり、たとえそれに満たなくても身長が167センチ以上で体重が67キロ以上あり、体力テスト(背筋力、握力、垂直飛び等)で一定の運動能力が認められれば力士(正式名称は「力士養成員」)になれるのである。
ちなみに平成18年の新弟子の数は次の通り──
| ・初場所(1月/両国国技館) | 7人 |
| ・春場所(3月/大阪府立体育会館) | 59人 |
| ・夏場所(5月/両国国技館) | 11人 |
| ・名古屋場所(7月/愛知県体育館) | 1人 |
| ・秋場所(9月/両国国技館) | 3人 |
| ・九州場所(11月/福岡国際センター) | 未 |
春場所は卒業シーズンと重なるので、毎年新弟子の数が増える。しかし若貴ブームの平成4年(年間223人)の頃と比較すると、新弟子は3分の1近くにまで減少しているのである。それゆえ各部屋ではホームページを開設して、インターネットで入門受付や巨体情報などを募集しているのだが、なかなか成果は出ていないらしい。
検査に合格すると、新弟子たちはその場所で「前相撲」を取ることになる。序ノ口の取り組みが始まる前に土俵の周りに集まり、次々と相撲を取るのだ。これは場所の2日目から行われ、5日目までに3勝をあげると「一番出世」とされる。そして5日目に兄弟子から化粧廻しを借りて土俵にあがり、行司の口上とともに「新序出世披露」される。
「これに控えおります、力士儀にござります。ただ今までは番付外に取らせおきましたところ、当場所成績優秀につき、本日より番付面に差し加えおきまするあいだ、以後相変わらずごひいきお引き立てのほど、ひとえに願いあげたてまつります」
成績優秀だったので番付に載せさせていただく、ということである。しかしこの間に3勝をあげられなくても6日目から8日目までに3勝すると「二番出世」で9日目に新序出世披露、それ以外は「三番出世」と呼ばれて12日目に新序出世披露となる。要するにたとえ全敗でも出世披露されるが、強い順に区分されるという仕組みなのである。
「自分は一番出世です」
──すごいですね。
「でも自分たちは全員“一番出世扱い”ですから」
──一番出世扱い、ですか?
「はい。人数が少ないですから」
彼の期は15人だった。一番、二番、三番と分けるのは新弟子が多い場合に限られており現在はほとんど全員が「一番出世扱い」なのである。確かに今年の名古屋場所のように新弟子がたった1人であれば、相撲を取る相手もいないのだ。
実際の前相撲を見てみると、四股もまだ踏めないらしく、土俵上でお互いが遠慮しながら抱き合うという様相である。
「(彼らが)どうやって成長していくんだろうという楽しみがありますね」
などとNHK(衛星第2放送の相撲中継)のアナウンサーは言うが、解説の親方たちのコメントも冷めている。
「運動神経のいい子は、まあ、上がってきます」(高崎親方)
「光ってたりするものですか?」(アナ)
「……やっぱり、あの、違います」(親方)
「目付きなんかも違いますか?」(アナ)
「……そうですね、そうですね、はい」(親方)
気合いが入っているのはNHKのほうで、新弟子たちの目は一様に暗く曇っている。追風藤が言うように「気がついたら、ここにいた」という様子なのである。
チョンマゲは必要なものなんです。
「やっぱりこわいんですよ」
大翔鶴が釈明した。相撲とは、そもそもこわいものらしい。
──どこが、ですか?
「例えば、顔です」
──顔?
「まず相手の顔を見るでしょ。それでキリッとした顔立ちだったり、自信に満ちた目をしているとビビリますね。それと耳。耳がわいていたり(内出血で腫れていること)するのは稽古している証拠ですから、これもビビる。それに相撲は裸ですから、筋肉のつき具合もすぐわかりますよね。どうしても見た目で翻弄されちゃうんですよ」
相撲はまず、お互いに睨み合う。そして「あ、うん」の呼吸で立ち上がる。これを「立ち合い」と呼ぶのだが、立ち合いとは外見の勝負なのである。かの花田勝(第66代横綱若乃花)ですら「正直に告白すると、十三年間の現役生活は、日々、恐怖心との闘いでした。(今日、オレは死ぬかもしれない)と思うと、怖くて怖くて仕方なかった」(『独白−ストロング・スピリット』文藝春秋、平成12年)と記している。自分よりデカい相手と対戦すると「物凄い勢いで土俵に放り出されて全身を強く打ちつけたりすることまで」(同前)想像してしまうらしいのである。
「でも、自分は子供の頃から相撲が大好きなんです」
大翔鶴は微笑む。好きだから相撲の道を選んだのだと。
──好きなんですか?
「好きですね。観るのが」
──観るのが?
「そうです」
──取るほうはどうなんですか?
「いつも頭の中でイメージしているんです。こうやって勝つ、ああやって勝つという風に。そのイメージすることが楽しいんです」
──それで、実際の相撲は?
「そこなんですよ。自分はこう、土俵にあがると我に戻っちゃうんです」
──我に戻る?
「冷静になっちゃう。なんか自分が第三者みたいになっちゃうんです」
これもまた「気がついたら、ここにいた」という境地なのだろうか。
相撲の基本は「押し」と言われている。立ち上がると同時に腰を落としたまま相手の体を押したり、突いたりして前に出る。『相撲大事典』(金指基著、日本相撲協会監修、現代書館、2002年)によれば、「相撲界では『“押す”は“忍す”に通じる』として、『押すことは強い意志が必要。引くことは簡単。引くことを我慢して押すことに徹すれば強くなる』と教えられる」らしい。
「自分は相手を突けないんです」
大翔鶴が打ち明けた。立ち合いの際、一瞬息を止めて立つと力が込められるそうだが、彼の場合は息が漏れる。「つい、シューシューシューとなっちゃう」そうである。
──なぜなんでしょうか?
「自分はあくまで廻しを取って相撲したいんです。廻しを取れば相撲になる。そう考えているから取れないとパニックになるんです」
──その前に突けばいいんじゃないんですか?
「たぶん出来ないと思います」
──なぜ?
「自分、相手の顔をはたいたこともないんです。相撲以外でも」
──喧嘩もしたことないんですか?
「ないです。人を殴ったこともありません。自分は超平和主義者なんです」
彼は非暴力を貫いているのだった。そのせいか戦績も周囲と協調するかのようである。5月場所で前相撲を取り、7月場所で序ノ口としてデビュー。まず4勝3敗(幕下以下は場所の取り組みが7回しかない)で勝ち越して番付を上げたが、次の場所で2勝5敗と負け越して番付を元に戻した。その翌場所、再び4勝3敗で勝ち越して序二段に昇進。続いて6勝1敗で三段目まで昇進した。しかしその翌場所は2勝5敗で序二段に降格し、さらに3勝4敗、2勝5敗、3勝4敗と負け越しが続いて番付を振り出しに戻した。その翌場所は、5勝2敗で持ち直したが、次は3勝4敗。今年の7月場所で6勝1敗と大勝して再び三段目に昇進したのだが、続く9月場所で全敗してしまった。
「上がっては下がり、まるでエレベーターです」
──ケガとかするんですか?
「自分はぜんぜんケガしないんですけど……」
──じゃあ、なぜなんでしょう?
「やっぱり気持ちの問題ですかね」
──どういう?
「さあ、わからないッス」
──将来のことを考えたりしますか? このままでいいのか、とか。
「いや考えません。考えるとややこしくなるんで。序二段のままでも大学に4年間行ったと思えばいいと思っていたんですが、もう4年になっちゃいますね」
彼はこれまで3回「スカした」らしい。「スカす」とは「逃げる」という意味。部屋から脱走し、新幹線で大阪の実家に帰ってしまったのである。
──いやになったんですか?
「いや、これっていう理由はないんです。ウチの部屋はイジメとかありませんし」
──でも実家に帰るということは、辞めたいということでしょ?
「はい。でも“どうしても辞めたい”というんじゃないんです」
──じゃあ、何?
「あくまで“辞めたい”なんです」
超平和主義者である彼は「辞めたい」も強い感情が伴わないようである。
スカして実家に帰ると、親方や兄弟子から電話が入る。そこで説得されて「逃げて辞めるのは筋が違う」と思い直し、4日後には部屋に戻る。これを2回繰り返したのだが、昨年夏の3回目は「やっぱりあかんな」と相撲に対して諦めを感じたらしく、実家で親方からの電話を受けた時も「辞めるならチョンマゲを切らなければ」と思い詰めたそうだ。
「それで自分でチョンマゲをザクっと切ったんです。チョンマゲと言っても油はつけてないし結ってもいませんから、ボサボサの長髪ですね。それを切ったら頭のてっぺんから中剃りが出てきて……」
「中剃り」とは、頭頂部から後頭部にかけた剃り込みのことである。力士はチョンマゲを結う際に、すべての髪を束ねて一本に縛りそれを前に垂らす。髪が多すぎるとその一本が太くなって崩れやすくなるため、中剃りを入れて髪の量を減らしているのである。
「なんかフランシスコ・ザビエルみたいな髪型になっちゃったんで、そのまま丸坊主にしたんです。それで自分の顔を鏡で見て“あっ”と思ったんです」
──「あっ」とは?
「今までそこにあったものがない、という感じです。あって当たり前だったものがなくなっている、という。それまでチョンマゲはずっと異物感があったんです。ドアをくぐる時やタクシーに乗る時もチョンマゲが当たったりするし、普段もなんか後ろから引っ張られているような感じです。でも、その異物感がなくなるとヘンなんです。おかしな譬えかも知れませんが、居て当たり前の親がいなくなった感じというんでしょうか」
──そういうものなんですか、チョンマゲって?
「ふつうの人が散髪に行く時、髪が必要ないから行くんですよね?」
──そうですね。
「チョンマゲはそうじゃない。これは必要なものなんです」
必要だったものをなくした、という感覚に大翔鶴は苛まれ、やはり4日後には部屋に戻ったのだという。チョンマゲは2年以上結い続けると体の一部になり、落とすと激しい欠落感に襲われるらしい。
「あの時、切ったから“あっ”と思えたんです。もし切っていなければ、そのまま逃げ続けていたかもしれません」
大翔鶴は力説した。まるで消えたチョンマゲが彼を相撲に引き戻したかのように。
考えてみれば、伝統とは「気がついたら、そこにあるもの」である。そして「あるべきものがない」と思いたくなくて、人はそれらを守るのかもしれないと私は考えた。
「やっぱり変わっていますかね。自分たち」
寝そべりながら大翔鶴は言った。ちゃんこを食べ終え、後片付けも済ませた彼らはこれから昼寝の時間である。
──変わっているといえば、変わっていますね。
私が答えると、眠たそうに大翔鶴。
「この世にデブは多いですけど、相撲取りは700人しかいませんものね」
すると傍らで追風藤が電卓を叩き、驚いたような声をあげた。
「1億5000人中700人ということは、20万人に1人ということになります」
昼寝をすると夜寝つけないという追風藤は、午後は1人でゲームをしたり、本を読んで過ごしている。彼の体が大きくならないのは昼寝をしないせいだと皆に指摘されているが、本人は意に介さず、夜眠れることが大切なのだと言い張っていた。
──やはり統計上も変わっているといえますね。日本の国技なのに。
私が言うと、大翔鶴が微笑んだ。
「ただのデブじゃないってことです」
──ただのデブじゃない?
「はい。自分たちにはチョンマゲというオプションも付いてますもんね」
相撲取りになってよかったと彼は感慨深げに言う。なぜ? と問うと、それまで「ただの小太りな男」だったのが、「おすもうさん」になれたからだという。彼は相撲が好きである。しかし「相撲が好き」というのは相撲用語で、「得意の組み手になっても勝負に出ず、じっくりと相撲を取ったり勝負を決めるまでの時間が長くなりがち」(前出『相撲大事典』)なことを意味していた。
※ 力士の番付は取材時のものです。
次回更新予定日 11月23日
