Web草思
駅前の空はだれのものか 小林信也
最終回 問いかけた成果
 三鷹北口、駅前通りを歩くと、気持ちよく広がる青空の景色がもう、ひと月前と様変わりしている。10階建てのビルより高い2本の鉄塔がそびえ立ち、長いクレーンが1本、2本、空を遮っている。アッという間に、駅前の空き地は工事現場と化した。地下を掘る作業がまだ始まらないせいか、思ったより音は静かだ。駅前通りに面した事務所にいても、オートバイのエンジン音の方がよほど耳を突く。いまのところ建築工事の騒音は三鷹北口が平日に醸し出す生活音に溶け込んで、さほど気にならない。徐々に増え始めた大型トラックの往来が目につくくらいだ。嵐の前の静けさなのか。本当に三井住友建設の甲角所長が言うように、できるだけ騒音を出さない工事方法が発達して、僕らの先入観をはるかに超える静穏レベルを実現しているのか。答えは工事が本格化すれば自ずと明らかになる。

工事協定も大詰めを迎えているらしい

 『武蔵野三鷹駅北口の環境を考える会』のメンバーたちは、事業主との工事協定調印に向け、大詰めの交渉を迎えているという。事業主は相変わらず、「超高層マンションの建設を承認する」という一文を明文化することを協定締結の前提として求めている。『環境を考える会』も、これを受け入れる方針を決めた。まさに「大人の」判断だ。事業主だけでなく、周辺の商店主たち、地主さんたちも、それを望んでいるという。
 「これまで超高層マンションの建設に反対してきたメンバーたちが中心を占める会には参加できない」というのが、彼らの言い分だという。商店主や地主さんたちは声こそ上げなかったが、超高層マンションの建築には賛成している。その意思確認ができていたから、市長も市役所も、一般住民がいくら見直しを求めてもほとんど無視を決め込んでこられたのだろう。
 「今回の超高層マンションだけでなく、それを既成事実として、駅前周辺に同様の超高層マンションが次々に建てられたらたまらない。それを防ぐためにも、商店主、地主らも加わった会の設立が大切だ」
 環境を考える会の会長・山脇貞司さんらはそのように考えている。将来を見据えた展望の中で、「超高層マンションの建設を認める」姿勢を表明するのもいたし方ない。そのことで、工事協定が締結され、この会が正式な存在として周囲から認められる。超高層推進派とも動きを共にできる成果を考えれば、賢明な判断といえるのだろう。まして超高層マンションは、いまさら認めようが認めまいが、現実に建つ方向で工事が始まっている。
 一応その会の立ち上げに加わった僕の元に、上記の経過報告と根拠を伝える山脇貞司会長からのメールが届いたとき、どうしても納得できない気持ちになり、すぐ返信を送った。すでに会から離れている。意見を述べたり提言する立場ではない。けれど、どうしてもその気持ちだけは伝えたかった。
 「協定を締結するため、そして推進派の商店主さんらに会に参加してもらうために超高層を認める表明をする必要はわかります。でも、超高層をここで認めてしまったら、今後、周辺で超高層が建たないよう規制する運動ができるのでしょうか。僕は、三鷹北口という地域に超高層マンションが建つことにいまも反対ですから、それを容認した会とは心をひとつに活動することは難しいと思います」
 そのメールで環境を考える会の判断を変えてほしいとの気持ちは一切ない。だんだんと大人の世界の判断が持ち込まれ、政治的な動きになってしまう流れに一石を投じたかった。
 山脇会長からは、僕の思いを受け止めてくれたと感じる返信が届いた。もちろん、「それでも会の姿勢を変えることはできない」と書かれていた。当然のことだ。
 河原雅子さんからは、厳しい怒りのメールがすぐ届いた。
 「山脇さん、佐竹さんが、ものすごく苦労され、尽力されているときに、それを非難するとはどういう神経か」
 河原さんらしい、実直なお叱りだった。工事協定の第一回交渉の席で、事業主から心無い発言をされ、泣きながら訴えて席を立ったという河原さんは、その後も、工事協定の文面を推敲し完成させる手伝いなどを熱心にされているのだ。まるで外野席から野次を飛ばすような僕のメールに我慢ならなかったのだろう。そのお気持ちもよく理解できた。
 今日も会長の山脇さん、副会長の佐竹さんは熱心に駅前の商店や家々を回り、環境を考える会への入会を呼びかけている。その甲斐あって、新たに入会する商店主、地主もぽつりぽつり現れた。超高層マンション建設地のすぐとなりに建つ家(地主)のご主人も入会してくれた。「あの人が入ったなら」と態度を和らげて、入会したり、入会を考える態度に変わった人たちも出始めたという。
 一方で、いまもなお「考える会ってのは、超高層マンションの建設に反対なんだろ?」と背中を向ける人もいる。そういう人たちには山脇会長、佐竹副会長が改めて出向いて、これまでのいきさつや現在の取り組みを粘り強く説明しているらしい。
 そんな話に接するたび、三鷹北口の商店主たちが、すっかり活気を失っている北口活性化のため、超高層マンションの誕生を待ちわびている切実な思いを感じる。実際、三鷹北口を歩いてみれば、ほとんどお客さんが入っている光景を見たことがない古い店や、いまは閑古鳥の鳴いている食べ物屋さんが何軒もある。彼らの切実さもよくわかる。しかし、商店主、地主さんたちは、本当に「超高層そのもの」に賛成なのだろうか。103m・31階の高さがどうしても必要だったのか?
 「あの土地に、健全な業者に健全な建物を建ててもらうためには、超高層を認める必要がある。これまでの土地売買のいきさつから、それしか手がない」と判断した市役所や地元市議の説明を信じている結果、彼らは高さを容認するに至ったとも感じられる。だから、高さの見直しを求める一般住民の動きには冷ややかで、「何も知らないくせに」と呆れていたのかもしれない。
 それでも僕は、どうしてももう一度、超高層に多くの人が違和感を覚えた原点を投げかけておきたかった。
 三鷹北口に超高層マンションは似合わない、必要ない、街を壊してしまいかねない。
 工事協定を結ぶために、なぜマンション計画そのものを承認しなければならないのか。すでに始まっている工事の安全と周囲への影響緩和を求める工事協定を求める者に、交換条件のように、「超高層を認める」前提を強いる事業主の傲慢さに屈してまで工事協定を結ぶ必要がどれほどあるのか? 僕にはまだ理解ができない。そんな一文を入れなくても、超高層が建つという現実を受け入れざるをえない状況になっている。弱みに付け込むかのように、事業主は傷口に塩を摺りこんでくる。
 今回の取材では、企業の心ない体質をイヤというほど実感した。口では綺麗事を言うが、彼らの魂胆が金儲けであることは明らかだ。そのためならどんな方便でも使う。
 今朝も新聞は、普通では信じられない事件を伝えている。JR市川駅前に建設中の45階建て超高層マンションの鉄筋が128本も不足しているのがわかったという。ビルはもう、30階まで立ち上がっている。
 こうした事故を未然に防ぐため、環境を考える会の佐竹達夫さんが武蔵野市に「市民による施工監理委員会を発足させるよう」呼びかける陳情を出したが、武蔵野市の建設委員会は、その真意もくみ取らず、まるで門前払いするかのようにあっさりと陳情を不採択にした。実際に市川でもこのような悪事が発覚した。これを誰が監査してくれるのか。

重い足取りで市役所に行った

 本当は、市長にも市役所の担当者にも取材して、問い質すべきことがある。
 彼らはこのまま逃げの一手で、すべて正当な手続きの下、要件を満たして進められたとの態度を取り続けるだろう。本当はそうでないこと、疑わしい側面が多々ある事実はこの連載でも伝えてきた。さて、次はどんな取材をするかと思案するが、足がなかなか市役所に向かない。もともと悪事を告発したり、ダメな人に取材するのは自分の取材姿勢ではない。相手が取材に値しない人とわかったら、まったくその気になれない。それでも区切りはつけなければと自分を奮い立たせ、11月初めのある日、自転車で市役所に向かった。
 金曜日の夕方。曇り空からぽつりぽつりと雨が落ちてきた。
 ハンドルを握る手が、肌寒いと感じる程度に風がすっかり晩秋の冷たさを含んでいる。事前説明会で超高層マンションの建設計画を知った翌日、やむにやまれぬ思いで自転車を走らせた、2月初めからはや9カ月の時が流れた。あの日、手袋を忘れた両手に風が冷たく吹き付けた。それから、猛暑を越えて、また風の冷たい季節が訪れようとしている。
 市長に会い、役人に会い、事業主に訴え、市民に問いかけた9カ月にどんな意味があったのだろう。
 「何か、反省会などはしたのでしょうか?」
 市役所の4階(都市整備部)にいる井上部長に、それだけを聞こうと漠然と思った。つまらない質問かもしれない。それ以外には、聞く気持ちがしなかった。いまさら、疑わしい事実について質す気にはなれない。せめて、手続きの進め方、住民の意見反映の手順やそれを受け止める役所の姿勢に誤りがなかったか。今回の件を最後に、姿勢を転換する発想が生まれていないか。淡い期待にすぎないが、せめてそうあってほしいと願った。
 市長も役人も、鉄筋を抜いたようなものだ。しかし、「目に見えない鉄筋」の欠如を指摘するのは難しい。その有利さに乗じて、彼らは悪事を自白さえしようとしない。
 突然の訪問だから無理もないが、井上部長は席にいなかった。最初に、正式な取材に応じてくれた伊藤課長は正面奥の席に座っていた。僕の登場をちらりと見て気づいたようにも見えたが、如才なく立ち上がってわざわざ対応しようとはしなかった。僕も、伊藤課長に何か聞こうという気にもなれなかった。少し待とうかと思ったが、しつこく待つ事柄でもない。こういう取材は運と縁だ。踵を返して、エレベーター前にぼんやりと佇んだ。
 市役所で会いたい人が、ひとりだけ頭に浮かんだ。その人には、経過の報告をし、お礼を言いたかった。彼は、逃げない人だった。事前説明会の翌日、事実関係を確かめるため、初めて市役所の窓口を訪ねたとき、突然の訪問にもかかわらず、『まちづくり条例』策定の現状や、建築工事の承認までのプロセスなど、丁寧に教えてくれた。彼には、事実をきちんと報告しようとの誠意も感じたし、まちづくりに携わる役人として、誇りもビジョンも感じた。尋ねる中で、玉川上水の脇の道をこう整備したい、車優先でなく、歩く人が大切にされる街づくり、道作りをしたいとの抱負も目を輝かせて話してくれた。しかし彼はそのすぐ後、同じ4階でも、エレベーターに向かって右の方にあるまちづくり推進課から左の方にある道路課に異動になった。以来、彼と交わしたような、素朴で自然な役人と市民の会話を役所でする機会はなくなった。
 (彼を訪ねようか。しかし、いまは無関係の仕事のことで邪魔しては申し訳ない)
 ためらっていると、左の方から、彼の姿がゆっくり見えた。これが、運と縁か。
 「何事もなく、終わりました」僕が力なく言うと、彼は難しい顔で黙り込んでいた。
 「みんなウソツキだし、逃げてばかりだし。もうすべてに失望しました」
 「行政にですか?」彼が聞き返してきた。
 「市長にも、役人さんにも。そしてもちろん、事業主にも。大人の世界って本当にこうなのかと、身を持って知って、イヤになりました。武蔵野市だけじゃなくて、これが日本全体の体質。だから政治でも商売でもいろんな不祥事が次々に明るみに出ているんでしょうね」
 言うと彼はただ、悲しそうな顔をした。
 僕は、思いつくまま話題を変えた。
 「最近ね、息子が通う小学校にスポーツの指導に行ったんです。楽しかったけど、学校も大変なんだと実感しました。街づくりだけじゃない、教育の現場も深刻ですね」
 「実は私もボランティアで、中学、高校でソフトテニスを教えているんですよ。たしかに、自分たちの時代と違って学校も難しいです」
 彼は真剣な顔で言った。出身校を聞くと、野球の強豪校としても知られる神奈川の高校の名を挙げた。インターハイにも出場し、活躍した経験の持ち主だという。
 大人の世界だけでなく、子どもの世界も大変な状況になっている。日本に未来はあるのだろうか。ただ、彼が中学生、高校生にソフトテニスを教える光景を浮かべたら、そこにささやかな希望の芽があるようにも感じた。
 署名運動に参加し、市内の店に署名を求めるビラを貼ってもらうなどしてくれた女子大生は、来週から仲間たちと吉祥寺でゴミを拾い始めるという。
 僕はといえば、「政治や行政にはまったく期待できない」「大企業に倫理や哲学を求めてはいけない」。それを痛烈に知ったことが成果としか、まだ言いようがない。
(了)

追記
11月7日の朝日新聞報道によれば、128本の鉄筋が不足していたと伝えられたJR市川駅前に建設中の超高層マンションは、清水建設のほか、三井不動産レジデンシャルと野村不動産の3社が建設しているという。はからずも、この連載で指摘し続けた野村不動産の姿勢がはっきり問われる形となった。佐竹さんが建設業界の体質をふまえ、「市民による市民のための施工監理システムが必要だ」と訴えた貴重な陳情を無視した市長はじめ武蔵野市議たちは、この事実を前に、自分たちの甘さと無責任さを市民にどう説明する気だろう。これでもまだ大企業をかばい続けるのか。謙虚に反省することなく、都合の悪い部分は市民に隠し続けるのだろうか。

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