Web草思
駅前の空はだれのものか 小林信也
第11回 「もう遅すぎる」への怒り
 6月20日、武蔵野市議会の建設委員会で、考える市民の会が提出した『三鷹北口超高層マンション建築計画(仮称・武蔵野市中町一丁目計画)の見直しに関する陳情』が審議された。市議会の正式な議題として採択するか不採択にするか、ここで決定されるのだ。
 建設委員は6人。うち3人が採択に賛成すればいい。逆に、3人が不採択を支持すれば陳情は却下となる。ただし、
 「不採択の場合は、不採択として市議会に送られます。市議会の審議でそれが覆ることもないわけではありません」
 市議会の担当職員がそう説明してくれた。建設委員会でどんな結果が出ても、陳情そのものがそこで抹殺されることはない。必ず市議会にはその存在が示される。しかし、市議会が建設委員会の意向に背いて反対の決議をするのはよほどの事情があるときだ。今回は、市議の党派構成やこれまでの態度からして、建設委員会で不採択となればそのまま市議会でも同じ決断がされるだろう。
 午前10時に始まった建設委員会が最初の議案を審議し終えるとすぐ、議長が「休憩」をアナウンスした。だが、トイレに立つなどの行動を取る人は誰もいなかった。なぜなら、休憩時間こそ、この日の会議で最も重要な発言時間とみんな承知しているからだ。
 陳情に出向いた際、市議会の担当職員から説明されていた。
 「陳情を審議する前に、委員会が休憩に入ります。そこで、陳情した方に陳述といって、陳情の趣旨を述べてもらいます。時間は約10分間です。代表の方ひとりでも、複数でも結構です。多くても3人程度でお願いします」
 陳情者は市議でも市の職員でもないから、委員会の正式な議事に立ち入ることはできない、だから休憩という形を取る慣例なのだろうか。ともあれ、考える市民の会・河原雅子代表と僕が、促されるまま陳述者の席に着いた。この日は、僕が陳述の役を仰せつかった。
 「陳述する方は、その場に座ったままお話しください」
 立って喋ることも許されない? それ以上に驚いたのは、6人だけの建設委員会かと思ったら、会議室の隣りの部屋までぶち抜きになっていて、市の職員らしき人たちが40?50人、この会議に参加しているのだ。傍聴席に集まった市民約30人、会議担当の職員を合わせると、100人近い規模の会議だ。
 まずは河原雅子代表が「この計画は武蔵野らしくない」と陳情の趣旨を話し、署名の数が2835名になった。つまり「多くの市民が私たちと同じ気持ちです。武蔵野市民の率直な思いをきちんと受け止めて、計画の変更を指導してください」と訴えた。
 次いで僕が、主に次の点を強調する陳述をした。
 「私たちはこの計画を正式に知らされてから、正式な届けに則って反対の意思を伝え、陳情しています。それなのに、市長や市の担当者からいただく答えは『もう遅すぎる』です。今日の答えがまた『遅すぎる』では、市民の声はどうやって反映されるのでしょう」
 「4月1日に東京都景観条例が改正され、周囲の街並みから突出した建物は建てられないことになりました。今回の計画はまさにこれに該当します。規制緩和で高い建物が建てられるようになった。けれど世間の価値観はすでに大きく変わっています。地球環境の保護、伝統的な景観保護、それに防災に対する高い安全意識が求められています。武蔵野市は、緑豊かな街並みと共に、新しい文化やムーブメントを創りだし、日本全国に発信する伝統を誇りとしています。その武蔵野市が、すでに社会がノーと言っている建物をいまから積極的に認めるのでしょうか」

菅直人・民主党代表代行からの電話

 建設委員会が行われる直前、いくつかの動きがあった。ひとつは、地元選出の菅直人・衆議院議員からの電話だった。
 「さっき菅さんから、私のところに直接電話がありました」
 河原さんから、ちょっと上気した感じの声で連絡があった。考える会を立ち上げてまもなく、元々自民党系が推進していた駅前開発事業を「菅さんなら市民の声を聞いて、動いてくれるのではないか」と、河原さんが手紙を送っていたのだ。その回答が、遅ればせながら、建設委員会の直前に届いた。
 「でもね、『この問題はもう変更できない。市民の気持ちが反映されないのは僕もよくないと思うけど、法律的に問題がなければ、今の状況では仕方がない』という話でした。それはないですよね、がっかりしました」
 河原さんは、菅直人から直接連絡が来たことに昂奮しながら、しかしその内容がまったく後ろ向きだったことに憤りを隠せない様子だった。
 さらにもうひとつ、考える会の面々を逆撫でする出来事が一週間前にあった。
 6月14日、武蔵野市役所で、考える市民の会と事業主との第2回あっせんが行われた。そこでの出来事だ。
 前回は野村不動産・伊藤和高副部長との不毛なやりとりになった。いきり立つ気力も失せ、この日は静かにしていようと決めていた。
 今回は、河原透さんが「高さを否定するだけでなく、何か具体的な代案を出した方がいいのではないか」と仲間たちに強く訴え、代案を出そうと決めた。河原透さんは、『地球温暖化防止に貢献し、武蔵野市にふさわしい景観と住環境を守るため敢えて高さを抑えたエコロジカルなマンションの提案』という文書にまとめて読み上げた。考える市民の会は、三鷹駅北口の開発・活性化には反対していない。むしろ期待している。河原さんがまとめた提案は、これからの日本の高層建築のひとつの指針になるものだと思う。
 その他のやりとりも、僕はずっと静かに聞いていた。最後にひとつだけ質問をした。
 「4月1日に東京都景観条例の改正案が施行され、周囲の街並みから突出した高い建物は建ててはいけないと規制されました。すでに社会がノーと言っている建物をそれでも強行に建設されるのでしょうか。
 2月に最初の説明会が開かれてから、9月着工に向けてずいぶん急いでおられる印象を受けていました。なぜそれほど急ぐのか。東京都景観条例の改正を知って、これだったのかと感じています。条例が改正される前に、つまり3月中に建築計画の申請をする必要があった。そういうことでしょうか」
 すると、答えたのは伊藤和高副部長ではなかった。それまでずっと黙っていたK課長が突然発言をし始めた。
 「東京都景観条例については、私ども知りませんでしたので、申請を出した日時と条例の改正の時期がどのような関係になっているのか、まったくわかりません。その詳細がどういうものか知りませんが、私は周囲の街並みから突出した建物があるのもいい景観だと思っています」
 これを聞いて、唖然とした。
 野村不動産の担当者が、「東京都景観条例の改正を知らなかった」と堂々と言う。それも、市役所のあっせんという公の席でだ。僕はこう応じるしかなかった。
 「知らなかったというご発言は、素直に信じるとしましょう。だとすれば、武蔵野市は、我々シロウトでも知っている東京都景観条例の改正も知らない業者に、大切な街の玄関口の開発を任せることになる。そちらの方が問題ではないでしょうか」
 すると、野村不動産のK課長は、自分が学生時代を過ごしたという京都の街並みを例にこう続けた。
 「京都でいろいろと批判を浴びた建物といえば、京都タワーや京都駅がありますが、いまは京都タワーを見ると京都に帰ってきたなあと思う人が大半でしょうし、それぞれ時間が経つにつれて人々に受け入れられています」
 それはある意味、事実だろう。だが、それは多くの人々のあきらめと善意の賜物でもある。
 強引に建ててしまえば、既成事実が人の気持ちを支配していく。人がそれを次第に受け入れる。それを根拠に濫開発を肯定する企業の論理こそ、社会が厳しく戒める時期に来ている。企業のその傲慢さこそ、彼らが気づかねばならない重要な核心だと、時代は警鐘を鳴らしているのだ。そうした開発優先の考え方が、地球環境を破壊し、人々の心に根ざしていた大切な伝統や魂までも壊してきた。それに我々日本人の多くはずっと気づかなかった。
 「超高層ビルは、ランドマークタワーにもなっていいでしょう。遠くからでも、あそこが三鷹駅だとわかる」
 市の担当者でさえ、そう言った。
 しかし、中央線沿線の中野にも、荻窪にも、三鷹にも、武蔵小金井にも超高層ビルが建ち、中央線から外れた中野坂上にも、ひばりヶ丘にも建つ。そんなものが目印になるだろうか。はたまた、目印のために超高層マンションを容認する価値観とはいったい何だろう?
 東京タワーには、もちろんある種の感傷も含めた思いを多くの人が持っている。だが、東京タワーがもし各駅前に建っていたら、東京タワーは東京タワーでありえるだろうか。
 K課長に、僕はこう反論した。
 「すでに施行されている東京都景観条例をKさんは非難し、我々の持論とは違うから従わないと言わんばかりのご発言です。それが野村不動産の姿勢なのですか」
 あれだけ法令を盾に建設の正当性を主張していた野村不動産が、今度は法令よりも自分たちの計画の正当性を主張した。目的はひとつ、何が何でも超高層マンションを建てて、企業の利益を確保する……。
 そんな出来事があって、ますます考える市民の会の怒りは静かな怒りに燃え上がっていた。このような相手に、好き勝手をさせるわけにはいかない。

ガッカリさせられる市議のレベル

 建設委員会の見通しも決して明るいとは言えなかった。しかし、限られた数少ない公の場で、市民の声を強く訴える以外に打開の方法はない。
 陳述の後、委員それぞれから陳述者に質問が寄せられた。その中でもっとも印象的だったのは、社民党系無所属と言われる桜井和実議員の質問だった。
 「高さなんて、見る場所によってはそれほど気にならないでしょう」
 それが市議会のレベル、市議の意識だと思うと情けなくなった。
 休憩が終了し、正式な討論に戻ってまず、日本共産党の橋本しげき市議が質問に立った。市議選のとき、超高層マンション計画の見直しをはっきりと公約に掲げていた橋本市議は、考える市民の会と同じ立場で、市長や市の担当者に質問をした。見直しを求める市民の心の機微まで理解した感じの、心のこもった質問だった。
 しかし、市長も市役所の担当者も、すでに決定している市の方針に基づいて、型どおりの回答を繰り返す。橋本市議に代わって、他の市議が質問に立つと、苛立ちばかりが募る展開になった。委員の大半は、この問題に深い関心を寄せる周辺住民たちがもう何度も聞かされてうんざりしている白々しい説明に深く肯く様子、中にはそんな基本的な事実さえこの席で初めて知ったような反応を見せる委員もいた。話し合うべき核心はすでにそんな次元にはない。その先にこそ議論すべきテーマがあるのに、それ以前のレベルで双方が納得し合っている。かゆいところに手が届かない。傍聴席からでは発言もできない。このままでは、橋本市議だけが採択に賛成で、他は反対のまま不採択に終わるだろう。空しさを抱えたまま、建設委員会は昼休みに入った。
 河原さんら、この問題をきっかけに知り合った有志の仲間たちが、仕事や家事・育児の合間を縫って集めた2835名もの署名は、あっさり葬られるのだろうか。
 市役所の最上階にある食堂は、狭い学食の慌ただしさ。長い時間待たされてようやくカウンターで渡された冷やし中華を、苦い思いで口に運んだ。
 (このまま、何事もなく計画は承認されるのだろうか)
 そんな失望感も、河原雅子さんはじめ傍聴に来た市民たちの間に流れていた。
 しかし、休憩が明けて午後の討論が再開されると、次第に違った空気も流れ始めた。それは意外な出来事だったが、確かに変化を感じさせた。
 (考える市民の会の活動は、決して無駄ではなかったのではないか)
 希望の兆しを感じさせるやりとりが、市議と市長の間で交わされたのだ。

*編集部註 本稿において一部氏名・政党名に間違いがありましたので、訂正いたしました。関係者の方々にはこの場を借りてお詫び申し上げます。(2007/08/27)

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