Web草思
駅前の空はだれのものか 小林信也
第10回 反対運動の切り札は何か?
 「三鷹駅北口の反対運動は甘いよ。業者にとっちゃ、まだ何の痛みもないでしょうね」
 『考える市民の会』のメンバーが集まるたび、Sさんが忌憚なく言う。発足直後に加わった仲間であるSさんは、かつて自分自身、今回の件でいえば「野村不動産の伊藤副部長と同じ立場」で仕事をしていた人だという。派手な広報戦略などで、80年代に一躍成長した建設業社で開発の担当をしていた。
 「三鷹駅を降りて建設予定地の周りを歩いても、反対の“のぼり”ひとつ立っていない。ビラも貼ってない。反対運動が起こっている感じがまったくないでしょう。これじゃあ全然ダメ。建設業者はやっぱり、のぼりや張り紙をベターっと貼られたり、本社の前でデモ行進されたりしたらイヤなもんなんですよ。私のときなんて、建設予定地の周りじゅう、のぼりを立てられました。中には私を名指しで、『S死ね』なんてのもありました」
 あるとき、Sさんが一枚の黒い布を持って来て見せてくれた。広げると、ドクロのマークが染め抜かれた建設反対の横断幕だった。
 「世田谷に超高層マンションを建てるとき貼られた横断幕です。記念に一枚もらったんですけどね」
 たしかにえげつない横断幕だ。何しろ、黒地にドクロのマーク。目立つし、おどろおどろしい。
 「当時は近くの駅から、あのドクロの旗が立っているところまでお願い、といえばタクシーの運転手は誰でも知っていた。それくらいみんなが知っていましたよ」
 えげつない反対運動が計画変更を促すためにはやはり必然だと知らされて、河原雅子さんらメンバーはもちろん「効果があるなら」と、のぼりやビラ作戦、さらには西新宿の野村不動産本社前にプラカードを持って押しかけようかと、考えてはみる。
 「武蔵野市役所の前でビラを配ったっていいですよ。市役所の職員は、ほとんどこの問題を知らないと思います。市役所の前で市民が問題にしたら、市長だって少しは態度を変えざるをえないでしょう」
 Sさんが熱心に仲間に呼びかける。その意を受けて、仲間のひとりが、パソコンで見事にデザインした反対のビラを何パターンか作って持ってきてくれた。
 「このビラ、よく出来ているよ。デザインも素晴らしい。これ、貼りたいねえ」
 考える会の中では過激にやりたい派のNさんが、ビラを眺めて何度も何度もつぶやいた。誰もが同じ思いだった。超高層ビルが悪者っぽい感じで描かれ、「超高層はいらない!」「103mは高すぎる!」の文字が躍る。メンバーは1時間近く、そのポスターを手に議論を重ねた。
 「建築予定地のフェンスにこれ、貼ったら犯罪ですか?」
 ひとりが訊く。
 「でしょうね。それに、翌朝には業者が全部綺麗にしちゃうでしょう。私の場合も、いたずら書きされたのをすぐまたペンキで塗っちゃいましたから」
 Sさんが答える。議論の末に、河原さんがため息まじりに言う。
 「私たちは、平穏な街を守りたくて超高層ビルに反対しているのに、私たち自身がその平和を乱すことをするなんて、自分たちらしくない気がする」
 いつもその原点に立ち返り、過激な反対運動は取りやめになる。
 Sさんはそのたびジリジリするのだが、河原さんが貫く「武蔵野らしい品格のある反対運動をする」「一住民として、自分の自然な思いに合わないことはしない」という姿勢も理解している。だから、抜いた刀をまた鞘に戻す繰り返しがずっと続いている。品格のある穏やかな方法でいかに反対運動を成就させるか。「そりゃ、難しいなあ」とため息を洩らしながら、経験者の立場でいろいろ経験談や知識を教えてくれるのがSさんだ。

元同業者がなぜ反対運動に加わるのか?

 河原さんから「強い味方が現れたんですよ」と、Sさんを紹介されたとき、元々は超高層マンションを建設する立場だったSさんがなぜ、三鷹北口の103メートルには反対なのか。自分からビラを見てすぐ河原さんに連絡し、その日のうちに自宅にも訪ねて来た理由が最初はよくわからなかった。聞くと、Sさんはまずこう言った。
 「私は駅から少し離れたところに住んでいますが、三鷹駅北口まで歩いてくると、ちょうどいい散歩コースなんですよ。その道に、超高層が二棟も建つってのはねえ。まったく武蔵野にはふさわしくない。誰が考えたってそうでしょう」
 思わず苦笑してしまった。なぜなら、かつてSさんが超高層を建てたという世田谷でも、周辺の住民はきっとそう言っていたと思うからだ。自分が業者として建てる立場にいるときと、建てられる住民の立場ではこうも違うという例なのか。笑いながら訊くと、決してそれだけじゃないと、Sさんは熱い口調でこんな風に続けた。
 「野村不動産の今回の計画はあまりにもずさんです。同じ仕事をしていたプロとして、見るに堪えません。三鷹北口に、あんなひどいビルを建てられたら、武蔵野市民はたまったもんじゃないですよ。これからいろいろ大変な問題が持ち上がります。説明の仕方もひどいでしょ」
 どうやら、同じ超高層ビル建設のプロとして、しかも周辺住民に説明し理解を求める元担当者として、彼らの仕事ぶりが許せないらしい。
 「周辺住民から突き上げられるそんな仕事、よくやってられましたねえ」
 訊くとSさんは、答えた。
 「でもね、最後は地域の人たちと仲良くなる。地元のお祭りなんかよく呼ばれて、一緒に手伝いましたよ。ちゃんと話せばね、わかってもらえるんです。最初は反対されても、最後はこう気持ちが通じる。そこが面白いんですよ」
 体格は立派で怒ると強面だが、笑った表情は柔和で人情味を感じさせる。そのSさんが、「S死ね」とまで書かれる一方、お祭りの準備を一緒にする姿が頭に浮かんだ。果たして全員が最後には納得したのかどうかわからないが、お祭りの会場で「Sは帰れ!」と言われなかったのだから、一定の調和が図れたのだろうか。果たして、我々と野村不動産の担当者たちが、和やかに祭りの準備をしたり、酒を酌み交わせる日など来るのだろうか。彼らがビジネスライクな姿勢を崩すことは考えにくい今のところは、その光景はまったく浮かばない。
 「私は、施工の現場管理も相当やりました。コンクリートを作る現場まで行きましたよ。我々は事業主の立場ですから、実際に施工する業者に仕事を発注する立場です。彼らがきちんと設計通りにビルを建てているか。これが本当にいい加減なんです。ビスをしっかり締めていない、確認したにもかかわらず指示と違う安いコンクリートを使う。予算を削って利益を出すために、現場はそういう悪どいことを平気でやるんです。残念ながら、それがいまの建設業界です。実際、耐震偽装だってそうでしょう。多摩ニュータウンのマンションが何棟も建て直しになったのも同じ体質です。今回の建物だって、いまみたいないい加減な姿勢でやっていたら、どんな建物が建つか、わかったもんじゃないですよ」

鍵を握る、武蔵野市議との対話

 えげつない反対運動は行わない。市民に許された真っ当な活動によって、市と業者に変更を求めていく。その方法のひとつとして、考える市民の会は市議会に陳情を行った。その陳情が討論される武蔵野市役所・建設委員会は、6月20日と決まった。
 それに先だって僕は、「ビル建設推進派」をはっきり公言する市議のひとり、松本清治市議に会った。松本市議には、市議選の終盤に街頭で声をかけ、選挙後にしっかり話をする約束を交わしていた。
 今度が3期目。初めての立候補のときから、選挙カーには乗らず、鉢巻きをして、その選挙カーの前を走って支持を呼びかけるのが松本清治候補のスタイル。3期目の今回もそれを続け、車の前を走っているところを僕は呼び止め、駅前ビルについて聞いたのだ。すると松本市議は、市民の間で反対運動が起こっていること、僕がこの連載をしている当人だと認識した上で、きっぱりと言った。
 「私は推進です。たとえば、駅前の駐輪場の問題は深刻です。総合的に考えて、ビルが建った方が市民にメリットがある。政治家として、きちんとした判断をするべきだと思うからです」
 印象的な円らな眼をさらに丸くし、真っ直ぐに僕を見て彼は言った。
 もちろん、反問した。決定に至る経緯や現状が市民には充分説明されていない。市民の知らないところでこっそりと進められている印象がすごく強い。すると彼は提案した。
 「これはあくまで民間事業ですが、市と事業主と市民とが一堂に集まって話し合う場を作ったらどうでしょう。それは大切だと思います」
 「それを呼びかけてもらえますか」
 「もちろんです」
 この地区選出の菅直人・衆議院議員の秘書を経て市議になった松本清治候補はトップ当選をした。そして、改選後初めて開かれた市議会で彼は副議長に選ばれた。
 その直後の5月半ばすぎ、僕は市役所の副議長室に彼を訪ねた。まずは松本副議長の考えをじっくりと聞いた。
 「私がこの件に触れたのは3年くらい前です。梅林だったあの土地が今後どうなるんだろうという中で、まず自分として理想の街、理想の三鷹駅北口を考えました。
 ひとつはあそこが公園になって、子どもたちがいっぱい遊べる環境がいいなと思いました。ただ問題は商業地域と駅前の大きな公園という関係性。市全体のメリット・バランスを考えざるをえなかった。
 わかりやすくいえば、僕は(超高層ビル建築)推進派です。現状でできるもの、できないものを自分の中で整理しました。それも相当緻密な調査をしたうえで、ここまではできるけど、ここからはできない、という判断をしました。民間から民間への土地の移行の中で我々が早い段階で要求できるのは何か。そうすると、いま反対運動をしておられる周辺の住民の方々から見ればどんどん理想とする範囲が狭まっていったんですね。その中で更に自分が理想として求められるのは何かと考えた時、やっぱり僕は空間を求めたい、自転車の駐輪場を確保したい、それが第一第二優先順位になりました。
 駐輪場の確保については、初当選のときから大切な公約に掲げていました。なにしろ、平坦な武蔵野市において、三鷹駅は自転車の乗り入れ人口が都内ナンバー1です。駅の南北合わせての数字ですが、東京都内に全部で445駅ある中で三鷹駅が一番なんです。平成18年の統計で、吉祥寺駅は8位、武蔵境駅は11位です。
 責任ある政治家を目指すに当たって、まず駐輪場の確保は当然のこと。三鷹駅に通勤、通学、買い物される方の自転車がきちっと確保される為に、今あるチャンスを逃してはいけないと考えました。それでこの梅林の跡地を駐輪場として確保するべきと正直思った。これがビル建設を推進する理由です」
 感情ではなく、市のメリットを考えた総合的な判断。判断のスピードも重要。プロフェッショナルな政治家として、もし住民感情とは違いがあっても、結果に責任を持ち、信念を持ってやるべきことはやらねばならない。松本市議はそのように語った。プロの政治家としての使命感と強い意気込みは感じられた。でも僕は、大事なことがずれているのではないか。そう感じて、反問した。
 「何も103mのビルでなくても、駐輪場は作ってもらえるでしょう。駐輪場提供の見返りに超高層というのは変でしょう。駐輪場用地なら、ほかにも候補はあるはずです」
 松本市議もそれには素直に肯いた。そして言った。
 「僕は今日の取材を含めて、しょうがないという言葉を使いたくないんですよね。こういう状況だから仕方がないから我慢してくれというのは嫌で、自分としてこういう理想の駅前があるので、というお話をそういった方たちと、今後もしたいなと思います」
 松本市議はもうひとつ、「武蔵野市を、子どもに尊敬される大人たちがたくさん住む町にしたい」とも言った。僕も同感だ。だから、あえて、僕は言った。取材者として範囲を逸脱している、副議長に偉そうに言える立場でもない。だけど、僕は言わずにはいられなかった。
 「将来、子どもに、どうしてあんな超高層ビルを建てちゃったの? と訊かれて、市のバランスを考えたら仕方なかったんだよ、なんて言えません。そんな説明で子どもは納得するでしょうか。損得勘定をふりかざす大人を子どもは尊敬しません。僕は子どもたちに、三鷹の玄関口が大変なことになるところだったからみんなで戦ったと言いたい。そのために戦っているんです。そうでなければ、後々子どもたちに説明できない。尊敬なんてされませんよ。
 松本さんの、プロの政治家を目指す志は素晴らしいけれど、全部頭で判断している感じがする。もっと心に従って行動しませんか」
 僕の訴えは、松本市議の胸には届いたように感じた。彼は、
 「僕もかなりの“パッションおたく”なので……」
 と、面白い表現をした。たちどころに推進の看板を下ろす約束はもちろんなかったが、これまで頑なに閉ざしていたところの扉も叩いて、真剣に考え直してみる約束はしてもらえたと感じた。
 松本副議長も今回、建設委員に選ばれた。陳情を採択するか、不採択にするか、議論し採決をする6人の中のひとり。そこで不採択に決まれば、市長もそれを後ろ盾に市長決裁の署名ができるだろう。そうなればもはや、反対運動は事実上の終わりを告げることになるのかもしれない。
 6月20日、午前10時。いよいよ運命の『建設委員会』が始まった。

草思社