Web草思
駅前の空はだれのものか 小林信也
第7回 市長がついに方針を語った
 「例のツインタワーの件、なぜ100メートルを越す建物を2棟建てる必要があるのか。行政として、規制をかけることができなかったのでしょうか」
 のっけから、まだ40代と思われる男性が市長に質した。これまでの説明会では見たことのなかった顔だ。
 西久保コミセンで始まった『市民と市長のタウンミーティング』、市長はいきなり、住民の怒りにも似た熱い思いに触れる形になった。続いて60代と見える男性が訊ねた。
 「一昨日の朝日新聞朝刊に、『武蔵野市まちづくり条例検討委員会参加、野村不動産社員が辞任』と出ています。そこでお伺いしたい。つい3日前まで、現にツインタワーを作ろうとしている責任者が委員として入っていた。武蔵野市はもうそういうつもりなのか。つまり、市長はもう既に(ビルの承認を)お決めになられているのかどうか、お聞きしたい」
 邑上守正市長は、これらの質問にただじっと肯くなどして聞き入っていた。いくつか質問を受けたあと、まとめて答弁するという。「会話」にならないもどかしさに参加者たちはまず戸惑い、苛立った。
 質問したい市民は挙手をする。係員から番号のついた札をもらう。その順番に発言が許される。発言はひとり3分以内。前に立つ係員が、『あと1分』『あと30秒』と書かれた紙を掲げる。3分経つと、合図の音が鳴る。過去の経験から生み出された知恵なのだろうが、市民たちは、ベルトコンベアーの上に載せられて順番に処理されているような、どこかあしらわれている感じが否めない。
 「国立市のマンション問題では国立市長が自ら問題にして、最高裁まで行って争われた。敗訴はしたが、最高裁は良好な景観の恩恵を受ける権利は法的保護に値するという環境権を認めました。武蔵野市長はその点についてどうお考えなのか。伝統のある武蔵野市。その駅前に100mのビルができることをどう思っているのかお伺いしたい」
 すぐ答えを聞きたい話ばかり。だがまだ市長はひとつも答弁しない。次いで『考える市民の会』の河原雅子さんの発言順になった。河原さんは、会を立ち上げたこと、20日に市議会に陳情書を出したこと、しかし審議される本会議の開催は6月だから今日市長にどうしてもみんなの思いを伝えたかったこと、わずか数日で署名の数が500を超えたことなどを伝えた。
 「このあいだ、市のまちづくり推進課の担当者にお話ししたとき、私が『反対です』と言ったらすごく意外な顔をされました。その反応の方が私には意外でした。この素晴らしい環境を壊すような二棟建てを建てることが本当に許せません」、最初はゆっくりした口調で冷静に話していたが、最後は思いがつのって早口に、そして涙声をつまらせながら河原さんは市長に訴えた。「ここを終の棲家と思って住んでいる人もいます。どうかこの武蔵野市を守っていただけますよう、市長さんにお願いいたします」
 会場から大きな拍手が沸き起こった。
 続いてNさんが、市長は事業主の反発を恐れず、計画の延期と根本的な見直しを要請するようにと強い調子で要望書を読み上げた。そしてぼくが、市長と住民がじっくり話し合う機会を作るよう求めたあと、ようやく邑上守正市長が答える番になった。

むやみな超高層は否定したいが

 「質問については後でお答えしますが、先に基本的な話をします。
 三鷹駅北口と言えば皆さんの心の中にはあの梅林の風景が残っていると思います。ご承知の通り複雑な権利関係を経てようやくその権利が整理されて民間の方に移ったということで、基本的には持ち主の方の考えで(土地を活用する)ということになりますが、しかし場所的には武蔵野の玄関口ということもありますから、当然、市としても街づくりの観点から大いに物申さなければいけない、ということは基本認識としてあります」
 丁寧な語り口だが、いかにも回りくどい。市長は行動してくれるのか、してくれないのか。何だかピンと来ない話し方だ。
 「土地利用的に申しますと商業地域。ですので、基本的には商業の活性化をはかるべき地域というのが大きな土地利用の方向性であります。しかし現状を見ますと周辺にはマンションが出ておりますので、実態を見ますと商業と住宅の混在地となっています。今回は民間の大きな敷地があるということのなかで大規模な開発が可能な地域と我々は認識しておりまして、実は私が市長になる前からゆくゆくは大きな開発が考えられるということで市の内部で対応するための委員会を組織しました。ずいぶん前に組織したんですけど、なかなか土地の権利関係が整理されなかったためにずっとそのままになっていた。私が市長になる前後に(権利関係が)整理をされたので、市としましてもこれは開発が始まるな、ということを思いましたので、その委員会を復活させ方向性を考えてきました」
 自分が市長になる前から続いている話と前置きしたのは、責任を回避しようとする意識が働いているのだろうか。
 「市としましては商業地として活性化を図る、駅前の補助幹線道路によって駅前の渋滞の解消を図ろうじゃないか、駐輪場を民間のなかでも確保いただきたいな、というのがありまして、そういうことを考えて15ほどの方針を掲げたんですが、開発をするにあたっては、そういう協力をしていただこう、制限していこうという考えでこの間、進んできました。
 結論から言うと、高さの問題はどうするんだ、というと私も都市プランナーとして色々なところの高さ問題に関わってきましたので、高さの問題は非常に心配です。むやみに超高層の街というのは、私はやっぱり否定をしたいなと思っています。ただ、今回は商業地域の真中にあるということもありましてね、高さだけを制限するのはどうかなあ、と。ただ、街づくりに大いに協力していただきたい。また、三鷹というのは私も子どものころから生まれ育っていますから、三鷹で降りると駅前広場の広々とした景観がありました。緑があって空が広がるような駅前広場は絶対保持したいな、という考えなんです。ただ(今度の超高層ビルは)背景なので必ずしも駅前広場で圧迫はされないのかな、と考えています。もし、そういう計画があるんであればきちんとした建築デザインをする。それから最大限周辺の住宅地には影響が少ないよう、徹底的に配慮いただくということのなかで、一定の容認はせざるを得ないかな、というのが今の考えです。
 高さに関しては今のところ注文していませんが、なるべく景観に影響のない、環境に影響のない範囲で、ということは申し伝えてあります」

集まった市民たちの落胆

 市長の答弁はまだ続いた。ひとつひとつの質問に漏れなく丁寧に答えようとしていた。しかし、市長の英断に期待して集まった住民たちは、この答弁で早くも、心の片隅に抱いていた淡い期待がしぼんでいくのを感じた。
 あまりにも温度差がある。
 むやみな超高層は否定したいと言う一方、今回の高さは容認、計画に対して積極的に変更の指導や要請をする考えはないことを遠回しに語っている。高さについては、国立の問題に答えた最後にこうも言った。
 「なんらかの景観を守っていくためには何を守るのか。もちろん高い建物には圧迫感を感じます。今までない建物には違和感を覚えるかもしれませんが、国立の場合はそれだけではなくて、大学通りの並木を守ろう、というのがベースにあってああいう運動になった、と私は理解しています」
 その発言には、〈国立には高さに反対する根拠と文化的な背景があるが、武蔵野にはそれがない〉と、市長自ら自分たちの市の文化的レベルや価値を軽んじている本音が垣間見えて、住民の感情を逆撫でした。
 「市長、ぼくらに何かできることはありますか? 署名を1万人集めたら市長もちゃんと考えてくれるとか、方法を教えてください」
 市長はその声に答えて言った。
 「議会に陳情を出されました。新しい議員さんが選ばれて、そこでの審議になる、というのはひとつあります。そこでやり取りをすることにはなりますんでね。ひとつはそれで公の場でのいろんな議論が出てくるんではないかな、という風に思っています」
 相変わらずのらりくらりした市長にしびれを切らして、切実な声が飛んだ。
 「それでは間に合いません」
 「市議会は6月ですよ」
 まもなく事業主は承認審査願書を提出する準備をしていると聞かされている。市がそれを承認したら、本会議の審議を待たずに陳情は自動的に消滅する。
 「駐輪場を作る財源をどうして市が出さないんですか? どうして業者におねだりするんですか? それはやめてもらいたい」
 市が事業主に条件を出し、引き替えに高さを容認するやり方に批判の声が向けられた。市長が答える。
 「先程も言いましたが、開発に伴って駐輪場を設けてもらいたいと、駅周辺ですから。武蔵野市だけが今足りない駐輪場をすべて整備するのではなくて、民間事業者を含めて、鉄道事業者を含めて、近隣自治体を含めて、大いに協力を呼びかけていきたいなという風に思っています」
 「協力をお願いするところが何となくおねだりみたいです。そんなのやめてもらいたい」
 市長の言葉は、いかにも〈市長の答弁〉だ。
 感情で喋ってボロが出ないよう、無難な表現に終始している。生身の人間が、本気で話している感じがしない。市長が心で会話しないから、切実な思いで集まった市民はどうしても苛立ちを覚えてしまう。

前町会長が語った、まちづくりの心

 そのとき、ひとりの老紳士が立ち上がり、素朴だが重みのある声で語り始めた。
 「西久保一丁目のIです。私はこの間の説明会に出たんだけども、私の感触では、(ビルが建つのは)既定の事実という感じがしてなりません。市長のいまの話を聞いていると、もうひとつビシッと来ない。ここはひとつ、市長がグッと踏ん張って、もういっぺん押し戻してもらいたいと思います。
 私は西久保一丁目の前町会長です。一丁目を代表して、というわけではないんだけど、西久保一丁目は昭和20年代、30年代は、300坪、500坪という大きな家がたくさんあった。市長も30年代生まれだから知ってると思うけども。それが相続で分割されて、だんだんと小さくなってきた。しかしその中でも町民は高い建物を建てずに、三階までは建てられるんですよ、建蔽率上は。しかしそれをやらずに、賃貸マンションでもなんでもみんな二階でおさえている。だからこの環境が保たれている。これに60年かかったんですよ。先代、先々代と。そういうところにですね、(超高層マンションは)やぶからぼうに、土足で踏み込んでくるような状態といっても過言ではないと思うんですよ。だから市長がここは何としても踏ん張って、武蔵野市の市長として大いに頑張ってもらいたい。私の感触では、どうにも既定の事実として押し切るような感じがしてしょうがない。企業というのはトップとトップが話をしなければダメなんだ。市長が先方の代表者と会って、二人で充分に話し合って、高度な判断で決着していくんじゃないと、私は収まらんと思う」
 いちだんと大きな、そして感謝と感動のこもった拍手が鳴り響いた。Iさんの言葉は、集まった多くの人の心に染み入った。
 三代にわたって、住民たちの良心が愛する街並みを守り続けてきた。それこそがまちづくりの基本、そして原点だろう。東京で暮らし始めて32年。町の長老から、初めて町に伝わる精神を伝えられた……。そういう感動も含めて、ぼく自身、感慨に包まれた。
 前町会長の言葉は、邑上市長にはどう響いただろうか。住民たちは、もう一度、市長を見やった。

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