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オタクとは何か? What is OTAKU? 大泉実成
第3回 オタク密教とオタク顕教?竹熊健太郎氏との対話(1)
 オタクとは何か?という疑問にはまった大泉は、旧知の竹熊健太郎氏(*) にインタビューすることを思いつき、氏の快諾を受けて実現した。竹熊氏は自他共に認めるオタク。以下はそのインタビューの模様である。

エヴァ劇場版新作とオタクの保守性について

???「エヴァンゲリオン」の劇場版新作が製作されるという発表がありました。
竹熊 正直言うと不安があるね。「あれ以上何を加えるのですか、庵野さん」っていう。
???あ、おんなじこと考えてる。僕も「あれになにを付け足すのかな」と。
竹熊 どちらかというと、プロデューサーの大月(俊倫)さんの意向に沿った形で、前みたいに私小説みたいにしないで、普通のアニメらしい大団円にするという話ですけどね。庵野さんがそれでいいならしょうがないけど、実際どうすんのかなあ。
???エヴァのテレビ放送を息を詰めて見ていた者としては、当然それ(大団円)を期待していたわけで、それが本当にできるんならそういうバージョンがあってもいいと思うし、一つの作品としては待ち遠しいですね。しかし庵野秀明のエヴァの作り方はそうじゃなかったので……。
竹熊 ああいうテンションの高さがね、今回どう維持できんのか。もう結婚もしちゃって、ある意味幸せになってしまった庵野さんが……。
???(爆笑・本田透のような指摘なので)
竹熊 あの時の気分とはまったく違うわけだよね。だから、普通のアニメとして作って、それがエヴァの決定版になっちゃったとしたら、どうするんだろうな、って。特にテレビ版の25・26話を評価している俺としては(笑)。
???原点回帰みたいなことを考えると、庵野さんの場合は、例えば「ガンダム」になるとか。
竹熊 せいぜい「イデオン」とか。まあ前の時にもイデオンと呼ばれてたわけだけども。
???物語としての落とし方ということですよね。
竹熊 ハッピーエンドとしては、シンジ君が周囲を受け入れて、ある種の心の安定を得るとか。でも、それで面白いのかっていうことなんだよね。
???今僕が付き合っている20代のオタクは、エヴァの終わり方の良さがわからないという人が多いんですよ。定型的な終わり方を求める大多数のオタクからすると、納得できない。
竹熊 要するに予定調和が好き、みたいな。オタクは保守的だからさ。
???すっごいそうなんですよね。
竹熊 僕なんてむしろ想像外の展開になったほうが面白い人間だから、パターン崩してもらったほうが喜ぶんですけど、ほとんどのオタクは保守的なんですよ。自分が効率よく快感を得られるパターンから外れると、いきなり批判的になるわけです。

オタク第一世代と「萌え」

???導入としては興味深い議論になりました。今回僕が始めた「オタクとは何か?」という連載についてなんですけど、結局のところ「オタクとは誰か?」ということが最近分からなくなってきてるんですよ。
竹熊 そうですね。こないだ岡田斗司夫氏と唐沢俊一氏が雑誌「創」の対談で、「もうわれわれはオタクの本流ではない」みたいなことを言ってたでしょう。要するに「萌え」が分からんからと。そこは僕と同じなんですね。まあ、僕や大泉さんももともとは萌えの人間ではないわけですけど。僕は今回あえて『サルまん』の描き下ろしで「萌えの描き方」をやってみたんだけど、やってみたら結構面白かった。
???あの絵柄だったら相当いけるんじゃないですか。
竹熊 相原(コージ)君が作ってきた「萌え絵」ね、あの完成度は僕の想像以上だった。彼なりにすごい研究してね、本来の相原タッチをすべてやめて、「電撃萌王」とか、ちまたに出回るいろんなものを参考にしながら作ったんですよ。だけど基本的には、あの作品って萌えをバカにしてるじゃないですか、そこは『サルまん』ですから。一方では「萌え絵」自体は本気で、完璧にやりたかったんです。それで読者の反応見たらね、相原君のあの絵は本当に萌えた、っていう人がかなり多いんですよ。
???僕の感覚にもフィットしました。
竹熊 萌えそのものは、東浩紀氏の言う動物化の現れですよね。まさに動物的反応で「ヤベー、『サルまん』の相原弘美に萌えちまった」とか、ネットに書き込むやつが本当にいるんですよ。
???まあ脊髄反射みたいなモンですからねえ。
竹熊 こう言ってはなんですけど、萌えマニアが反応する「萌えコード」を基本に忠実に実現している限りは、作品の中味はどうでもいいんですね(笑)。こんなに「萌え」をバカにしたマンガってないと思うんです。それでも絵柄のうえでは本気で「萌えるもの」を作ろうとしたわけです。ここがポイントです。
???『ネギま!』ってマンガあるじゃないですか。あれ作ってる赤松健さんていう人はプロデューサー的なものの作り方をしてますよね。
竹熊 策士というかコンセプト的に作ってるんですね。確かにプロデューサー的。
???バカにしてるかどうかは別にして、やってることはほとんど変わらないんじゃないでしょうか(笑)。
竹熊 そうですよ。
???あとは相原さんと竹熊さんがこれを有効に使って金儲けをしようとするかどうかということじゃないでしょうか。
竹熊 今は萌えが流行ってるから金儲けのためにやりましょうという内容だから、萌えが素晴らしいなんて一言も書いてない。かなりの皮肉がこもってると思うんだけど、絵自体は完璧な萌えになってる。そこまでやって『サルまん』になるんです。
???相原さんにこんなことができるのかと驚きました。
竹熊 相原君の奥さんですら、驚いてたもん(笑)。

村上隆と岡田斗司夫

???『萌えの研究』にもかなりきついことは書いたんですが、そっちじゃなくて、僕が打ち出した「非オタクの立場から」というスタンスに対して「え、お前はオタクだろう」という批判を浴びたんですよ。僕自身は相変わらずオタクという自覚はない。それでこんなことを始めたんですけど。
竹熊 大泉さん的なスタンスは、オタクとしての自覚はないけどオタクに興味があるというところですよね。ニュアンスはちょっと違うんですけど、現代美術の村上隆さんも「自分はオタクじゃないけど、オタクにあこがれてる」って言うんですよ。そこは大泉さんとそっくりなんです。オタクにあこがれてるけどオタクになれなかった人間が一生懸命やって、ああいうアートを始めたという。
 ところが村上さんの場合、かなり現実のオタクに反感買ってるんですね。彼の作ってるものにはかなり修練の跡が見えて、オタク的な表現としては完成度は高いと思うんだけど、最終的には「アート」の側に作品を持っていってしまうでしょう。そこがオタクからすると裏切り者あつかいというか、略奪者なわけですよ。われわれの領域を浸食して、勝手に商売しやがって、という怒りを多くのオタクは感じている。
???同じようなことを町山智浩(ウエイン町山)も言ってました。
竹熊 でもね、僕は村上さんのやってることと、これまで岡田斗司夫氏がやっていたことって本質的には変わらないと思ってるんだよね。ただ、ちょっとしたニュアンスの違いがあるだけで。岡田さんは「オタクの利益擁護者である」ということでオタクの支持を受けつつ商売してきたわけで、まあそれ自体はいいも悪いもないんだけど、「僕は君たちの仲間だ」ってスタンスを表明しつつ、やってることは実は……。
???オタクからの搾取。
竹熊 まあ言っちゃえばね。ただ村上さんはそれを露骨にやったけど、岡田さんは反感を買わないように、支持を失わないよう巧妙にやっていると思う。その意味では、政治家なんですよ。実際、90年代の彼は一貫して「オタクの社会的立場を擁護する」という政治的な発言をしてきたわけなんだけど、実はオタクとは関係ない本もたくさん書いてる。そこにはでも、一貫したテーマがあって、つまり彼の本って、すべて「個人の悩みをどう克服するか」というコンプレックス商品なんですよね。はじめは(被差別者としての)オタク擁護本で当てて、それから三十代で結婚できない女に向けての本『30独身女』とか、『フロン』というタイトルの、「家庭から夫をリストラしろ」っていう本とか。後は、ダイエットについての連載とか……。
???(爆笑)
竹熊 最近出したのが『プチクリ』。今、彼は大阪芸大で教えてるんですよね。想像だけど、たぶん生徒たちの顔を見てコンセプトを思いついたんだと思う。ああいう大学ってクリエイターになりたい人たちばっかりでしょう。でも大部分は、なれないわけだから。そこでそういう人たちのために「プチクリエイター=プチクリ」って概念を出したんじゃないかな。クリエイターは無理だけど、その対象が好きでさえあれば、プチクリにはなれますよということで。なんらかのコンプレックスに訴えかけて最後に安心を与えるという、その意味では見事に一貫している人だと思う。

「オタク密教」とは何か?

???商売人としてはうまいんじゃないでしょうか。
竹熊 うまいですよ。よくもこれだけコンプレックスのネタを探してくるなと感心します。でもオタクを自称している人が女性のための恋愛論を書く、っていうのは、よくよく考えてみれば矛盾しているわけじゃない?
???(爆笑)まあそうですね。
竹熊 彼は、平気でそういうことができちゃう。オタクであって、オタクでないというか。僕が言うところの「オタク密教」なんですよね。
編集 それはどういうものですか?
竹熊 昔から僕が提唱している概念なんですけど、なかなか受け入れられない(笑)。要は、どんな宗教にも顕教(表の教え)と密教(裏の教え)があるように、オタクにも顕教と密教があるということなんです。顕教を、例えばアニメギャルに本気で萌える人たちだとすると、密教というのは、別に萌えてなくとも、「萌え」で商売できる人たち。オウムで言えば幹部だった上祐や早川、あの辺の立場はオタク密教的ですね。ほんとに信じちゃってる一般の信者に対して、あの二人は教義をほんとには信じてないんじゃないか。でも信じなくとも信じる演技はできる人たち。で、青山とか村井っていうのは本当に信じている人たちだから、密教の側から利用されるだけ利用されて、使い捨てられるわけですよ。
???帰依きえですね。
竹熊 帰依系の人とオウムを政治的に利用しようとしている人たちがいて、利用しようとしている人たちが幹部の一番上のほうにいる。実はオタクも同じ構造をしてると僕は思うんですよ。純粋な帰依系のオタクというのは、心からオタク的価値観を信じちゃってるオタクですよね。すると一方では、必ずそれを商売に利用しようという密教系のオタクがいるわけですよ。誤解されると嫌なので補足しますが、僕は必ずしも「顕教が善で、密教が悪」だと言うつもりはないですよ。
 ともかく、こういうオタク密教徒がどうして出てきたかというと、はじまりは1977年頃からですね。当時有名な「ヤマト」ブームがありましたが、それに影響されて大変なアニメブームが起こるんです。そこで初めて週に流れるテレビアニメが40本を超えたんです。ここからは個人的見解を交えますが、アニメブームには期待してたんだけどがっかりすることの連続で、放映されていた作品のほとんどが駄作だったわけです。70年代半ばの『宇宙戦艦ヤマト』とか最初の『ルパン三世』のほうがよっぽど出来がよかった。唯一あの時すごいなと思ったのは『未来少年コナン』の宮崎駿なんですけど。ところが宮崎アニメは、例えば当時のアニメファンの大多数を占めていたヤマトファンなどには、まったく受けなかった。今では信じられないことですけどね。
 この70年代終盤の時点で、僕はテレビアニメに対して絶望したんですね(ガンダムはまだ放映前だった)。若気の至りなんですけど、テレビアニメは商業主義の粗製濫造で駄目だと思って。ところがアニメそのものは、やっぱり好きなので、捨てられないんですよ。そこで海外の作品とか、アート系に行っちゃったんです。それで、唯一評価していた宮崎駿が『ルパン三世・カリオストロの城』(1979年)を作るんですけど、これもコケてしまってね。そこから宮崎さんはしばらくアニメが作れなかった。僕はすごく面白い作品だと思ったんですが。
 宮崎アニメのような良作が受け入れられないで、どうでもいいようなアニメの美形キャラにミーちゃんハーちゃんが群がるという状況が続いて、僕はアニメに絶望するわけですよ。それで当時、俺みたいな奴が相当数いて、そこから「オタク密教」が始まると俺は思ってるんです。
???絶望したから客観的に見れるようになったということですか。
竹熊 いや絶望したけど、そのジャンルを捨て切れなかったというのがポイントですね。例えば「クイック・ジャパン」の赤田(祐一)君は、初代ヤマトまでははまって見てたらしいんだけど、アニメブーム以降に乱作された続編は面白くないから見るのをやめて、そこで大学に入って素直に音楽やサブカルに流れて行ったんですよ。
???それは僕も同じですね。なるほど、アニメに対する愛憎があるかないかということか。
竹熊 そうそう、愛憎があるかどうか。愛憎が明確にあるとね、密教のほうに行くわけですよ。アニメを呪いながらも愛している。当然、素直な愛情表現になるはずがない。
???竹熊さんは絶望から海外のアニメやアート系に行かれて、今は個人が作るアニメというものを追及されてますよね。
竹熊 僕の場合はね。一方で80年代になってから、テレビアニメを「政治的に擁護する」人たちが出てきたわけです。たとえダメアニメであっても、仲間うちではそのダメさ加減をツッコミながら見て、外側に対してはその素晴らしさを擁護するような。ものすごく矛盾した態度なんですけど、ここが分かんないとね、オタク第一世代の複雑なひねくれた心理はわかんないと思うわけです。
(以下次号)

* 竹熊健太郎(たけくま・けんたろう) 編集家、漫画原作者、ライター。1960年生まれ。東京出身。多摩美術大学非常勤講師。桑沢デザイン研究所非常勤講師。著作に『サルまん』(相原コージと共著、小学館)、『私とハルマゲドン』(太田出版/ちくま文庫)ほか多数。ブログ『たけくまメモ』http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/

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