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オタクとは何か? What is OTAKU? 大泉実成
第5回 オタク修行篇2 文化的中心人物
 はい、オタク世界を流浪する一般人の大泉です。今回は竹熊健太郎氏急病のため、竹熊インタビュー最終回は延期いたします。一日も早い竹熊さんの回復を祈りましょう。では、修行編の第2回。

4人のオタクたち

 オタク店員修行を始めてから5か月目に突入した。
 仕事の合間に少しずつ自分の好きな作品について話をする。これが店員同士のスタンダードなコミュニケーションである。オタクといえども店員であるから、まず仕事が第一である。従ってコミュニケーションの時間は極めて限られる。しかし、店員といえどもオタクであるから、時に、話が止まらなくなる。
 深夜アニメのほぼすべてをチェックしている、という人を僕はこの取材で初めて肉眼で見た。ネットなどでその存在は知っていたわけだが、現実に目の前にするとやはり感慨深いものがある。このような人が休み時間に二人寄ると、当然現在進行形のアニメの話になる。聞こえてくるのは、たとえば『あさっての方向』(*1)がどのような展開を見せるのか、「われわれ的には」極めて興味深い、という声だ。そんなわけで見てみることになるのだが、たしかに展開が気になる作品だ。アイデアそのものはシンプルなのだが、情感を込めて細部を埋めていく気合がすごい。うーん、日本的、とうなることになった。

 この店に来て、少しずつここの空気になじんで、気がついたら丸4か月が経過していた。今僕に、ぼんやりと見えている世界について、書いてみる。
 ここには、4人の文化的な中心人物がいるように見える。
 Gさんはオタク科目全般に造詣が深い。アニメだけでなく映画全体に詳しく、ツッコミを入れながらB級映画を見ることを至上の喜びとしている。しかしギャルゲーは一切やらない。
 Qさんは「このあたりのゲームセンターはQさんの庭ですか」と問うと、「いや、俺の部屋」と答えるゲームセンターの住人。現在興味の中心は『三国志大戦』(*2)。この人もギャルゲーはやらない。
 Uさんはギャルゲーの大家。「人間はみんな変態である」と言って僕に感銘を与えたのはこの人である。普通のギャルゲーはもちろん、鬼畜系陵辱系まで徹底的に攻略することを信条とする。もちろん同人誌の蒐集にも熱心である。
 Oさんもまたギャルゲーの大家。話を振ると「私がこの道に入ったのは」と丁寧に説明してくれる。「道」というのが良い。やわらかい感じの人で、Uさんとは対照的に百合世界の住人(「百合」は女性同士の恋愛を扱った世界)。しかしこの二人はとても仲がよい。
 ちなみに、全員二十代前半である。
 多分、認識主体の僕のオタク理解が変化すれば、今見えているこれらの世界構成も変化すると思う。僕自身がまだオタク世界の総体がよく見えていないので、当面「このように見えている」と述べるにとどまる。もう少し理解が進んだら、見えているこの世界についてのマップを作ってみたい。

中国人買い占め団「くんくん」

 仕事に入るまえのちょっとした空き時間に、Gさんが話しはじめる。
 『NANA』(*3)のDVDをレンタルして帰ったというのに、テレビで再放送されることになってしまったという。
 「頭に来たから再放送やってる同じ時間にDVD見てやったんですよ」
 状況にめげないというか、状況にすらツッコミを入れるのがGさんらしい。
 「そんでね、巧でしたっけ、えらいかっこいい役なんですけど、こいつ『百獣戦隊ガオレンジャー』(*4)でね、ガオシルバーやってたやつなんですよ。いつ武器のビリヤードの棒出すのかと思ってたんですけどね」
 豊富な知識を生かして普通のツッコミを入れるのも忘れない。とにかく画面に向かって一人でツッコミ続けるので、映画館に行ったら別室が用意されるであろうと言われている人なのだ。たぶん、『NANA』を見たオタクの何人かは同様のツッコミを入れていることであろう。

 僕が店に入った当初、最も早く、そして最も積極的に声をかけてくれたのがGさんだった。筋肉質のがっしりとした体格で、学生時代は格闘技をやっていたという。おまけに陽気でいつも人を笑わせることを考えているような人なので、この人を「オタク」と呼んでいいかどうか僕はすでにわからなくなっている。しかしアニメ、映画、マンガ、ゲームについての豊富な知識はヤバイほど。
 一度『バロムワン』(*5)という作品について、微に入り細にわたって一人でツッコンでいるので、
「何でそんなに詳しいんですか。それ僕がリアル子供時代の番組ですよ(大泉44歳)。Gさんが生まれる何年前の作品ですか」
 と疑問を呈した。するとGさん(23歳)は
「いや、自分でもなんで知ってるんだかよく分からないんですよ」
 と言うのである。おそらく空気を吸うようにこの手のものを吸収してしまうのであろう。そして挙句の果てに『バロムワン』のテーマを歌いだしたのだ。「俺なんで歌えるんだろうな」と言いながら。
 僕はいっしょにこの歌を歌いながら(こちらはリアル子供だったのでよく覚えている)、20歳以上年下の青年といっしょに『バロムワン』のテーマを歌うことに、不思議な違和感と、同じくらいの親近感を覚えていたのだった(先日は『ミラーマン』(*6)について一人でツッコミを入れていた。Gさんの知識の源が知りたいものである)。

 たしか僕が店に入った初日のことだったと思う。やはり始業前の時間に、ニンテンドーDS Lite に中国人買い占め団が動いているらしい、という話になった。買い占め団の名前は「くんくん」と言うらしい。いったい「くんくん」って何? その時、持ち前の高い声で、Gさんが、
「そんなの『ローゼン』しか思いつかねえよ」
 と言い放ち、その場にいたほぼ全員が爆笑した。僕も反射的にGさんと同じことを考えていたので笑ったが、少し時間がたってから、たいへんなところに来てしまったと思った。
 『ローゼン』というのは、2005年に深夜枠で放映されたアニメ『ローゼンメイデン』(*7)のことで、くんくんというのは、その作品世界中のテレビで放映されている探偵ものの人形劇「名探偵くんくん」のことである。『ローゼンメイデン』を知っている人間は世間でも限られているはずだし、その上、名前だけを知っている程度では「くんくん」のネタには反応できないのである。ということは、ここにいる人たちはあの作品を実際に細部まで見ているのである。僕は『萌えの研究』という本を書くためにネットで調べ、いわば「仕事」という目的があって見たのだが、この人たちは「普通の生活」を送っていてあれを見ているのだ。僕の頭の中に「オタクの巣」という単語が「?」マークつきで去来した。
 自分を鍛え、かつ「オタクとは何か?」を考えるにはドンピシャリの職場である。しかし、はたして俺はこの環境に適応できるのか?

「楽しんでみせる」気概

 次にGさんが話してくれたのは、アメリカン・プロレスの話だった。この人はこんなことにも詳しいのか、という驚きがある。僕のプロレスの時計は猪木VSホーガンあたりで止まっていると言うと、その後ホーガンがアメリカでどのように上り詰めて言ったのかを説明してくれ、『レッスルマニアX8』(*8)というビデオを貸してくれた。『アメリカンプロレス大事典』(*9)つきというのが念が入っている。
 ビデオを見て、Gさんがこの世界を好むのが分かるような気がした。元から格闘技が好きということがまずあるだろう。その上、アメリカン・プロレスはストーリーがあまりに分かりやすく、かつアナだらけで、ツッコミどころが満載なのだ。Gさんがツッコミを入れながらプロレスを見る姿が目に見えるようである。さらに、個々のレスラーの存在感がすさまじく、キャラクター豊富。さすがプロレスの本場よなあ、と僕ははなはだ感心した。
 普通の人なら「バカじゃねえの」で終わってしまう世界かもしれない。しかしそこに独自の楽しみ方を見出す、あるいは自分で理論を作り当てはめて面白がってみせる。Gさんには、レスラーが「演じてみせる」世界を、観客として「楽しんでみせる」という気概があった。これは、子供のものとされてきたマンガやアニメを「楽しんでみせる」オタクの伝統とも関わっているのだろう。
 そのうちGさんの家庭の話を聞くようになった。父親は若くして亡くなり、母との二人暮し。このお母さんが面白い人で、深夜アニメを好んで見る。おかげでGさんもアニメに詳しくなったという。
 次にGさんが貸してくれたのが『リトルトーキョー殺人課』(*10)というB級映画だった。見る前にあらかじめBさんが説明してくれたが、そんな説明が必要ないほど壊れた映画であった。何がいかれているといって、その日本理解がゆがみまくっているのだ。
 ストーリーは、ロサンゼルスに進出してきたヤクザ組織に対して、ロス市警の肉体派刑事コンビであるドルフ・ラングレン(極真空手)とブランドン・リー(ブルース・リーの息子)が戦いを挑むというもの。これだけでそのB級ぶりがしのばれるというものだが、例えば主役のドルフ・ラングレン。日本生まれで日本育ちで武士道に精通しているという設定なのに、その日本語のセリフは全力を集中しないと日本語に聞こえない。とにかくまったくの棒読み。警官を殺したヤクザに向かって、
「ろさんぜるすノーケイサツカンヲフタリモコロスノハヨクナイ」
 という説明的としか言えないセリフを吐くのである。そんなの当たり前だ。とにかくこの手のありえないセリフを、何の抑揚もなく読み上げる姿は、「日本生まれで日本育ち」という設定を根底から裏切っている。
 さらに、ロスのアンダーグランドな方々が集まるバーの名前が「盆栽クラブ」。ヤクザが髷を結った力士をボディーガードとして抱えていて(日本相撲協会はなにをしている)、ラスト近くにラングレンと一騎打ちとか、チンピラがいきなり自分の顔をつかんだかと思うと、グキッと首の骨を折って自決するとか、およそありえない事態が出現しまくる。このような映画なので、Gさんでなくても思わずツッコミを入れたくなる。
 この頃から、Gさんがツッコミを入れるやりかたに、ある種の法則を見出すようになった。一言で言うと、細部から全体を逆照射しようとするのである。
 われわれはアニメや映画を見るとき、作者の意図に沿って、その流れに身を任すように物語を見る。ところがGさんは、作者の意図しない面白みを作品の細部に見出してしまうのだ。まるで作者の意図する作品の流れを断ち切るように。
 Gさんはその細部に独自の物語を読み取ってしまう。たとえば巧(玉山鉄二)がガオシルバーだというのは『NANA』という物語には何の関係もない話なのだが、Gさんにとってはむしろそちらの面白み(物語)の方が優位に立つのである。そして優位に立った物語の方から、『NANA』の全体を読み替えようとしてしまうのだ(いつ武器のビリヤードの棒を出すのかと思っていた)。もちろんそんなことを言い出すはずはないのだが、彼の中では読み替えが展開しており、Gさんはそれを主張しないわけにはいかない。そしてそれを、周囲にいる人間は「またGさんのツッコミが始まった」と思うわけである。本人にしてみれば自然な発想なのだが。
 このように、細部の面白さから全体を逆照射していく、というのは、多くのオタクの言動に見受けられるように思う。その根底にはフェティッシュに細部にこだわるオタク独特の習性がある。こうしたオタクのものへのこだわり方については、フェティシズムとの関連の中で、今後も観察を重ねていきたい。

欲望実現の「独得の方法」

 Gさんのこうした発想の方向性がさらに明快になったのは、このあとGさんから、彼の愛読するギャグマンガを大量に借りたからだった。思えば、物語の細部に面白みを見出して逆照射を行い、その物語全体を「ずらし」、そこに面白みを見出すのはギャグマンガの一つのパターンなのである。パロディの常道と言うべきか。
 Gさんの行動の根底には、笑いへ対するあくなき欲望がある。それがどこからくるのか、というのは今のところまだ分からない。
 僕には、オタクというのは「独自の方法である欲望を実現しようとし続ける人々」に見える。例えばネット上に大量に存在する、SSと呼ばれるファン小説。メジャーな作品の設定や世界観を使って、その作品では描かれなかった物語を紡ぐ。エロもあるし、こういう世界だったらいいのになという補完的な創作もある。
 満たされない性欲(あるいは物語の帰結)、つまりは自分にとって都合のいい物語への欲望。思いいれたヒロインが、このように幸せになって欲しいという欲望。これがSSを生んでいる。すべての根底には欲望がある。
 この欲望が、オタクを根底から突き動かしている。
 さらに言うと、このような欲望は、現代人に通底していると僕は思うのだ。オタクがなぜ特殊か、ということでなく、なぜ通底しているか、ということのほうが僕の興味をひく。オタクが特殊なのは、彼らがこだわる方法においてである。
 まあ、ノンフィクションライターが事を論じ始めたら終わりなので、この辺にしておきたい。だいたい、目前の事実を拾い上げることが仕事なのに、理屈を論じ始めると、目前の事実を強引に自分の理屈に押し込めるということにもなりかねない。この手のライターがまた多いのだ。
(つづく)

*1 『あさっての方向』:山田J太の漫画作品原作、TBS製作・放映のテレビアニメ。http://www.tbs.co.jp/asatteno/
*2 『三国志大戦』:SEGAのオンライン・トレーディングカード・アーケードゲーム。http://www.sangokushi-taisen.com/
*3 『NANA』:矢沢あいの漫画作品(http://www.s-nana.com/)およびそれを原作とした映画。2005年に『NANA』(http://www.nana-movie.com/)、2006年に『NANA2』(http://www.nana2-movie.com/)として公開。
*4 『百獣戦隊ガオレンジャー』:東映製作・テレビ朝日系列放映の特撮テレビドラマ。http://www.toei.co.jp/tv/user/program/read_story3.asp?Command=Old&SID=145
*5 『バロムワン』:東映製作・よみうりテレビ系列放映(1972年)の特撮テレビドラマ。さいとう・たかを原作。番組タイトルは『超人バロム1』。
*6 『ミラーマン』:円谷プロダクション製作・フジテレビ系列放映(1971?1972年)の特撮テレビドラマ。
*7 『ローゼンメイデン』:PEACH-PITの漫画作品(http://p-pit.net/rozen/)およびそれを原作とするテレビアニメ(http://www.tbs.co.jp/rozen-maiden/part1/index-j.html)。
*8 『レッスルマニアX8』:「レッスルマニア」はアメリカのプロレス団体WWE主宰のプロレス興業。『X8』は2002年に開催された第18回大会。http://www.wwe.com/shows/wrestlemania/
*9 『アメリカンプロレス大事典─WWEのすべてがわかる!』:アメプロ事典編纂委員会編、廣済堂出版、2005年
*10 『リトルトーキョー殺人課』:マーク・L・レスター監督/ドルフ・ラングレン、ブレンドン・リー出演/1991年/アメリカ

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