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駅前の空はだれのものか 小林信也
第14回 行政腐敗のシンボルが駅前に建つ
 『考える市民の会』の情報公開請求に基づいて、武蔵野市役所から『三鷹駅北口開発計画調査検討委員会』の議事録が開示された。
 第1回の検討委員会は平成16年9月9日に開かれている。いまから3年前、土屋正忠現衆議院議員が市長の時代だ。
 ところどころ黒い墨が入り、具体的な名前や金額等が伏せられた議事録。第1回の冒頭部分には、その委員会が発足した経緯が書かれている(■■■の箇所は黒塗り部分)。

◎三鷹駅北口の状況、委員会の設置要綱等について説明
 ・既存計画である長計・都市マス・駅前広場高度利用構想について説明(※著者注 長計は長期計画、都市マスは都市マスタープランの略と思われる)
 ・三鷹駅■■■■■■の持分割合で和解が進んでいる。
 ・窓口や電話の要綱の問い合わせは、何十件も来ている。現在の所有者■■■から委任を受けたという■■■も指導要綱の内容等についてヒヤリングに来ている。
 ・問い合わせの大半はタワーマンションに関するものである。
 ・土地の整理が進んできたという情報の中で、市長より助役筆頭で委員会を立ち上げ、市のまちづくりに関する計画との整合性や行政指導の内容等について検討するように指示があった。

 三鷹駅北口の土地は、所有権の問題で裁判になっていた。それが和解に向かうとともに、最終的に土地を取得し、ここにビルを建てようとする多数の業者が水面下で活発に動いていた様子を窺わせる。それがいまから3年前の話だ。
 第2回会議が平成16年9月29日、第3回10月18日、第4回12月24日と続き、第5回(平成17年2月21日)の議事録には次のように記されている。

◎市長説明の報告
 ・4回の検討委員会での議論をまとめ、パワーポイントによる報告書を作成し、1月28日に市長へ報告を行った。
 ・建物の高さについては、100m程度は容認するようであった。
 ・商業・業務の割合について、3階まではとの意見に対して特に発言はなかった。それ以上望んでいるようでもなかった。
 ・総合設計制度についてもダメという意見は無く、道路提供に伴う既存不適格分については、総合設計について認めているようであった。
 (中略)
 ・市長への報告内容をもとに、検討委員会のまとめとした。
  ・店舗3層程度まで
  ・道路用地の提供
  ・既存樹木の保存・空地確保
  ・公共用駐輪場整備
  ・建物高さは100m程度まで
  ・総合設計制度の検討

 周辺住民が事業主による事前説明会でツインタワー計画の概要を聞かされたのは今年(平成19年)2月はじめ。そのはるか2年前、すでに武蔵野市役所の内部では、今回の計画の基礎となる方向性がはっきりと確認され、業者にも示されていた。
 「本当に邑上って市長は惚けた野郎だ」
 「そうよねえ、タウンミーティングのとき、『これから市民のみなさんのお考えを十分に伺って』なんて話していたけど、あの時点で市の方針はもうすっかり決まっていたわけだから」
 「土屋さんだってさ。この議事録を見ると、最初に100mを容認した市長はやっぱり土屋さんだったわけでしょう」
 開示された議事録を読んだ『考える市民の会』のメンバーたちは、それぞれに怒りと苛立ちを募らせた。
 三鷹北口駅前に、100mを超えるタワーマンションが2棟も建つ。そんな大きな問題を、市は一切、市民に報せも諮りもしなかった。市民はバカにされているのか。それとも、「三鷹北口に超高層が2棟建つくらいの話は別に大した問題じゃない」程度の認識なのだろうか。
 市民の質問に対して、市はその後、「民間企業の計画だから」という言い逃れをしばしばしている。しかし実際、3年前から市は内部でこうした検討を重ね、市の対応を協議している。それは市民には一切関係なく、市長や役人だけで決めて良い問題なのだろうか。その時点で市民に諮る姿勢があっても本来はよかったはずだ。また、「大切な案件について、市は積極的に情報公開し、市民に何が起こっているかを知らせる」という武蔵野市の情報公開制度の基本精神からしても、伝える努力は当然するべきだった。

市役所の4階に権力が集中している

 「要綱行政の悪しき現実がもろに出ている実例ですよ」
 と言ったのは山本あつし市議(市民の党)だ。山本市議は、前回の市長選に立候補し、邑上市長に敗れた因縁がある。山本市議は言う。
 「武蔵野市はずっと指導要綱で業者を指導してきた。結果的に役人の力が強くなり、市民の意見を聞こうとする姿勢がなくなっている。建築に関しては4階に権力が集中してしまって、邑上市長もそれを抑えられなくなっている。そこが大きな問題です。私はこの前の市議会で、4階への権力集中の改善を一般質問で提起しました」
 4階とは、市役所の4階にある都市整備部など市内の建築に関する部署のことだ。土屋市長時代は土屋氏の強烈なリーダーシップのもとに4階がそれに従っていた形だという。親分が変わって、4階の役人たちが自分たちの意向で権力的にことを進める空気をだれも止められないのが実情らしい。
 「武蔵野市は市民を動物以下としか思っていないんですよ。だってそうでしょう。これだけ訴えても一切耳を貸さないわけだから、彼らは我々を人間だと思っていないんですよ」
 Yさんは言った。その顔は悲しいほどに真剣だった。国立大学の名誉教授。法律の専門家。その彼が、「我々は動物以下」と真面目な顔で言う姿を見て、いたたまれない思いにかられた。市長や市の役人たちが、こうした市民の切実な思いを平気で無視できるのは、どういう神経なのだろうか。市長も役人も、徹底して市民と話し合おうとする姿勢は一切見せなかった。何を言っても柳に風、正式な会議で意見を述べても聞くだけ聞いてガス抜きし、体よく隅に置かれて、まっすぐ机上で議論されることはなかった。
 「我々が何を言っても無駄ってことですよ。3年前にもう全部決まっていたわけだから」
 Nさんが捨て鉢に言った。河原さんのご主人は、さらにこう補足した。
 「市役所が我々の訴えにまったく応じなかった理由がこの議事録で全部わかりました。議事録というにはお粗末な資料ですけどね。だって、この建築計画は業者から持ち込まれたというより、市役所の方が、『総合設計制度を認めますよ』『100m程度の高さは容認しますよ』と最初に宣言して、業者を募ったような形です。自分から誘っておいて、いまさら『100mはダメ』『総合設計制度は認めない』とは言えないでしょう」

陳情はあっさりと不採択になった

 8月23日、武蔵野市建設委員会。
 (今日が運命の日になるんだろうな)
 市役所に車を走らせながら、ぼんやりと思った。
 前日は、3人の市議と会った。
 午前中に建設委員でもある松本清治副議長(民主党)を『考える市民の会』のメンバーたちとともに訪ねた。夕方、川名ゆうじ市議(民主党)が事務所に来てくれた。夜は遅くまで、やはり建設委員の橋本しげき市議(日本共産党)と河原雅子さん宅で話し合った。
 総合すれば、「陳情の採択に賛成するのは橋本委員ひとりだろう」「これ以上、継続審議にして結論を先延ばしする考えは委員会にはない」というところだった。
 型どおりの議論のあと、採決へと進んだ。
 陳情への賛成意見を述べたのは、予想通り、橋本市議ひとりだった。複数の議員が、これをきっかけに「まちづくり条例の制定を急ぐこと」「高さ制限を具体的に検討すること」「今後このような住民不在が起こらないよう改善すること」などは求め、市全体の問題意識として認知され、共有されたことは成果と言えるのかもしれない。しかし、『考える市民の会』の面々にとっては、そんな先のことより、103mが建ってしまうことの方が問題だ。「103mの超高層マンションを2棟も建ててからまちづくりを考えるも何もないでしょう」
 河原雅子代表の素直な怒りが多くの住民の気持ちを率直に表している。
 政治家とか役人は、なぜこうも理屈ばかりで納得し、それで住民も理解してくれると思い込んでいるのだろう。それこそが政治不信、行政腐敗の根源だ、と気づいていない。
 陳情が一度は継続審議になった。しかし、それで議論を深めよう、真剣に市民の声を聞き、解決策を探り出そうとする努力はなにひとつなかった。
 建設委員長のやすえ清治氏が一度でも、
 「この問題はどうすれば改善できるか」
 『考える市民の会』に面談を申し入れ、真剣に取り組む姿勢を見せてくれたか。それをしないのが当たり前、という体質になっている。委員長は裁判長ではない。何か勘違いをしていないだろうか。あるいは、自分たちが推進したい計画を邪魔する者とは接触せず、穏便にことを進めようとする。そんな姿勢で、身近なまちづくりが幸せに行われるだろうか。
 委員長だけではない。建設委員の誰ひとり、継続審議に賛成しながら、自分からはまったく接触もしてこなかった。
 これでは「継続審議」が単なるガス抜きのため、「もう一回やっても、建築計画に大きな支障はない」という前提で仕組まれたものと市民に批判されても仕方がない。市民にすれば、「継続審議」は市民の思いに付き合ってくれた、いや市民の方が「ガス抜き」と「証拠づくり」に付き合わされた実感が強い。
 建設委員会が始まる午前10時を少し過ぎて市役所に着くと、すでに定員40名の傍聴席に入りきれない人たちが数名、部屋の外のソファに座るなどして、廊下のスピーカーから流れる質疑応答を耳をそばだてて聞いていた。
 その場所が陳情の最後に立ち会うにはなんだか相応しい場所に思えた。
 陳情を提出したのは『考える市民の会』だ。ところが、継続審議になった2度目の委員会では、陳情を提出した当事者がその後の経緯やら、前回の議論をふまえた補足の意見陳述は一切できない決まりだという。
 (それはおかしいんじゃないか)
 ここでも怒りがふくらんだ。前回、建設委員たちの議論はあまりに表面的な質疑のかけあいで終始した。『考える市民の会』がいま直面し、問題にしてほしいテーマとは大きな隔たりがあった。その誤差を指摘し、討議すべき問題を明確にした上で2度目の議論に入ってほしい。そう願うのはごく自然だ。河原代表を通じてそれを市議会の事務局に求めたけれど、規定を盾に一蹴されていた。
 陳情を出した本人たちは蚊帳の外に置かれ、議論の矛先をすりかえて白々しい会話を重ねる建設委員会にどんな意味があるのだろう。
 松本清治市議は、超高層マンション建築を推進する立場を貫きながら、「昨日、市民の方からこんな風に言われました」と、僕が訴えたことばをそのまま伝えてくれた。
 「約3千名の反対署名が集まりながら、三鷹駅北口に103mもの超高層マンションが2棟も建つのは、武蔵野市の行政の腐敗、政治不信の象徴のようなものです。これから先ずっと、三鷹駅北口には、腐敗と不信の象徴である超高層マンションがずっと立ち続ける」
 松本市議が伝えてくれた言葉で、市長や役人たちは少しでも事の重大さを感じてくれたのだろうか。
 しかしその松本市議も、「北口に駐輪場を作るという私の公約を支持して投票してくださった方々への約束を果たすため」、陳情不採択の姿勢は崩さなかった。駐輪場は、3年後になる超高層マンションの竣工よりもっと早く、どこか別の場所に用意できないのか……。
 採決の結果は、賛成ひとり。陳情はあっさりと否決された。
 翌日、河原雅子代表のところに、読売新聞からコメントを求める電話が入った。
 「邑上市長は建設委員会の結果を受けて、すぐ決裁し、事業計画承認審査願は承認されたそうです」
 それを伝える河原さんの声は、やりきれない怒りで震えていた。
 「邑上市長には本当に頭に来ますね。せめて少し時間を置いてくれれば私たちの気持ちだって違うのに。陳情が不採択になってすぐ署名するなんてね」
 まだ国土交通大臣の認可など、いくつかの手続きは残っているものの、公的にはこれで超高層マンション建築に正式なゴーサインが出された形となった。

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