Web草思
駅前の空はだれのものか 小林信也
第12回 武蔵野市と事業主の茶番劇
 「小石原、出てこい!」
 「声が小さくて全然聞こえなかった。なんでマイクを使わないんだ!」
 「市民が真ん中なんて、市長の言葉はウソじゃないの」
 「こんな建築審査会は無効だ、やり直せ!」
 静かに傍聴していた面々が、会議室を出た途端、口々に叫び始めた。堪忍袋の緒が切れた……。傍聴人は一切喋るな、野次も飛ばすなと事前に念を押されていた。その注意を受け入れて、全員が約1時間45分、静粛に傍聴を続けた。市の進行や発言は耐え難いほど意図的で、事業主の提出した計画を「ぜひとも承認してください」との熱意にあふれていた。住民がこれまで切々と訴えた様々な問題点や指摘には一切触れず、一部に「虚偽」とも疑われる発言さえあった。目の前で展開された『建築審査会』は、開いた口がふさがらないどころか、
 (この街で生きていくのが嫌になる……)
 心底、身体の力が抜けてしまう、市民不在の茶番劇のようだった。
 7月10日、武蔵野市の建築審査会。三鷹駅北口のツインタワー建設に際して、武蔵野市が総合設計制度の導入を認めるかどうか、選任された審査委員が審査する重要な会議だ。
 その会議の傍聴に、事業主はひとりも来ていなかった。まずそれが不思議だった。考える市民の会が提出した陳情を論議する建設委員会にも、事業主側は複数で傍聴に来ていた。今回はそれ以上に彼らの事業の命運を握る会議のはず。建築審査会で否決されれば、いやでも彼らの計画は変更せざるをえない。
 しかし、会議が始まってまもなく、事業主がその会議に出席する必要がまったくない理由を痛いほど知らされることになる。

市の役人は、事業主のパートナー

 午前10時15分すぎ、小石原課長が概要説明を始めた。事業主から提出されたツインタワーの建築計画の概要書を資料にしながら、要所に説明を加える。小石原課長は、この計画がいかに武蔵野市が取り組んでいるまちづくりの方針に沿ったもので、三鷹北口の活性化に貢献する計画かを懸命に訴え続けた。そして、風害や防災などへの備えも万全で、「このビルが建つことで生じる周辺の交通渋滞への影響も軽微である」と、事業主が提出したデータをそのまま読み上げて断言した。市が独自に検証したデータなどは一切示されなかった。景観だけでなく、大地震などの災害時に心配される防災対策など、市民が市に訴えている様々な不安には一切触れなかった。
 市役所の担当者(小石原課長)は、事前に綿密な打合せを済ませ、事業主との間で練り上げた台本通り、建築計画を提案する事業パートナーそのものだった。
 40分以上、建物について説明したあと、事前に行われた公聴会の報告をした。
 「公聴会の公述人(意見を述べた人)は11名。傍聴人40名。このうち反対の方が9名、賛成の方が1名、中間的な意見の方が1名。反対意見は、100メートル超の高さは容認できないというものでした。賛成意見は、道路の拡幅もできる、北口の活性化にも貢献するので……」
 反対者の訴えは、たった一行に集約されて終わった。
 公聴会で反対意見を述べた9人の主張は、それぞれ違った観点を持ち、超高層マンションが「いかに武蔵野市にふさわしくないか」「地球温暖化防止が世界的急務である社会情勢に逆行する」「防災上、武蔵野市は多くの難題を抱えることになる」等々、様々な指摘を含んでいた。
 「私はこの春、静岡から武蔵野市に引っ越して来たばかりですが、武蔵野市の雰囲気がすっかり気に入りました。ことに三鷹北口駅前の風景は、パリのメトロの駅前に似ています。緑が多くて、ほどよい高さの建物が周りを囲んで、ロータリーの真ん中に平和の像が建っている。これを超高層で壊すのはもったいない」
 ある老紳士の訴えには、ぼく自身、感銘を受けた。パリのメトロの駅前と言われるとちょっとこそばゆいけれど、最近転居してきた、おそらくパリ在住の経験もありそうな人にそれほど大事に思われる風景は、改めて誇らしく思える。それを簡単に壊していいのか。
 公述人の内訳は当初、賛成2名のはずだった。ところが、2人の賛成者のうちのひとりが、公述の際にこう言ったのだ。
 「今日は私、基本的に賛成するつもりで来たのですが、皆さんの反対意見を聞いていたらあまりに素晴らしくて……」
 賛成する熱意が揺らいだ。それで市の職員も「中間的な意見」と表現する形になった。
 ともあれ、40分以上に及んだ建築計画のプレゼンテーションに対して、公聴会の報告はわずか2分で終わって、質疑応答に入った。
 4人の審査委員は、専門家らしく、
 「隣接している民家の土地も一体でやると素晴らしいものになると思うが」
 「火災の際、はしご車がビルに近づく敷地内の路面は、荷重に耐えられる状況か」
 「今後もさらに100メートル超の建物を誘導する考えはあるのか」
 等々、様々な質問も浴びせた。しかし、これを一手に答える小石原課長の回答が曖昧でも、まったく事業主の資料通りで市の検証が加えられていなくても、それ以上追求はせず、平和に質問を終えるばかりだった。
 傍聴席が背筋を伸ばしたのは、議長役の審査委員が、こう訊ねたときだった。
 「この地区で、まちづくりに関して市民のグループができたりしていますか?」
 添付してあるはずの資料を読んで、強く反対する動きがあることに配慮した質問ではないかと傍聴者は感じた。いよいよ、反対運動に関する検討がされるのか、かすかに期待がふくらんだ。
 武蔵野市・建築指導課の小石原課長は、消え入るような声で答えた。
 「まちづくり条例に関連してできたNPO法人はございますが、そのほかにはありません」
 議長は、それ以上、質問はしなかった。

こんな建築審査会は無効だ!

 会議室から引き揚げようとする小石原課長ら市の職員に、考える市民の会を中心とする傍聴人たちは詰め寄った。
 「今日の審査会は無効だ。やり直せ」
 鋭い批判に、小石原課長は最初は無表情で立ち止まった。
 「あれじゃ完全に、市は『この計画を承認してください』と言わんばかりじゃないか。何で事業主の提案は延々と説明して、公聴会の反対意見はたったの一行なんですか?」
 「別に私は、恣意的にそうしたわけではありません」
 「恣意的でないのに、事業主の宣伝は42分で、公聴会の報告はたった2分なんですか? 反対意見だって、きちんと口頭で説明すればいいじゃないですか」
 「時間が足りないだろ」
 いかにもムッとした顔で小石原課長がすごんだ。
 「時間が足りない? 武蔵野市の百年に関わる問題ですよ。それより審査会を午前中で終わらせる方が大事なんですか」
 考える会の代表・河原雅子さんが訊いた。
 「私たちは、まちづくりに関するグループじゃないんですか?」
 議長の質問を指してのものだ。小石原課長は、少し言いよどんでから答えた。
 「まちづくりのグループと訊かれたから、ああいう風に答えたんじゃないですか」
 廊下で押し問答が始まった。他の職員から、「ここでは他の会議に迷惑をかけるから、とにかく下へ」と促され、全員、玄関の外に出た。そこで僕も小石原課長に詰問した。
 「今日の会議を見ると、武蔵野市は一方では『市民の声を聞く』と言いながら、もう一方では『すでに超高層マンション建築をはっきり推進する姿勢』で取り組んでいますよね」
 「はい」
 「武蔵野市の方針は、いつ、誰が決めたんですか?」
 「……」
 「市の担当者が決めたんですか?」
 「最終的には、市長です」
 「市長は、最初の説明会のあと、まだ正式な申請がないから何とも答えられないと言いました。でも実際には、それ以前に、市の方針は決まっていた」
 行政なんてそんなもんなんだよ、と誰かが言った。
 「国会だってそうだろ。政治も役所もそんなもんなんだよ」
 それを聞いて、気が遠くなりそうだった。いままで漠然と聞いていた政治腐敗、政治不信、役所の体質といった言葉が、急に実感を伴って押し寄せてきたからだ。日本はここまで腐りきっているのか……。それでも僕は、もうひとつの質問を浴びせた。
 「それに小石原さん。あなたは紛争予防条例のあっせんの席で、中立な立場で調停する役じゃないですか。僕はてっきり、双方の意見を客観的に聞いてくれるのだと思っていました。そのあなたがあんな熱心に、事業主に代わってプレゼンテーションをしている……。そのあなたが調停役なんて、ありえないでしょう」
 すると小石原課長は、今日いちばんの素直さで答えた。
 「それについては自己矛盾があります。あっせんの席では、できるだけ切り替えて務めようとしています」
 初めて市の公の会議を傍聴したという中年のご婦人が、呆れ顔で言った。
 「邑上市長が言っている『市民が真ん中』なんて、全然ウソじゃないの。私、武蔵野市がこれほどひどいとは思わなかった」

武蔵野市の情報公開制度の理念

 邑上市長には、この連載に関して過去2回、正式に取材申請をした。一度目は「いまはまだ話すことがない」。二度目は「小林さんはいわば当事者だから取材には応じられない」と、いずれも断られた。考える市民の会が、シンポジウムへの出席を依頼したが、これも拒まれた。
 この連載で、市議、市役所の担当者らにも多数、取材を求めた。いまのところ、取材を拒否されたのは、邑上市長だけだ。土屋正忠前市長(現衆議院議員)も、複数回の取材に応じてくれている。もちろん誰もが、僕が超高層に反対を感じる立場で取材している事実を知っている。それでも取材に応じてくれている。邑上市長だけが、拒否し続けている。
 参議院選で自民党が大敗した翌日、新たな取材を求めるため、土屋代議士事務所に向かった。すると、土屋代議士自身が机に向かって何やら原稿を書いていた。土屋代議士は、僕を見るなりソファに促し、すぐ原稿を書き上げると会話に応じてくれた。
 「武蔵野市の情報公開条例を作ったのは僕が市長のときだけど、これは全国に誇るべき内容のものでね」
 土屋議員は、資料を取りだして武蔵野市の情報公開条例の特色を話してくれた。
 「CIM、シビル・インフォメーション・ミニマムと言ってね。住民は、いま何が起こっているか、市から知らされなければわからないわけだ。だから市は、市民から情報公開を求められなくても、大事なことは積極的に公開しなければいけない」
 「いまの市政は、まったくそれと逆の姿勢を取っています」
 数日後、河原雅子さんが、市役所に情報の開示請求に行った。武蔵野市はいつ総合設計制度の導入を決め、超高層建築を容認する方針を決定したのか。河原さんから、経過を知らせる電話が入った。
 「情報公開条例の担当窓口の人は、『はいわかりました』って、すぐに応じてくれたんですが、まちづくり推進課に問い合わせたら、それは業者と『絶対に公開しない約束だから、応じられない』と言われたんです。これってどう思います?」
 事業主と市の関係を象徴するような回答。事業主に配慮して、市民に市の情報を公開できないなんて、一体どういう理屈だろう。
 8月23日には、2回目の建設委員会が予定されている。邑上市長は、8月1日のタウンミーティングで、「建設委員会で陳情が不採択になれば、市長決裁の署名をします」と明言している。
 実は前回の建設委員会で、興味深い問答があった。「ビル建設推進派」を公言する民主党・松本清治市議(副議長)が、
 「私は総合的に判断してビルの高さが高くなるのは仕方ないと思ってきました。でも実際、武蔵野市に103メートルはふさわしくないと思います。市長はどうお考えですか?」
 はっきり明言した上で質問した。それに対して邑上市長も、
 「103メートルがふさわしいとは思っていません」
 と、応じた。新聞記者たちは、この問答をさほど重大に受け止めなかったようだが、僕は耳を疑った。大変な事件が目の前で起こったと感じた。これまで頑なに超高層推進を掲げてきた彼らが、はっきりと高さを否定したのだ。まだ、望みはある。

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