Web草思
おすもうさん 高橋秀実
第5回 地味に疲れる
肉が肉を呼ぶ

 「整列」
 親方の発声で、廻し姿の力士たちが稽古場に集合する。きちんと整列しているようだが、全員が裸で廻し姿だとひとかたまりに見える。今期の生徒数は二十二名。五月場所で入門した力士、七月場所で入門した力士、九月場所で入門した力士がそれぞれ入門と同時に入所しており、六カ月を経過すると順次卒業するというわけである。
 彼らの大半が中学を卒業したばかりなので、体の大小はあれど、筋骨はまだ弱々しく、どこか眠たそうな顔をしている。
 「見学です」
 親方が点呼を取っていると、ひとりが答えた。
 「どうした?」
 と親方。
 「昨日病院に行ったら、二、三日、無理しないほうがいいと言われました」
 「お前ね。医者の言うことがすべてじゃないんだよ。多少は無理しないと。痛みがなくなるのをずーっ と待っていたら、筋肉が落ちちゃうぞ」
 「はい」
 そう言って彼は一歩下がり、そのまま見学した。この日は同様に三人が見学だった。ちなみに相撲は「見ることも稽古」とされている。
 新弟子のひとりが親方に指名されて前へ出る。稽古場の神棚脇に掲げられた「指導方針」を読み上げるのである。

 一、 我々は力士の本分である礼儀を重んじます。
 二、 我々は先輩の教えを守り、稽古に精進します。
 三、 我々は服装を正しく、体の清潔に心掛けます。

 「礼儀」「精進」「清潔」。この三点を心に刻み、おもむろに後方扉に向かう。廻し姿で裸足のまま、国技館の周りを三周走るのである。
 「大丈夫っスか?」
 大胸筋がくっきりと盛り上がる高橋が私に声をかけた。彼は大学の相撲部出身。見るからに強そうである。
──大丈夫です。
 私は試みに自分の廻しを叩いた。叩き方が間違っているのだろうか、パンパンと音が鳴らない。
 外へ出ると、柵の向こうには朝の通勤風景だった。通勤する人々から見れば廻し姿はおそらく奇怪だろうが、私ひとりではないので、不思議と何とも思わない。ここは国技館だし。
 「大変ですね」と高橋。
──ええ、まあ。
 敷地内のコンクリートの上をペタペタと裸足で歩きながら、しばらく高橋と世間話をした。無理しないようにとの気遣いからだろうとそのまま一緒に歩き続けたのだが、前後を見ると、他の力士たちも歩いている。実に楽しそうにお喋りをしたり、肩を組んだり、体を叩き合ってじゃれあいながら、国技館の周りを歩くのである。寒さのせいだろうか、その光景を見ると私もその中に入って温まりたくなってくる。肉が肉を呼ぶ、というべきか。
 「自分、本当はアイツより兄弟子なんです」
 追手風おいてかぜ部屋の大翔龍だいしょうりゅうが、後ろを歩くガリガリに痩せた力士を指さして言った。
──どういうこと?
 「自分、五月に入門したんです。でも、新弟子検査に落ちたんです」
 現在、新弟子検査には第一次と第二次検査がある。第一次検査は身長と体重測定。一七三センチで七五キロ以上あることが合格の基準になる。大半はこれで新弟子になるのだが、基準に満たない者に対して運動能力を試す(五〇メートル走や握力測定など)第二次検査がある。彼はそれに落ちたのであった。
 「検査の中に『シャトルラン』というのがあったんです。音楽が鳴っている間に二〇メートルを何回も走り切るもので、だんだん音楽が速く短くなってくる。それだけ速く走らなきゃいけないんです。それで落ちたんです」
──走るのが遅かった、ということですか?
 「そうじゃないんです。テストの本番だったのに練習だと思って、『練習にしては長いな』と思って、途中で歩いたんです。それで不合格になりました」
 親方も呆れるほど呑気だったので、結局、彼は九月まで部屋で修業して再受検。後から入門した後輩と同期になって教習所に通っているというわけである。
 「でも、もう結構、慣れたっス」
 にっこり微笑む大翔龍。
──何が?
 「生活が。みんな優しい人ばっかりで、楽しいっスね」
 大翔龍に限らず、彼らは皆、本当に楽しそうなのであった。
 新弟子の多くは卒業シーズンの三月に入門する。しかし中には大翔龍のように五月や七月に入門する力士もいる。これはなぜなのか? とたずねるとひとりが答えた。
 「遊んでいた子や、仕事もせずにブラブラしていた子が入ってくるんです」
──それがなぜ、相撲へ?
 「相撲、楽かな、と思っているんです」
 彼らの考える相撲道とは、楽な道、のようである。
──走るんですよね?
 私は高橋に問い掛けた。力士にそう問い掛けるのもさしでがましい話だが、早朝の風はうすら寒く、私はたまらず走りたくなってきたのである。
 「そうっスね」
 言ってはみたものの、走り始めると、重い廻しが次第にせり上がってくる感覚に襲われた。私が走るというより、廻しが走り出すようで、私はそれについていく感じである。
 「好きじゃなきゃやれないっスね」
 走りながら、高橋がつぶやく。
──好きですか、相撲?
 「好きじゃなきゃ、やってないっスよ」

足の指で地面をつかむ

 稽古場に戻ると、私たちは再び整列して「腰落とし」に入る。腕を前で組み、腰を落として中腰の姿勢になるのである。
 何もせずただ中腰でいる、というのは実につらい。列の間を親方たち、補佐のために部屋から派遣された四人の若い衆が巡回し、「も〜っと落とせ」と低い声で迫ってくる。新弟子たちが口々に漏らす「ああ」「うう」という吐息も重苦しい。親方らの目を盗んで立ち上がろうとしても、目が多すぎるので、ひたすら辛抱するよりほかにない。
 「腰落とし」に続いて、「相撲基本動作」の練習。これは力士が土俵に入ってから行う一連の所作でもある。
 まずは「気鎮メの型」。腰を深く落として背筋を伸ばす。鼻から息をゆっくり吸い込んで、口から吐く。腹式呼吸で、気を鎮めるのである。「蹲踞(そんきょ)」とも呼ばれる姿勢だ。
 続いて「塵浄水(ちりちょうず)の型」。「気鎮メの型」の姿勢のまま、頭を下げ、両腕を膝の内側でまっすぐ下ろす。そして両手を目の前で合わせ、よく揉んで柏手を打ち、そのままパッと掌を開いて、両腕を左右に大きく広げる。広げ切ったら、そこで掌を下へ返す。「塵」とは雑草や木の葉を意味する。その昔、相撲を取る前に、雑草などをむしり、揉み上げることで手を清めたらしく、これはその名残の所作だという。
 ここまでは初心者の私でもついていけたが、その先は体が辛抱ならなかった。
 「四股の型」。「イチ」という親方の号令で、中腰になり、体重を左足に移動する。「ニイ」と言われたら、左膝を伸ばしつつ右足を上げて静止。そして「サン」で右足を下ろす。テレビの相撲中継などでは力士が簡単にやっているように見えるが、実際はなかなか足が上がらない。というのも、「腰落とし」からほとんどずっと中腰の状態なので、もう下半身がぶるぶるして、居ても立ってもいられない。そこで無理に足を上げたりすると、支えている足がずるずると動いて安定を失うのである。
 「足の指で砂を噛むんです」
 峰崎みねざき部屋から補佐に来ている秋山あきやま(三段目)が私に教えてくれた。彼は身長一九〇センチで体重一四八キロ。入門して十年になるベテランである。
──指で砂を?
 「そうです」
 足の指をキュッと縮めて、地面をつかむようにするのだ。かつて先代の若乃花が「足の裏に重心がある」といわれていたが、こうして四股を踏むことで地面にぴったり張りつくような安定を得ることが肝要なのである。理屈はわかったが、試してみると、指を縮めたまま体が倒れそうになった。
 「地味に疲れるでしょ」
 と秋山。相撲はまず自分の体重との闘いといえる。体重が重いほうが地面をつかみやすいが、その分、中腰でいることがつらいというジレンマ。新弟子の多くがこの地味な疲れに耐え切れず、教習所卒業までに十人中二人が辞めてしまうらしい。
 基本動作の稽古は約一時間。終わると、しばし休憩である。力士たちは小走りに竹箒を取りにいき、稽古場を掃除する。こういう中でも彼らは体をぶつけ合い、じゃれ合っている。寸暇を惜しんでじゃれ合うようである。
 目の前には土俵がある。これまで外から見るばかりだったが、中に入るとどういう世界が見えてくるのだろうか。
──土俵に入ってみてもよろしいでしょうか?
 恐縮しながらお願いすると、秋山は微笑んでうなずいた。
 かくして私は生まれて初めて、土俵に足を踏み入れることになったのである。

※ 力士の番付は取材時のものです。

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