Web草思
オタクとは何か? What is OTAKU? 大泉実成
第10回 オタク修行篇7 喪われた「未来」
自分はどこへ行くのか?

 このところ、思い悩んでいることがある。
 相変わらず、オタクな日々が続いている。夕方店に行って、30分の休み時間には先輩方の撮りためている深夜アニメを見る(このところ『らき☆すた』(*1)である)。深夜の1時ごろ仕事が終わると、近所のコンビニでカップ焼きそばなどを買い、車の中で数分を費やして適当に空腹を満たし、そのままコンビニの駐車場の片隅で朝まで『モンスターハンター』。夜中の2時3時に、1台の車に3人も4人もの男が集まりあって、全員がPSPを手にじっとうつむき、時にはウヒウヒと笑いながら脳内物質全開になっているのであるから、はたから見たら実に怪しい光景であろう。
 ある時は喜びのハイタッチ、そして別の時は、「あああ、死ぬ死ぬ、マジで死ぬ」という絶叫、まあ確かに怪しい。
 店の休みにはヲタカラオケ。最近吸収したアニソンを歌うこともあれば、懐かしさにかられて『宇宙戦艦ヤマト』だの『マジンガーZ』だのを歌い(諸先輩がたからリクエストされるようになってしまった)、ささきいさおや水木一郎になる快感に打ち震える。そして、いかに自分がこうした文化に育てられたのかを痛感するのである。
 最近これにボウリングが加わり、実に10年以上ぶりに僕もボールを転がした。諸先輩がたがなぜこの競技に目覚められたのかは謎だが、これは僕が子供のころ爆発的に流行ったものなので、懐かしさもひとしおである。オタクにとって「懐かしい」という感情は何かスペシャルなものがある。あるいは、オタクの感情の中核を構成しているのかもしれない。
 そんなわけで、「遅れてきたオタク青年の青春」みたいなのんびりした日々を過ごしている。「これじゃ大泉がただのオタクになっただけじゃん」といった批判もあろうと思うが、それは「オタクとは何か?」というこの連載では究極の結末の一つであるから、しばし成り行きを見守っていていただきたい。少なくとも、僕が思い悩んでいるのはそういうことではない。
 明け方までモンハンをやったあと家に帰ってきて、午前6時ころ、かみさんの作った夕飯の残りを肴にビールをうぐうぐとあおる。個人的には晩酌だが、客観的にはただの朝酒であろう。本日の狩りの成果などを思い起こしながらにんまりしつつ酒を飲んでいると、やがてものすごい睡魔に襲われる。そして起きてくる家族と入れ替わるように寝室に行き、死んだように眠る。
 午前11時ごろ、一度布団の中で意識を取り戻す。それはのどが渇いたとかトイレに行きたいとかいう理由なのだが、この時僕の中に一つの問いが発生して、漠然とした不安とともに全身を覆っているのに気がつくのである。
 「自分はどこへ行くのか?」
 ゲームにはまっていて、日常は十分楽しい。今夜の狩りも楽しみだし、休みのカラオケも楽しみだ。しかしこれらの繰り返しは、自分に何をもたらすのか。そしてこうした日々を重ねていくうちに、自分はどこへ行くのか。
 こういうことを思い悩んでいる時は、この連載のことをすっかり忘れて素になっている。おそらく、ゲームにはまるという行為が実に楽しい反面、膨大な時間を消費し(プレイ時間は450時間を超えている)、しかも何も生み出さないということが無意識を圧迫するのだろう。同世代の男たちは働き盛りで、みんなもっと有意義に時間を使ってんだろうなあ、などと思う。彼らが未来に向け着々と人生の布石を打っているときに、いったい俺はなにをしておるのか。
 もっとも、社会に出て20年近くが経ち、気ままなノンフィクションライターとしての生き方が身についてしまった僕などより、ともに遊ぶ20代前半の彼らの方がこの思いははるかに強烈だろう。同世代の人間がどんどん就職していくなかで、アルバイトかそれに近い雇用形態。いわゆるモラトリアムの中で、どっぷりと自分の趣味に浸かって生きる。周囲からのプレッシャーもあるだろうし、自分の中での戸惑いもあるだろう。多くのオタク青年たちがネットにかじりつき、まだ見えてこない自分の未来を覗き込もうとする原因の一つもこれだろう。彼らに自分たちを自虐的に「ダメ人間」と書かせる、ある種の虚無感の根源の一つはここにある。いったいいつまでこのような生活を続けるのか。こうした繰り返しは、自分に何をもたらすのか。そして、自分はどこへ行くのか。

「ハカセ」から「オタク」へ

 しかし、素の状態でこうした悩みを悩むようになってしまった以上、やはり大泉の内面的なオタク化はかなり進んでいるようである。
 もっとも、こうした悩みは何もオタクだけではなく、青年期には形を変えて誰もが陥るものである。ここで考えるべきことはたくさんあると思うが、この連載の趣旨から言えば、オタクたちが考える「未来」とはどのようなものなのかを、まず検討しなければならないだろう。
 最近、近所の中学生に勧められて『アキハバラ@DEEP』(*2)を読んだ。ドラマ化もし、映画化もされた作品なので知っている人も多いだろう。ディープ秋葉原で出会ったオタクたちの作ったソフトが、画期的な未来をもたらす。その過程をドラマティックに描いた、いわばオタクのための御伽噺であり、実にうまく書けている。実際に、生活のあらゆる局面にコンピュータが入り込んでいる現在、オタク的なライフスタイルを持つ集団が、新しい未来をもたらす可能性は高いだろう。コンピュータとの親和性が高い彼らの切り開く未来の形の一つがここにある。
 しかし僕が考え込まされたのは、石田衣良の描く本編ではなく、その文庫版の解説としてついてきた、森川嘉一郎の一文であった。そこには、かつてオタクが自分たちの未来をどのように考えていたかということが、端的に記されていた。

 かつて、まだ「おたく」という呼称がなかった頃、彼らは教室で「ハカセ」などとあだ名されるようなタイプの少年たちだった。一九七〇年代以前の彼らは、変人扱いされることはあっても、自信を持ち、それなりにリスペクトを集める存在だった。理科や数学に強い彼らは、良い大学へ進み、研究所や企業で、未来を切り開いていく最前線で活躍することになるはずだった。科学技術による絶え間ない前進がもたらす、輝ける未来。そのような、戦後の日本国民を高度経済成長へと駆り立てた未来像はしかし、大阪万博、EXPO '70を最後の祭りとして、急速に色褪せてしまった。八〇年代の中頃には、「ハカセ」の称号は「おたく」という別称に取って代わられるようになっていた。かつて科学を信仰し、大志を抱くはずの少年たち。彼らは〈未来〉の喪失によって受けた打撃が、ひときわ大きかったのである。

 ここで描かれているオタク像が、本当にオタクの全体像なのか、といった議論はひとまず措こう。注目すべきなのは、オタクの発生、この文章に即して言えば「ハカセ」から「おたく」への変化のきっかけが、科学によってもたらされるはずの、輝ける未来の喪失にあると考えられていることである。
 この文章は1961年生まれの僕にとって、実感的に共感できるものがある。確かに僕の小学校の教室には「ハカセ」達がいた。彼らがみんなこのような道筋をたどったわけではないが、あるハカセはそのまま理系の大学に行って研究者になったし、別のハカセは(それは怪獣ハカセだったけれども)そのままオタクへと横滑りした。
 科学のもたらす輝ける未来の喪失ということで実感的に思い出されるのは、やはり僕たちの成長期に重くのしかかった米ソの冷戦である。それは、科学の進歩が人間にどのようにデメリットと、そして恐怖をもたらすのかを僕たちに教えた。1970年代には、地球を何百回も焼き尽くすほどの核兵器がお互いに向けられていると喧伝された。その当時の僕のささやかな妄想の一つは、マジンガーZみたいなスーパーロボットに乗り込めば、核戦争を生きのびられるのではないかということだった。後年、『新世紀エヴァンゲリオン』の中で、第三新東京市がハルマゲドン状態に陥った時、「エヴァの中がいちばん安全なのよ」というセリフがあった。これを聞いた時、同時代人が作った作品だなあとしみじみ思ったのを憶えている。
 僕の両親がJCO事故で被曝した時(*3)、科学技術庁の役人たちと交渉して思ったのは、彼らの存在がつくづく時代錯誤的だということだった。これは日本の原子力政策全般に言えることなのだが、彼らは1950年代の、つまり科学信仰華やかなりしころに作られた原子力関連の法律に従って行動しているのである。これらの法律が改正もされずに今も生きていること自体が時代錯誤的で、科学信仰が喪失された今、この法律は根本的に変えられるべきだと思うのだが、ここはそれを述べる場ではない。
 いずれにせよ、このような「科学信仰の喪失」は、単にオタク予備軍だけではなく、同時代の人間を広く襲った現象だった。誰もがその中から未来を見出そうとしたのである。それでは、この後「おたく」と呼ばれるようになった「ハカセ」たちは、自分たちの未来をどうみていたのか。

 一方、現実の〈未来〉や〈科学〉が陰り出すと、かつての少年たちは、夢を馳せる先を虚構の世界に見出すようになっていった。彼らの熱中の対象は、科学からSFへ、さらにSFからSFアニメへと移行した。おたく文化は、いわば、〈未来〉の代わりに彼らが生み出したものなのである。
 そのようにして起こった70年代末から80年代にかけてのアニメブームを見渡すと、『ヤマト』や『ガンダム』、『北斗の拳』、さらには『風の谷のナウシカ』にまで通底する筋書きとして、核戦争や天変地異などによって現在の社会が破壊された後、超能力やロボットを操縦する特殊技能などによって、主人公が新たな世界の構築に英雄的な活躍を果たすというものが、目立って多かった。色褪せた現実からの救済を、ハルマゲドンに求めようとする願望が、そこにはあった。

 僕が個人的に森川の論に違和感を覚えるのは、実はここである。オタクたちはそれほど熱心にハルマゲドンを求めていたのだろうか。そこのところが実感的によくわからない。
 しかしこれは、僕の側の事情が特殊だともいえる。それは僕が10歳のころからエホバの証人の教会に通っていたという事情で、彼らは1975年にハルマゲドンが来ると主張していた。しかしそんなものは当然来るはずもなく、当時中学生だった僕は「あらゆるハルマゲドン予言を信じない」というのをその後の人生の信条としたのである。
 無論、通論としての森川の主張はわかる。そうでなければ、ハルマゲドン後の世界を描いた作品があのように熱狂的に受け入れられることもなかったろう。また、諸作品の中で終末をもたらしたものが主に核兵器であったことも、輝ける未来を喪失させたものが何かを直指しているようで面白い。
 オタクは表面的には羊のようにおとなしく、アニメやゲームといった自分の世界で自足しているように見える。その彼らが内面世界でハルマゲドンのような壮大なカタストロフを求めていたというのは極めて逆説的に思える。
 『私とハルマゲドン』(*4)という、まさにこのテーマについて取り組んだ著作の中で、竹熊健太郎はこうしたオタクの内面について次のように述べている。

 普通のオタクには、彼を取り巻く環境、つまり親や世間と真っ向から敵対する度胸はない。彼は「親=社会」を呪ってはいるが、しかし彼がオタクをやっていられるのも、呪うべき「豊かな家庭=社会」があればこそなのだ。「こんな社会なんかなくなっちゃえばいいのに」と心では思っていても、自分の手でそれを実行することなど思いもよらない。それは結局、自分の首を絞めることになるからである。

 現実におけるこのようなアンビバレントな感情が、架空の世界におけるハルマゲドンを希求させる原動力になっていたようである。僕がオタクのハルマゲドン願望が実感的によくわからないのは、ここで述べられているような社会に対する呪いが希薄なせいかもしれない。
 話を森川の論に戻そう。アニメに仮託されたオタクたちの未来像は、その後どうなっていったのか。

 ところが、そのようなアニメ物語めいたハルマゲドンを夢想するカルト集団が、毒ガステロによってこれを現実に引き起こそうとする事件が、一九九五年に起こった。約二ヵ月間に渡って日本の報道番組のヘッドラインを飾り続け、教祖の逮捕によって終幕したこの事件は、ハルマゲドン後の英雄的活躍に対するおたくたちの憧れを、一挙に失効させてしまった。結果、おたくたちはそれ以降、「美少女」たちの架空の日常を、学園生活へのノスタルジアに重ねて描いたアニメやゲームへと、急速に傾斜していった。いわば、〈未来〉の失墜が、〈萌え〉という様式をもたらしたのである。

 ここでは、オタクたちの二度目の〈未来〉の喪失が描かれている。森川によれば、それをもたらしたのはオウム真理教事件であった。この文によれば〈萌え〉の発生でさえ、事件と深いかかわりを持つようである。僕が考え込まされたというのはまさにこの点である。
 果たしてオウム事件は、本当にこのような深刻な影響をオタクたちにもたらしたのであろうか。
(次号に続く)

*1 『らき☆すた』 http://www.lucky-ch.com/
*2 『アキハバラ@DEEP』 石田衣良著、文春文庫、2006年
*3 JCO事故 1999年9月30日、茨城県那珂郡東海村のJCO核燃料加工施設で発生した臨界事故。被曝によって2名の死者を出すという日本の原子力施設最悪の事故。現場の周辺に居住していた著者の両親はこの事故で被曝した。
*4 『私とハルマゲドン』 竹熊健太郎著、ちくま文庫、2000年

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