電話をくれた河原雅子さんが、少し心配そうな声で言った。
4月22日、武蔵野市議選の投票日。
超高層マンション建設計画に関しては「オール与党」的な状況だから、市議選の結果がどうなろうと、「建設の見直し」に大きく傾く期待はない。だがせめて、
「建設委員会や市議会が私たちの気持ちを受け止めて、きちんと議論してほしいですよね。これだけみんな反対しているんだから」
自民党系、民主党系が大勢を占める建設委員会そして市議会は、超高層マンション推進で思惑が一致している。このままでは、「建設反対」を求める住民の声は無視・黙殺されて、河原さんらの努力はまったく徒労に終わりかねない。
『三鷹北口超高層マンションを考える市民の会』が提出した陳情書は、市議会で採択されて初めて、市長に届くことになる。何とか陳情を不採択にできない状況を作りたい、それが河原さんら『考える市民の会』の面々の切実な思いだ。
「私は明日、警察署に、署名活動の許可申請に行ってきます。申請してから3日くらいかかるらしいので、始めるのは木曜日になりそうです」
ひとりでも多くの署名を集めて、どれだけ多くの市民が超高層マンション建設に反対しているかを証明したい。数という動かぬ根拠を市長と市議、それに市役所の役人に提示して、計画の見直しを求めたい。その思いは、一度でも市役所の担当者にこの問題で電話をしたり訪ねた経験を持つ住民ならだれもが抱く素直な気持ち(怒り)だった。市役所の担当者たちは、何を根拠にそう言うのかわからないが、「三鷹北口の開発は多くの市民の望みであって、コンセンサスが取れている。超高層マンション建設計画に反対の声を上げているのは、ごく一部の人間にすぎない」との姿勢で一貫している。素朴に訴えても、少数派の戯言といった扱いを受けて一蹴されるのだ。それだけに、だれもが、「役人のずれた感覚こそたたき直してやりたい」「武蔵野市を愛する者ならだれだって、超高層マンションには違和感を抱く。それが少数派だなんて、よく言えるものだ」、そんな思いでいきり立つのだ。
新たに当選した新人議員の中には、選挙期間中、ぼくの問いかけに対して「超高層には反対です」「当選したら、住民の皆さんと一緒に戦います」、はっきりと回答した候補者が数名含まれてはいる。しかし、超高層マンション建設に熱意を持って関わってくれる市議の数は、減らした可能性がある。
住民たちの焦りと怒りが事態を動かした
市議選の結果以前に、その争点にすらならなかったことで焦りを感じたのか、住民たちはそれぞれ活発に行動を始めていた。
市役所に電話をして、事業主側の動きを確認する人。住民の立場で、建設反対を訴える人。市長に手紙を届ける人。そして、新聞社、出版社にこの問題を取り上げるようファックスを送る人……。
焦りを増幅したのは、ある住民がもたらしたひとつの情報だった。
「野村不動産が連休明けに事業計画承認審査願書を出すのは間違いなさそうです。今日、私が市役所に電話して状況を確認したら、そのようなニュアンスで仰っていました」
みなこうした活動にはシロウトで、大企業や市役所を相手に働きかけた経験はほとんどない。ともかく「超高層マンションなんか建ってほしくない」という一念だから、わずかなことで動揺する。焦る。それも致し方ない。
これをどうしたら阻止できるのか。考えれば考えるほど、状況は厳しいものに感じられた。
「いろいろな方から電話もいただいたので、新聞社の武蔵野支局に、会を立ち上げたことや伊藤さんがまちづくり条例の委員だったこと、今週から署名を始めることなどをまとめてお送りしました」
河原さんから連絡が来た。本社宛てに送るよう進言した人もいるようだが、
「そんな大それたこと、私にはできません。自分にできることしかやらない、それが私のスタンスです。でもせめて、武蔵野支局にFAXを送ってみようと思って」
漠然と、大企業の強引なやり方、大企業と行政の癒着的な関係がもしあるならそれは「絶対に許せない」という強い思い。一方で、「自分たち住民が騒いだくらいで、彼らが簡単に聞き入れてくれるはずはない」とのあきらめにも似た気持ちが交錯する。
期待と不安、焦りと怒り。
だが、その焦りから生まれた行動が、今回はひとつの成果をもたらした。
新聞各紙が次々と取り上げた
事業責任者である野村不動産・伊藤和高副部長が、武蔵野市まちづくり条例の策定委員でもあるという事実は、ぼくが思う以上に、住民にとって許し難かったようだ。それがわかって以来、複数の住民が市役所や新聞各社に問い合わせたり、抗議の電話を入れたらしい。
最初に動いたのは朝日新聞の松村康史記者だった。4月25日(水曜)、朝日新聞むさしの版に、
『まちづくり条例検討委参加 野村不動産社員が辞任』
三段抜きの見出しとともに、新たな事実が報じられていた。記事によれば、伊藤副部長は23日に退任届けを提出したという。市は、委員を委嘱した時点で伊藤副部長が北口の事業担当者だとわかっていなかった。そして、
〈「規制を受ける側の意見を聞くために依頼した。大枠のルールづくりと個々の開発は別で、問題はないと考える」としている。〉
と、あった。伊藤副部長の委員辞任を、住民たちはその記事で知った。辞任すれば済むとは思っていないし、「問題はない」と答えた市にも、住民たちは納得がいかなかった。
三鷹駅前で、署名運動が始まった
朝日新聞に掲載された翌日から、『考える市民の会』は三鷹駅北口駅前で署名活動を始めた。
河原雅子さんのご主人・河原透さんは、博物館などの展示模型を企画設計制作するエンジニアだ。そのご主人が手作りしたパネルの看板を掲げ、拡声器は使わず、10名近い『考える市民の会』のメンバーが口々に行動の趣旨を叫んで、署名を求めた。新しく市議に当選した車椅子の斉藤しんいち市議とその家族、落選したがこの運動に当初から賛同していた三宅えい子前市議も加わっていた。
夕刻の駅頭、大半の人々は足を止めることもなく、うさんくさいものを見る眼差しで、通り過ぎていく。だが中には、足を止めて熱心に質問をしてくる市民もいた。
「新聞で初めて超高層マンションの建設計画を知ったんです」
という声が複数あった。
「知らなかった。とんでもない計画ですよ」
「絶対反対です。がんばってください」
この日のハイライトは、何と言っても、K夫人の〈気合い〉だった。
50代、60代の紳士淑女が大半を占める『考える市民の会』の面々は、駅前の雑踏の中では消え入るような声でしか、署名の協力を呼びかけていなかった。それはむしろ、「拡声器を使ってはいけない」との警察のお達しに沿って、お行儀よくやろうとの暗黙の姿勢だったかもしれない。
しかし、もうひとつ気勢のあがらない感じもあった署名活動に業を煮やすかのように、40代のK夫人が、ひときわ高い声を張り上げ始めたのだ。
「三鷹北口、超高層マンション建設計画に反対する署名にご協力ください! このままでは、103メートルのビルが建ってしまいます。計画の見直しを指導するよう、市長に求めましょう」
署名用具を抱えてそこにいただれもが、思わずK夫人に目をやった。
控えめで大人しいタイプだとだれもが思い込んでいたK夫人が、毅然とした眼差しで署名を呼びかけている。その行動で、他の面々も俄然、活気づいた。
思えばK夫人は最初の会合のときも、弱気な発言をする参加者にぴしゃりと言って、みんなに勇気を与えた人だった。話し合いが始まってまもなく、会のリーダー格のひとりと期待されていたSさんがこう言った。
「今日集まったのはたった30人でしょう。これだけで何ができるんですか。市もきっと、ああたった30人ですか、少ないですねえと、相手にしてくれませんよ」
もちろんそれは、とかく少数派と見られがちな反対派が、実際どうやって仲間を集め、市や市長から無視できない存在と認められることができるか。分別のある大人が、反語的な言い方をしたにすぎない。だが、K夫人はその発言をきっぱりたしなめた。
「Sさん、何を言っているんですか。30人が集まった。素晴らしいじゃないですか。今日が始まりなんです。最初からあきらめるようなこと、言わないでください。私は決してあきらめません。三鷹北口に超高層マンションが建っていいはずがないんです」
K夫人の毅然とした姿勢が、『考える市民の会』に勇気と誇りを与えた。
この日集まった署名は40足らずだったが、用意した500枚のチラシはほとんど渡しきった。初日の署名活動に参加したメンバーたちは、素直な手応えを口にし合った。
「私だって普段、署名を求められたら避けて通りますよ。近づきたくないもの。でも今日は、熱心に聞いてくれる人、自分から署名してくれる人もたくさんいた。これを毎日やったら、必ずこっちの気持ちは伝わるよ」
「そうそう、チラシはたくさん受け取ってもらえたし、署名をしてくれる人もきっと増えると思う」
その朝、今度は読売新聞武蔵野版にも、
『検討委に野村不動産社員 JR三鷹駅前再開発担当者 住民の批判で辞任』
と、やはり三段抜きの見出しで記事が載っていた。読売新聞には、「検討委員会に迷惑をかける」という辞任理由が記されていた。そして、伊藤副部長が委員に選ばれた時点でその事業に関わっていたかどうかは不明。市は、昨年12月に野村不動産が事業に参画していることを把握したが、
「市全体の条例の制定と、個々の開発は別なので、開発計画に関与する社員が委員であっても問題ない」
と判断した経緯が書かれていた。
連日の報道に、『考える市民の会』のメンバーも背中を押された。次の日も続けて、署名活動が行われた。
「わざわざ署名して、用紙を家まで持ってきてくれた人がいました。電話をくれたご婦人もいました」
河原さんから、弾んだ声で電話があった。手応えがある。間違いなく、多くの市民が超高層マンション建設に反対だという確信を持つことができた。そして、着実に輪が広がる予感を抱いた。
そして、毎日新聞武蔵野版でもこれが報じられ、結果的に三日連続で新聞を賑わせた4月27日夜、住民たちが待望していた『市民と市長のタウンミーティング』が、三鷹北口の西久保コミュニティセンターで開かれた。
この問題に関して、初めて直接、邑上守正市長の考えを聞くことができる。自分たちの思いを市長に伝えることができる。
果たして、邑上市長はどんな方針を語るのか。住民たちの要望に応えて、何らかの力強い姿勢を表明してくれるのか。午後6時半。いよいよ市長と市民の直接対話が始まった。
次回更新予定日 5月31日
