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オタクとは何か? What is OTAKU? 大泉実成
第17回 オタクだけが残った~竹熊健太郎氏との対話(3)
*今回の内容は、2006年11月23日更新の第4回「オタクの自意識~竹熊健太郎氏との対話(2)」に続くものです。

庵野流の「誠実な自己批判」

―――だから、一時僕と竹熊さんは、「エヴァ」において狂った人という風に一部の人たちから認定されてたわけでしょう。(注:このインタビューは劇場版新作発表より1年ほど前に行われたものです)
竹熊 まあそう思われてたわけですよ。テレビシリーズ終了後、監督の庵野さんが積極的にマスコミに出て「オタク批判」をぶっていた。僕や大泉さんはあくまで『エヴァ』を擁護したわけだけど、われわれのインタビュー内でも彼のオタク=アニメファン批判が強く噴出していたわけだよね。で、あの作品を擁護していた聞き役の我々までもが庵野憎しのあまり彼らからは「敵」認定されてしまった。でも、それは次元のまったく違う話だよね。庵野さんが何であんな最終回を作らざるを得なかったか。最終回が非難されたら、なぜオタク批判まで露骨に始めたのか。そこには極めて切実なものがあるわけよ。表現者として。
―――まさしく。
竹熊 確かにテレビの最終回は、商業作品としてはめちゃくちゃなルール違反をやってたんですよ。それは、われわれだって認めているわけで。普通の娯楽アニメとして見ようとしていたファンは、そりゃ怒るよね。ところが庵野さんは、あえてそこでマスコミに出て、お客の神経を逆なでする発言を繰り返して火に油を注いだ。それが『エヴァ』が「社会的事件」にまでなっていった最大の理由だよね。ただ僕はあの最終回とその後の「オタク批判」をふくめて、庵野さん流の「時代の中で生きてきた自分に対する、誠実な自己批判」だと今でも思っている。最初から最後まで、高所からお客に娯楽を提供するという立場には立ってなかったから。娯楽アニメーションの枠組みで仕事をしていたのは確かだけども、とことん真摯な「表現」になっていたわけですね。お客に対してガチンコで、罵倒までして。
―――そのとおりですね。
竹熊 その表現者としての姿勢に俺は心打たれたわけで、そこはやっぱりバカにするもんじゃないと思うんだよね。
―――まごごろ、っていうのはそこですよね。
竹熊 一度たりとも自分はプロでござい、という高見には立たなかった。お客と対等な立場で表現を発信して、お客を批判する発言までしたというのは、庵野さんなりの「まごころ」なんだよ。ところが一部のコアなオタクは、「エヴァ」に対してトンデモアニメ認定したわけだよね。とても視聴者に娯楽を提供するプロの仕事ではない、これは既知外が作ったアニメだと。
―――いい意味でそうなんだけど(笑)。
竹熊 異常なアニメで、それを異常だと指摘できるわれわれは正常だという文脈で、批判を始めたわけ。ところが面白いことにあの作品、社会的には大ヒットしたわけじゃない。オタクやアニメファンではない人たちまで見始めて、最終的には広範なファン層ができたわけだよね。結局庵野さんのオタク批判にカチンときたのは俺のいう「オタク密教徒」だけであって、大部分の視聴者・観客はあの作品を素直に受け止めたということですね。
―――そういえば、あの頃一部のオタクは「エヴァを見たら負けだ」と言ってたらしいですね。
竹熊 そうそう。今でもそう言ってる人はいるからね。だから「竹熊さん、今はエヴァブームだからいいけど、あと10年も経ったら、すごく恥ずかしい思いをするよ」って忠告されたし。10年経ったけど、まだ恥ずかしくなってないんだけどね。
―――(爆笑)

近親憎悪、そして封印

―――あ、でもそれを考えると今回の新エヴァは方向性によってはヤバイわけですね。
(注:このインタビューは新劇場版公開の1年ほど前に行われたものです、くどいようですが)
竹熊 ヤバイヤバイ。
―――(爆笑)。擁護しきれない作品になったりして。
竹熊 俺もちょっとどきどきしてるんだよね。見るか見ないかみたいな。
―――そうかー。
竹熊 要するに現在の、40代後半になった庵野さんが作るわけで、前作とは気分からして違うだろうし。もしかすると、気の抜けたビールみたいになっちゃうんじゃないかなって。でも、期待はしてますけどね。
(竹熊注:その後『新劇場版ヱヴァンゲリヲン・序』を見て、安堵しました。ただし今回「オタク批判」は影も形もなく、むしろオタクが大喜びするような作品になっています。そのため10年前の作品の、商業主義を踏み外したかのような、時代を反映した緊張感を絶賛していた文化人は、今回は「普通のアニメ」ということでほぼ全員が黙ってしまい、むしろ昔庵野さんが批判したような人々がこぞって、「庵野、やればできるじゃないか」とネットで大はしゃぎした印象があります。つまり『新劇場版』は、少なくとも「序」に関する限り、非常にまっとうな意味で商品として完成度の高い娯楽アニメになっているということです。事実大ヒットしました。今回も再び、非常に面白い現象が起きていると思いますが、今それを論じる余裕がありません。ただ庵野さんの作家としての軌跡を同世代として眺めてきた自分は、一言、今回も庵野さんの方針を支持することを表明させていただきます)
―――まあ、職人は職人だからねえ。王道をとりあえずはやるんだろうと。ただ、変なことをやらないでくれればいいなと。
竹熊 オウム真理教も、70年代80年代のサブカル状況から生まれてきたオタク宗教ということで、みんなバカにしていたでしょう。
―――そうでしたね。
竹熊 確かにバカなんだけど、『エヴァ』と同じく切実なものがあったじゃないですか、オウムにも。結局ああいうテロ行為しかできなかったわけだけど、ああいう形で世の中に反抗せざるをえない、切実な何かがあるわけよ。そこのところだけは俺は否定できない。それで『私とハルマゲドン』を書いたわけで。
―――たぶん近親憎悪なんじゃないですかね、バカにするだけだった人たちは。同じ土壌で成長してきたわけでしょう。
竹熊 確かに近親憎悪で、彼らを過剰に否定することで、自分はまともだということを訴えたいわけですよね。でもそれはね、作家とか、ものづくりに携わる人間とか、クリエイターの端くれとしては、その態度はいかがなものかと。つまり、そこには自分もオウムに入信していたかもしれないという想像力が欠如しているわけですよ。
―――というか、想像するのが恐いんじゃないですか。
竹熊 そういう想像を表明して世の中からバカにされることの恐怖があって、必死に否定した。それで結局、麻原って精神異常のままでしょう。まあ彼は俺、死刑になって当然だとは思うんだけど。でもとうとうその内面を知ることができないまま、死刑になるわけですよね。何も解決しないまま、とりあえず、わけのわからないものを封印するわけですよね。
―――まさしくそうです。
竹熊 また、起きますよ(笑)。
―――結局、わけのわからない臭いものに、精神病という名前で蓋をして、しかも精神病のままだと死刑にできないから、今度は死刑にできるように人格障害と言いなおして、それで一丁終わりにしちゃったんですよ。
竹熊 結局オウムがやった行為って、法治国家としての日本の枠を超えたわけだから、それを日本の司法が裁けるわけはないんですよ。だから無理矢理に裁判の形だけ整えて、とにかく死刑にするしかない。それはしょうがないと思うんだけど……。
―――麻原にはきちんと論陣張って欲しかったですけどね。
竹熊 そうなんだよね。あれだけの犯罪をやったにしては、心が弱いね。もっと確信犯であるゆえんを語ってから彼は死刑になって欲しい。でもそうなると、国家としては困るわけだよね。麻原には痴呆状態のまま、何も語らずに死んでいってほしいわけだ。このままだとそうなりますね。
―――そういう意味で言うと麻原と信者の関係っていうのは相互依存だったんじゃないですかね。
竹熊 そうだよね。
―――信者の尊敬を集めることで麻原の自意識というのは巨大化していったんだけど、今みたいにまわりが全部取っ払われちゃったら、もうぜんぜんダメ。
竹熊 でも、オウム事件の背景にあると囁かれていた北朝鮮ルートとかロシアルートの話とか、途中でマスコミ報道から消えちゃったじゃない。検証もされず、完全に。いつの間にか、オウムの単独犯行みたいになってる。耐震偽装問題だって姉歯一人の犯行の方に収斂してるでしょう。
―――責任の派生があるので、どっかで止めないと、むきだしの神経つついたみたいにどこかの偉い人が「ギャッ」と叫ぶ。だから政治的圧力がかかる。
竹熊 ライブドア問題だってそうだよね。ライブドア事件って、俺第二のオウム事件だと思っていて、要するに世の中に対する「復讐」を、今度は合法的に、経済分野でやろうとしたわけでしょ。ホリエモンがほんとにすべての首謀者かどうかもわかんないけど。あの辺の、90年代末に出てきたIT系のベンチャー起業家、うち何人かには会ったんだけど、本当の新人類だなと思ったね。僕らの世代が80年代に新人類と言われてた、でもマスコミが紹介したような「資本主義の速度と軽やかに戯れる新人類」なんて、結局いなくて、オタクだけが残った。そうしたら、そのマスコミが定義したような人種が、2000年代になって、いきなりそこに居るんだよ。たとえば2ちゃんねるの……
―――ひろゆき。
竹熊 彼に会っても、そう思うわけね。 彼は同じIT系でも、ヒルズ族なんかとは立ち位置が根本的に違うけど。でもあの個人主義の徹底ぶりは、新人類だと思っちゃったな。最初に会ったとき、直感的に。

「ひろゆき」をめぐって

竹熊 俺なりに感じている西村博之氏ってさ。昔からアナーキストっていたけど、あそこまで徹底したアナーキストで個人主義者というのは、俺、初めて見たね。でも暴力革命起こすとか、誰かと運動起こすとか、そういう部分はまったくないのが新しい。見た目、渋谷を普通に歩いている若者と違わないし、いたってまともなの。それで、今2ちゃんねるは裁判で負け続けてるでしょう。でもひろゆき氏が管理人をしている「個人サイト」だから、彼が数千万の慰謝料を払わなきゃなんないのね。それを全部踏み倒してるわけですね。追徴金が積み上がって億を超えようが平気なの。
―――支払い能力がなければたやすく踏み倒せますね。
竹熊 ネットでの噂読むと、裁判所や弁護士から来た手紙すら一切開封してないらしい。そもそも住民票を置いているアパートっていうのが、築50年くらいのトキワ荘みたいな場所で、明らかにそこには住んでない。それで彼、失踪扱いされて、ニュースになったわけ。その新聞記事、俺も見たけどさ。それで早速彼は自分のブログで「どうも僕は失踪したらしい」。
―――(笑)
竹熊 ああいう人には初めて会ったね。
―――オウム事件の時彼らは何歳くらいでしたっけ?
竹熊 10代。ひろゆき君はまだ30歳だよ(当時)。
―――いわゆる団塊ジュニア。オウム事件を10代とかで見ると、政治とか国家とかがいかに相対的なものかというのがよく分かるんじゃないですかね。つまり、罰金は踏み倒していいもんだと(笑)。
竹熊 うん。ひろゆき氏の場合はね、もともと2ちゃんねるやる前に、交通違反のもみ消しサイトっていうのをやってたんだよね。当時は彼、原付でそのへんを走っていたから。
―――(爆笑)そうなんですか。
竹熊 どうやってもみ消すかっていうとね。たとえ警官の目の前でスピード違反やったとしても「私はやってません」って言い張るんだって。すると警官が激怒して、「署に来い」ってことになるでしょう。それで署に行って、5時間でも6時間でも「お巡りさんの見間違いじゃないですか。私はやってません」って言い張るんだって。するとどうなるかっていうと、最後は警察が勘弁してくれと言い出す。つまり、それ以上のことをやろうとすると、警察が告訴して裁判を起こすしかないわけですよ。で、警察組織としてはたかが原付のスピード違反で、いちいち裁判なんか起こせないんですよ。それで困り果てた挙句「じゃあ今回は見逃してやる」ってなる。「それで僕は七つ潰しました」と言ってた。
―――なるほど。
竹熊 2ちゃんねる始めてからも、実際にヤクザが家に殴りこんできたこともあるわけですよ。「2ちゃんねるのルール」っていうのがあるでしょう。俺がひろゆき氏に舌を巻いたのは、「削除のルール」を決めて、何がなんでもそれを守り抜くことなんですよ。ああいう匿名掲示板っていうのは必ず荒れるもので、それを削除したらしたでまた荒れる。削除は、管理人に独裁権限があるから。それで今度は「言論弾圧だ」ってなる。でも問題発言を放置したら、その責任は管理人が負うしかないものなんですよ。かつてはその対応で疲弊して、掲示板を閉めなきゃならなくなるのが通例だったのね。
 そこで彼が考えたのは、削除をするときは2ちゃんねるのルールに従って、削除依頼版というところですべて公開すると。いかなる削除でも、必ず削除理由を明らかにする。
 もめる元になるのはたいてい名誉毀損だよね。基本的に2ちゃんねるってIPは開示しないんだけど、裁判所の令状がある場合はそれに従って警察に教える方針がある。ひろゆきの言い分は「法律には従います。でもそれ以外の部分は2ちゃんねるのルールに従ってください」。これが一貫してるわけ。だからヤクザが来ようが、政治家が来ようが、部落開放同盟が来ようが、この原則を曲げない。
 するとヤクザだと「ふざけるな」って直接来るじゃないですか。その時俺、たまたま2ちゃんを見てたんだけど、その一部始終をひろゆきが中継しているわけね。「さきほど浅草のナントカ興行さんから、●●さん(ネットには実名が載っていた)と名乗る方が部下をふたり連れて、おいらの家の扉を蹴って来られました」。理由を聞いたらあるスレッドが気に食わないから削除しろということなんで、ひろゆきが「2ちゃんねるのルールに従って削除依頼を出してください」と言ったら、ふざけるなと怒鳴ってきたから、「では、裁判を起こしてください」と冷静に答えたと。ところが相手はそれも嫌なわけでしょう。要するに最初から何もなかったかのようにもみ消したいわけだから。それで、扉開けるとたいへんなことになるから、警官呼んでその立会いの下で話し合いをしたと。
 その経緯の一部始終を2ちゃん上で公開したわけよ。実名で。そしたらどういうことが起こったかというと、別の組関係の誰かが「ああ、浅草の●●か。馬鹿だなこいつも、この程度のことでオオゴトにしやがって」みたいな。そしたら2ちゃんを見ていたあちこちの組関係者がわーっと集まってきてさ。一方、経緯をガラス張りにすることでひろゆき氏は自分を守ったわけだよね。今後、彼になんかあったら、一番先に疑われるのは●●さんなわけでしょう。
―――ふふふ。もみ消しの経験が生きてますねえ。
竹熊 もともと警察とやりあった経験があって、この世の「法律以外のルール」ってものが彼なりに肌でわかったんだと思う。警察はこの辺が限界だとか、先手を打って公開すればヤクザも手が出せないとか。理屈はそうかもしれないけど、すごい度胸してるなと思った。
―――かなりの相対主義者ですね。
竹熊 かなり若い時からそれがわかってるわけよ、ひろゆき氏には。
―――団塊の世代は政治の季節とかいって、外側に出てバーッと暴れたわけです。僕らの世代は、外側に出てって暴れたってこの国の基本的な構造はなんら変わらないから、逆にその構造の中で自分たちの好きなように作り変えようぜ、と。喧嘩するのもばかばかしいし。その中で好きなことをやろうぜ、と。だから表に出なくなった。で、そのあとの政治の季節を体験した親の子供たちは、よりアングラでしかも合法的な方法で、もっと大規模にやろうとしているという感じがします。
竹熊 だから、ライブドア事件にしてもさあ…。
―――なるほど、その経済版か。
竹熊 ホリエモンも村上ファンドも、法律スレスレをやっているって意識は彼らにはあったと思う。でも多分ね、スレスレだけどセーフだと思っていたんだと思うんですよ。

オタクアナーキスト

―――あの程度のことをやってる会社は山ほどありますよね。
竹熊 だってニッポン放送買収で話題になった「時間外取引」なんてさ、初めて知りましたよ僕は。こんな裏技が株取引のルールの中にあったなんてね。たぶん約款見ても読めないような文字で、しかもすぐにはわからないような表現で書いてあるルールなんじゃないの。株のクロウトしか知らないようなもので。あれは村上がホリエモンに「こういう手がある」と教えた方法なんだってね。外資と話つけて村上が資金を調達して、ホリエモンが密かに売りたい株主から時間外取引でニッポン放送株を入手した。株式市場って時間が来たら閉まっちゃうものだと、多くの人は、俺も含めて思ってた。ニッポン放送も知らなかったんじゃないか。
 でもそういう裏技があるのであれば、使わない手はないよね、っていうのがホリエモンみたいなタイプの発想ですよ。それでお互いどう思ってるかは知らないけれど、ホリエモンとひろゆき氏は、面識はあったみたいよ。
―――そうなんですか。
竹熊 あの辺のIT起業家って結構繋がってて、さかんにヒルズでパーティやったりしてる。ひろゆき氏はそういうのをどう考えているのか分からないけどね。たぶん彼はそういうものに参加するタイプではないし、かなり異質な存在だと思うけど、一般論としてIT起業家を見たときに、80年代のオタクとも違う。ある種のオタク的な傾向を持ちながら、保守的な方向じゃなくてむしろアナーキーな方向に行く。
 しかもアナーキズムなんだけどいたずらな理想主義に走らないで、すごく醒めた現実的な判断を一方ではする。電脳アナーキストというか、そういう世代が、層としては生まれていると思う。
 ひろゆき氏が30歳で、ホリエモンは34とか35。この世代っていうのは社会のルールは守るんだけど、それにとらわれない。ルールに書いてあれば守る。でも書いてないことはやっていいんでしょというのが、あの世代の思考の核にあると思う。ある種の人々にとっては腹立たしい存在。
―――親の団塊の世代が政治の季節で失敗したのに対して「別にギャーギャー騒がなくても、こうやれば既存のシステムは壊せるよ」と言ってる感じはしますね。
竹熊 そうそう。だからオウムにもああいう株取引に明るい幹部がいたら、ぜんぜん違ってたかもしれないね。あんな実力行使やらなくたって、世の中ひっくり返すぐらいのことはできるってね。
―――「合法的にやれるよ」(笑)。いずれにしても、麻原がもうちょっとクレバーだったらなあ。マスとしてのこの世代の人たちを象徴させる用語みたいなものはないんですか。
竹熊 まだないんですよ。でも絶対、今は少数派かもしれないけど、そういう人たちっているんですよ。
―――オタクでいえば、第二世代に当たる人たちですが。
竹熊 おそらくひろゆき氏もそういうタイプ。彼の収入や資産についてはさまざまな憶測が流されているけど、はっきりしたことは誰もわからない。昔会ったときは、年収300万以下に抑えてるといってたけどね。当時から差し押さえの可能性を予想してたのかな。たぶん金は全部自分の会社に入れてる。で、その会社は、2ちゃんねるの運営には一切タッチしてない。
―――ははは、頭いいですね。
竹熊 ホリエモンより頭いいと思うんだよね。少なくともお金に関して、ああいうボロは絶対に出さない。遊び歩いてるイメージなんてないものね。家でゲームはしてるようだけど。僕は2000年ごろ彼にインタビューしたんだけど、感情を表に出さないし、自慢めいたことは一切言わないけど、ものすごい自信家だということが言葉の端々から感じられた。当時、まだITバブルと言われてて、「シブヤ・バレー」とか言って、渋谷の駅前にオフィスを構えるっていうのがIT社長たちのトレンドだった。まだ六本木ヒルズがなかったから。それについてどう思うかって聞いたら、その時だけ彼はちょっと感情を出したね。「あいつらダサいです」って、眉をひそめた。
―――(爆笑)
竹熊 「僕だったら筑波に会社作ります」
―――なるほどね。
竹熊 「なぜかといえば、インフラがあって簡単に人材が確保できます。ネット企業が渋谷とか六本木の一等地にオフィスを構える必要はまったくありません。筑波で十分です。家賃も安いですし。そしてNPO法人にします。僕個人は、1か月5万円あれば暮らせます」
―――オタクの必須アイテムと言うか、インフラになってる2ちゃんねるの管理人がねえ。
竹熊 少なくとも、1日1000万、2ちゃんにアクセスしている人たちにとっては必要なものだよね。ひろゆきは「システム」の仕組みや仕様を作ることに関して天才だと思う。それで作った後は、システムの自律的運営に任しちゃって、自分はやることないからゲームやってるわけですよ。僕はここ10年で会った人物の中では一番衝撃があったね。
―――IT社長というのは、時代の流れの中で必然的に現れたもので、そういう意味では高度経済成長期にあらわれたホンダとかそういう会社の社長とさして変わらないと思う。しかしひろゆきという人はちょっと異質な感じがしますね。
竹熊 ホリエモンみたいに、足下すくわれる欲はかかない。それで彼は中央大学で心理学やってんですよ。
―――おやまあ後輩だ、中大文学部の。
竹熊 そのあとアメリカに1年だけ留学して、新聞とかマスコミに関する勉強してるんですよ。それ聞いて思ったのは、もともと2ちゃんねるって彼なりのメディア実験の場だったんじゃないかなと。最初から計画的に動いてるのかもしれない。でも本人に会うとへらへらしてんだよ。
―――いやあ、中大の心理学科はそんなに考えてやってないと思うなあ。面白がってるだけなんじゃないですか。
竹熊 2ちゃんねるは彼が在学中に立ち上げたものなんですよ。だから彼のネット上の人間観察の実験場だった可能性はあると思うんだけどね。
―――まあ計画的かどうかはおいといても、彼の表現したいものが2ちゃんねるだったとしたら、へらへらしているように見えても、本音のところは激しい人なんでしょうね。
竹熊 激しい人だと思うよ。一切そういうのは出さないけど。ポーカーフェイスの下で、強い情念が渦巻いている人なのかもしれない。黒潮と親潮が衝突するみたいに。
―――この取材してて2ちゃんねるがありがたいのは、オタクの本音が延々書かれているところですよね。オタクの無意識を解放したというか。
竹熊 あれはいまだかつて存在しなかった異常なメディアですよ。日本国内で流通しているネット・トラフィックの何%かを占拠していて、しかもそれを個人が管理してるんだから。
―――どうなんでしょう。彼のオタク性というのは。
竹熊 まあゲーム好きだしね。
―――オタク第二世代とひろゆきっていうのはどういう関係にあるんですかね。
竹熊 ある意味では、オタク第二世代もひろゆき氏も、インターネットが生んだ一つの人格だとはいえますね。ホリエモンもその世代だけど、彼がやったことは、インターネットは使っても実はオールドウエイブな価値観(経済的利益)に基づいていたと思う。でもホリエモンを含めて、社会に対して新しい「態度」で接する20代から30代が出てきてるのは確か。これからもっと出てくると思うね。
―――オタク的なこだわりにも凄みはあるんですが、それとはちがうところでの凄みということですか。
竹熊 正直言うと、俺にはオタクっていじましく見える。
―――なるほど。そういう意味で言えば、今の受容型のオタクはいじましく見えるかもしれない。
竹熊 オタクって結局は旧来の資本主義システムの中に組み込まれた存在に過ぎないと僕は思っていて。それで社会システムの枠から飛び出ないことだけは同じだけども、非常に冷静にシステムを見ている新しい世代、という意味ではやっぱりひろゆき氏なんか典型的じゃないかな。システムに組み込まれたふりをする。それで、合法的にそれに反抗できるチャンスをうかがっている。
―――僕らの世代は特にそうですけど、資本主義転覆とかいうのはバカバカしいし、疲れるからやめようと。この枠内で楽しもうよ、と。でも楽しむためにはある程度仕組みを知らないといけない。で、ある人は自分が好きな組織を作る。僕なんかは従来の組織にずっといるのはかったるいし、かといって自分で組織を維持するのも面倒くさいから、自分が興味を持ったり面白いと思ったりする組織に入り込んじゃって、それを取材するということをやってきたわけですね。まあ漂流しているわけで、その興味の対象がいまは「オタク」なんですけど。
竹熊 80年代に浅田彰が「資本主義の速度に身を任せよう」みたいなことを言っててさ。その資本主義の速度に身を任せての典型がホリエモンだとしたら、ひろゆき氏はどうもね、従来の金儲けの世界の枠組みから外れたところにいる。自分はこの程度のお金があればもう十分だから、後はどれだけ「金儲け以外のでかいこと」ができるか、というところに興味があるんじゃないか。 僕はそう感じている。

* 竹熊健太郎(たけくま・けんたろう) 編集家、漫画原作者、ライター。1960年生まれ。東京出身。多摩美術大学非常勤講師。桑沢デザイン研究所非常勤講師。著作に『サルまん』(相原コージと共著、小学館)、『私とハルマゲドン』(太田出版/ちくま文庫)ほか多数。ブログ『たけくまメモ』http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/
 2007年10月より「IKKI」(小学館)にて『サルでも描けるまんが教室2.0』(相原コージと共著)の連載を開始。ブログはhttp://blog.ikki-para.com/saruman/

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