Web草思
駅前の空はだれのものか 小林信也
第15回 保身が癖になっている日本人
 建設委員会で陳情が再審議されるのに先だって、僕は市議たちにアンケートを送った。
 質問は次の9問。これまで起こった事実や超高層に関する情報を踏まえ、具体的に問いかけた。すでにこの連載で伝えた内容も多々あるので要約するが、まとめの意味も込め、すべての質問を紹介する。読者のみなさんならこれを読んでどう回答するだろう。あるいは、何か行動の必要を感じはしないだろうか。

 質問1 【略】『三鷹北口超高層マンションを考える市民の会』は三鷹北口で署名運動を実施。わずかな期間で、2835名の反対署名を集めました。それでもまだ市は「武蔵野市民の多くは超高層マンションに賛成している」と言い切れるのでしょうか。

 質問2 平成18年2月に武蔵野市がまとめた『武蔵野市の景観に関するアンケート調査結果報告書』では「あなたが考える武蔵野市の良好な街並みのイメージは」という問いに対して、「現状の低層住宅中心の街並み」と答えた市民が63.0%。「超高層ビルが存在する近代的な街並み」と答えた市民はわずか0.4%でした。【中略】
 武蔵野市はこの調査結果をまったく無視して、超高層マンション建設を認める構えです。武蔵野市自身が行った調査を黙殺して市民の意向に背く姿勢は、何ら問題ないのでしょうか。

 質問3 邑上市長と武蔵野市が、アンケート調査の結果や多くの署名、反対する市民の声に背いて「高さを容認」するなら、その前提として、充分に市民に容認の理由を説明し、市民の理解を求める努力をすべきではないでしょうか。

 質問4 総合設計制度導入を審査する武蔵野市建築審査会に先立って、公聴会が開かれました(7月10日)。この会で11人が意見を述べ(公述)、うち9名が反対。賛成意見は2名でした。しかも内1名は「いまお聞きした反対意見が素晴らしかったので」と、当日態度を変えました。しかし建築審査会では、反対意見に関する質疑・検討はほとんどなく、指摘された問題点や提言は棚上げされたまま承認されました。【中略】建築審査会のあり方、市の姿勢はこれで正しいのでしょうか。

 質問5 超高層マンションは、防災、環境など様々な問題が指摘されています。【中略】大人やお年寄りも含めて、超高層に住む人たちが「無気力になる」「コミュニケーション障害を起こす」など、心身のトラブルが数多く指摘され始めています。
 また大地震などの災害時には、建物は大丈夫でも高層階の生活空間は破壊され、そこで生活できない住民が避難所を必要とすると予測されます。それは武蔵野市の責任になります。武蔵野市はそうした災害時の準備や混乱の可能性を問う市民の質問にまったく答えることなく建設を認める姿勢です。
 この計画は、武蔵野市民の「心の豊かさ」にも影響し、「青少年の教育そのもの」に関わる重要な問題です。単に建築法令だけでなく、超高層建築の弊害や起こりうる深刻な問題に関して、もっと真剣な検証が必要ではないでしょうか。

 質問6 武蔵野市まちづくり条例の制定委員に、事業主である野村不動産の事業責任者(伊藤和高副部長)が選ばれていた事実が明らかになり、伊藤氏は指摘を受けて委員を辞任。しかし、事業主も市も、選任当時は直接この事業に関わっていなかったので「問題ない」としています。本当に野村不動産は超高層建築を規制する内容を含む可能性のある条例制定に関与する際、まったくこの北口駅前の事業に関わる予定がなかったのでしょうか。邑上市長と市はきちんと調査し、本当に野村不動産の主張が事実か、明らかにすべきではないでしょうか。

 質問7 この問題は認可のほぼ最終段階を迎え、緊急を要するテーマになっています。いまならまだ、事業主の社会的な責任、企業倫理に基づいて、建築計画の変更を求めることが可能です。市議として、市議会に議案を提出するなど、前向きな行動をするお気持ちはありますか。

 質問8 武蔵野市の担当者は、「このビルの建設は数年前から議論され、方針が決まっていた。だからいまさら変更できない」かのような言い方で市民の要望をはねのけています。土屋前市長時代の決定事項だから方針を変えられないのでしょうか? 武蔵野市がいつ103mの高さを容認したのか、誰がそれを決めたのか、明らかにすべきではないでしょうか。土屋正忠前市長を証人として市議会または建設委員会に呼んで証言していただき、この計画の発端や経緯を明快にするよう希望します。土屋前市長は、私の取材に対して「求められれば応じます。事実は全部話します」と明言してくださいました。市議として土屋前市長を証人に呼んでいただけませんか。

 質問9 武蔵野市の情報公開制度の特長はCIM。「大切なことは市民の求めがなくても市が積極的に情報公開をすること」とのこと。【中略】超高層マンション計画に関しては、邑上市長も武蔵野市も、まったくこの理念に反しています。「ツインタワーの計画を市政だよりに載せて、広く市民の意見を聞いてほしい」と訴えた市民に対して、邑上市長は「それはできない」の一点張りで拒み続けました。【中略】市はもっと広く市民に詳細を伝え、意見を聞くべきではないでしょうか。

 これらのアンケートに対して、すぐ回答をくれたのは松本清治市議、山本あつし市議の2人だけ。締め切り日を前に直接会いたいと訪ねてくれたのが川名ゆうじ市議。斉藤シンイチ市議からは「体調不良で回答できなかった」と謝罪があった。砂川なおみ、深田きみ子両市議からは、締め切り一週間後に回答が届いた。その他の市議からは、回答も連絡もない。前回アンケートを依頼した際には「市議選の前だから」と回答辞退の申し出があった三鷹北口議員連盟の市議たちからは、松本市議を除いて、まったく音沙汰がなかった。
 アンケートはあくまで一作家が勝手にお願いしたもので、黙殺されても文句の言いようはない。しかも、それまでの経緯もあって、設問にはかなり明確な反対の意思が含まれている。それにしても、上記の事実を寄せられて、「このまま議論も追究もせず推進するのは、いくらなんでもまずいだろう」と感じて行動する市議はほとんどいなかった。

組織ぐるみで無視・黙殺を決め込んだ

 まちづくり条例検討委員の件ひとつ取っても、誰も追究してくれなかった。本当に野村不動産は、土地取得の半年前にはまったくこの土地で事業をする気がなかったのか? 僕は当の野村不動産の伊藤和高副部長から、「あの土地に関しては以前から関心を寄せていました。裁判の傍聴にも行きました」と直接聞かされている。明らかに、市長か市役所の担当者、そして伊藤副部長はウソをついているのではないか。それでも、何も問題にされずに進むのが大人の社会なのか。
 市長、市役所、市議。組織ぐるみで、市民による反対意見や検討を求める声を黙殺し、何事もなかったように手続きを進めた。
 超高層マンションの建築審査願を、武蔵野市は単に「建築問題」という側面だけで審議・検討し、建築関連法案にすべて合致しているという論拠で承認した。2棟の超高層マンションが、街や住民に与える影響を、武蔵野市はほとんど真剣に議論も検証も、市民に広く問うこともしなかった。その市長が一方で教育問題を語り、「皆様の声を十分にお聞きして」といまも公の席で繰り返している。
 前回の市長選の際、三鷹駅北口に立って選挙運動をしていた邑上候補に、僕は問いかけたことがある。武蔵野市が自慢にしているセカンドスクール(小学生が姉妹都市になっている地方に数日間ホームステイする制度)でホームシックや滞在先の家庭によるいじめに苦しんでいる子どもたちが多数いる。市はセカンドスクールの日数を伸ばすなど制度を加速させる勢いだが、これを見直してもらえないか? すると、邑上候補はこう答えた。
 「私はセカンドスクールよりファーストスクールの方が大切だと思っています。まずはこちらに力を注ぎたいと考えています」
 ファーストスクール? 何のこっちゃと首を傾げていると、要するに普段の学校生活のことだと言う。そりゃもちろん結構だが、人の質問をはぐらかすような答えだと感じた。それから2年。ファーストスクールの充実は実感できない上に、セカンドスクールの見直しもされていない。思えばすべてがこの調子で行われているのだろうか。
 超高層マンションを認める代わりに駐輪場が確保される、代わりに道路拡幅用地が無償で提供される、代わりに公共用スペース(会議室)が提供される……。取引きの成果ばかりを自慢して、役人たちは胸を反らしている。
 取材を始めた頃、市役所の担当者にこれを「取引き」と表現したら、ひどく神経質に言葉の訂正を求められた。しかし、これは取引き以外の何物でもない。形に見える物々交換に精を出し、それが市にとって十分な収穫だとの判断だけで、目に見えない代償にはまったく配慮しなかった。
 いまの時代は、目に見えないけれど大切なもの、お金や物質的価値観と別次元の心の豊かさを重視すべきだと、急速に目覚めが起こっている。その流れに完全に逆行している。
 駅前に超高層マンションが建つ。突然知らされた計画に困惑した。いったい計画はどうやって決まったのか? 『考える市民の会』に寄り添って取材をしながら、僕は彼らとともに「超高層マンションが建つとはどういうことか」をずっと考えてきた。考えれば考えるほど、それは駅前の景観の問題なんかではなく、教育や福祉、安全まで含む生活の問題なのだとわかってきた。「まちづくり」とは何をつくることなのか? 市民にとって豊かさとは何なのか? それはきちんと議論されてもいなければ、説明されてもいないのではないか? いったい何のための手続きなのか? それを問いかけてきたが、邑上市長も市役所の担当職員も、こうした投げかけを一切無視した。武蔵野市は「都合の悪いことは無視すればいいという姿勢で運営されている」と非難されても仕方がないだろう。

相変わらず誠意のない工事説明会

 市長決裁を受けて、事業主はすぐ工事に向けて動き始めた。
 9月7日、8日、二日間にわたって、建築現場からは少し離れた中央コミュニティーセンターで工事説明会が開かれた。準備工事が9月18日、着工は10月10日予定と資料に記されている。工事説明会でも、相変わらず事業主の誠意のなさに空しさが募った。
 「この工事説明会は、5階建て、8階建てのビルを建てる説明会のレベルですね。とても31階の超高層マンションの工事説明会とは思えない」
 かつてビルを建てる当事者として説明をする立場だったSさんが、説明の拙さを指摘した。すると、事業主(幹事社)の野村不動産・伊藤和高副部長は答えた。
 「私たちは、5階建て、8階建てのビルを建てるときも、同じように安全に配慮し、手を抜くようなことは一切致しません」
 そういうことを指摘したのではない。8階建てと31階建てでは、自ずと工事の規模も違う。工事が与える影響も当然大きく、広範囲に及ぶ。それなのに、「資料を配って、ちょっと説明して、それで終わりか?」と、その姿勢と誠意を問うたのだ。
 一日最高150台にも及ぶ大型ダンプカーや生コン車が、約5ヵ月にもわたって工事現場に出入りする。片側2車線、事実上の通行は1車線の駅前通りが約半年間、大型ダンプカーの出入りで騒然とする日々がまもなく始まることは資料にはっきり記されていた。しかし、地下3階の下まで杭を打ち込む基礎工事で、周辺住民がどれほどの騒音と震動に悩まされるのか? 通りをはさんで工事現場の向かいにある僕の事務所は、原稿など書いていられないほど劣悪な環境に3年近くも悩まされるのか。引っ越しも考えるべきかもしれない。だが、対処するための具体的なデータは、きちんと示されていない。
 そう質問を投げかけると、工事を担当する事務所長から、騒音や震動を表す数値の目安などは説明され、一定の値を超える場合は掲示板に予告すると回答された。それが一体、どの時期にどれくらい続くかは教えてもらえなかった。
 説明会を開いたという事実は残した。周辺住民の気持ちにはさほど配慮していない。工事もこの調子で、住民不在、事業者の都合だけを優先されて行われるのだろうか。そう観念しろと言わんばかりの空気だった。

急に応援し始めてくれた市議たち

 空しさを抱えて工事説明会の席を立った後、追い打ちをかける出来事があった。
 会の直後、3人の市議たちが『考える市民の会』に「情報を提供したい」「力になりたい」と、会談を申し入れて来たのだ。
 市内東町で起きている法政一高跡地問題をめぐっては、地元の団体とマンション建設を進める業者の間で『工事協定』が結ばれることになったという。だから、『考える市民の会』でも、工事期間中の生活や環境を守るための約束を工事協定の形で締結するよう申し入れた方がいいと勧めてくれたのだ。
 ため息がこぼれた。市の決裁が降りるまでは、何ら行動してくれなかった人たちだ。
 (高さについては、もう変更ができない)
 一応、市の立場がはっきりした途端、市民のために少しでも役に立ちたい、と彼らは姿を現した。こういう姿勢を、僕は「卑怯者」あるいは「ずるがしこい人たち」と感じる。それが言い過ぎならば、「世渡りがうまい人」。人の気持ちの本当に大切なところは支えてくれない。だが、ほかの誰よりいい人を装い、うまく立場を築く。実際、何ら行動してくれない市議よりずっと「誠意がある」と言うべきかもしれない。だが、「本当の心がない」点では同じだし、「自分の保身を顧みず、意気に感じて行動してくれる」勇気ある人たちではない。
 「私たちは、103メートルが建つことにまだ納得がいってないんです。工事のことまで私が中心になって事業主と話し合う気は、申し訳ないけれどありません」
 河原雅子代表が、力ない表情で消極的な反応を見せた。対して市議たちは、
 「ここであきらめちゃダメですよ。これまでやって来たことを、つなげていきましょう」
 前向きな言い方で励ました。
 「あなたたち、何もわかっていない」
 いたたまれず、僕が反論した。
 「103メートルに関して何ら行動してくれなかったでしょう。あのときは黙って見ていて、急に工事協定だと言われても、河原さんの気持ちと全然ずれているんです」
 「そういう後ろ向きなことを言ったら、何も前に進みませんよ」
 温厚な顔の市議に僕はたしなめられた。
 またため息が出た。誰もがわかる悪事を働く人間より、この手の人こそが純真な者を傷つける。心の関係を崩壊させるのだ。家庭でも学校でも、現代社会の根幹を蝕んでいるのはこうした「火中の栗は拾わない」、ニセ者の善意と奉仕だ。それを僕らは自戒も含めてもっと認識し、糾弾する必要がある。
 残念だがいま日本社会では、こんな偽善者的な振る舞いが幅を利かせ、本当の勇気のない人たちがまやかしの信用を得ている。

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