Web草思
NHKのウワサ 眞木のぼる×田原茂行
第15回 民放が公共性を競う?
制度の抱えるジレンマ

 「先週伺ったお盆休みの夜話の収穫は大きかったですね。NHKの二分割と、中央と地方の逆転という発想は、いま政府の決めようとしている小手先の改革案とは迫力が違います」
 ──政府案というのは、政府とNHKの意見を自民党が折衷した結果、受信料支払いの義務化、経営委員の一部常勤化、国際放送の予算増額だけのようですね。受信料の値下げは無し、チャンネル返還が先延ばし、と新聞に出てました。
 「大山鳴動、ネズミは太る、というわけですね。しかし貴方のお盆休みの案には、21世紀の公共放送の方向を考えるヒントが詰まってます。これを読んだNHKの現役幹部の一人は、これなら改革ができる、といってましたね」
 ──実は家内も珍しく私のこの話に乗ってきましてね。まあ、家内としては、NHKがいつまでも、わざとらしい「まっすぐ、真剣。」の広告をやっているなら、もっとざっくばらんなNHKが別にあって、今とは別の感じの会長の顔が見られたらいい、ということらしいんですけどね。
 「たしか奥さんは、民放はCMが多すぎるから、CMなしのNHKは絶対に要るという意見でしたよね」
 ──いや家内も、CMがすべて嫌いというんじゃなくて、気に入ったCMがあると、「ほら、キンチョールよ」なんて喜んでるほうですが、何年ぐらい前でしたか、民放各局がCMの直前に、「この驚くべき真相はこの後すぐに!」をやりだしましたね。あれから、すっかりCM嫌いになりましたね。
 「あれは、昔の紙芝居屋がやっていた“テ”ですね。お話がいいところに来たら、そこで一休みにしてアメを買わせるというあれです。民放テレビがこういう原始的な商売をやっていたら、広告はますますインターネットに流れることは間違いないですね」
 ──しかし民放の勢いが弱くなり、インターネット広告が伸びる時代になると、相対的に、CMなしのNHKの存在価値が上がりそうな気もしますが。
 「いや、ノーCMメディアの価値が増し、有料放送や動画配信が伸びるとしても、だからといって、公共放送が存続するかどうかは別問題ですね。世界中の公共放送が、制度の抱えるジレンマを解決できないで苦しんでますからね」
 ──「制度の抱えるジレンマ」というと?
 「あちら立てればこちら立たず、ということが起こって当然の制度ということです。株式会社は、株主が金を出し、経営者は株主総会の決定に従うというスジの通った仕組みです。歴史的に多くの成功例があり、トップも実務の中で育ちます。しかし公共放送は、金を出すのは視聴者ですが、人事などの決定権は、政府・政界が握っています。経営努力というと、決定権をもつ政府・政界への対策に力点が置かれ、他方で、視聴者が受信料支払いを当然と感じるような自由な創造性も示す必要があります。このジレンマを背負う組織を巧みに運営する人材とノウハウがそこらにころがっているわけはありませんから、衆知を集め、絶えず視聴者の意向を生かす組織運営を工夫する必要がありますね。ところが実際には、他に比較すべき実例・実績が乏しく、視聴者の意見の集約も大仕事なので、結果的に、政府・政界に神経を使う独善的な組織になります。それがNHKですが、公共放送のお手本といわれる英国でも問題が噴出してます」
 ──一昨年辞職したBBCの会長が暴露本を出したらしいですね。書評では、民放出身の人気者の会長が、イラク報道のレポーターのいった一言でBBCから追い出されるまでの経過の記録、と紹介してましたが。
 「前会長のグレッグ・ダイクの辞職は、イラクの大量破壊兵器の有無、その取材源である政府高官の自殺事件と重なって話題となりましたが、今度彼の書いた『真相 イラク報道とBBC』(NHK出版)は、BBC経営委員たちが、放送の実情に疎く、政府・与党とそのお先棒をかつぐ大新聞に振り回される姿を分からせてくれましたね。流石のBBCも、政権の力と、メディア全体の流れには逆らえないということでしょう」

収入形態が問題ではない

 ──会長が自分の力を過信していたという見方もあるようですが、BBCが独り強くてかっこいい、というわけにはいかない時代になったのでしょうか。これからどうなりますかね。
 「会長の辞職に反対して、数千人の職員が自腹を切って、経営委員会の決定に抗議する意見広告を出し、街頭デモまでやったというBBC内部のエネルギーが、視聴者の支持を背景にどういう制度を求めるか、ですね。あるいは、いまの制度の枠の中で気力を失ってジリ貧になるかもしれませんが、私は、スクランブルの導入を含め、実質的な民営化の方向を目指す可能性があると思います」
 ──そうすると“放送の公共性”というのはどうなるんですか。
 「英国の場合、民放開始の当初から民放もBBCと同じ公共性を義務づけられるという方針が浸透していますから、収入を得る手段の変更だけで、視聴者の求める役割が変わるということはないと思いますよ」
 ──日本とはだいぶ違いますね。NHKはスクランブルを導入すれば、やがて潰れるといわれ、民放は、日ごろ“公共性”はNHKの専売品みたいに思っていて、企業買収されそうになると、公共性を主張してます。
 「いまイタリー、韓国など、経営問題を抱える公共放送については民営化論が出ていますが、いずこも、公共放送とは何か、民営化とは何かが、収入形態だけで論議されているみたいですね。公共放送として落ち着いているのはドイツですが、これは貴方のお盆休みの案と似た、公共放送の多元的な体制です。地域(州)に根差した局と、全国むけ放送局の2つの系列の併存です。いずれも、主要な政党、宗教団体、産業界、労組の代表が運営に参加できるように神経を使ってます」
 ──東西ドイツの合併は影響がなかったんですか。
 「なんとしても放送の多元性を維持するという理念はまったく変わりませんでしたね。ドイツの多元的な公共性は、監督官庁も、民放と公共放送に分かれ、それぞれが、各州ごとの組織と、全国規模の組織が監督に当たるという複雑さです。受信料も公共放送の局の懐にそのまま入らず、各州の監督官庁と、技術公社にまず分配されます。学ぶべき点が多いですね。ただしドイツの場合、公共放送が“併存”し、民放も伸びてますが、私のいう「公共性を競う」という競争の熱気はない点が物足りない感じです」

いかにして公共性を競うか

 ──そこであなた持論の「公共性を競う」仕組み提案が出てくるわけですね。
 「日本の場合、ばかばかしいほどの視聴率競争の中で、制作会社や制作者が苦しみながら、公共性を維持するために工夫を重ねてきた実績があるんですね。この実績に光を当て、「公共性を競う」制度の中で生かしたいわけです。そのためには、前回貴方がいわれたNHKの実質的な二分割、中央と地方の逆転、そして民間の制作者の参加が重要ですが、同時に、民放との競争関係が必要です」
 ──民放というと、どうも毎晩出ている細木数子の顔がまず出てくるんですが。
 「さては、お宅も六星占術の術中にはまってますな」
 ──なにしろ、チャンネルのどこを回してもでてきますからね。急に民放の公共性といわれても困りますね。
 「もちろん民放キー局の娯楽番組の全国支配、大新聞による系列化など、放送法、独占禁止法に照らして合法性が疑われるような状況の制度改革は当然必要です。政治と社会の問題をすべてその場限りの気晴らしにする現場の制作姿勢も放っておけませんね。しかし、多チャンネル化の拡大の中で、テレビ局は経営危機を感じています。行政も、民放地方局の経営破綻を想定して、キー局の持ち株会社化の法改正を準備しています。つまり、いままでの民放の目先利益の追求だけの経営が通用しなくって、新しい展開が期待されているんですね」
 ──その危機感がどういう方向に向かうのかが問題ですね。以前、アスベスト、ダイオキシン、拉致問題などが民放地方局によって初めて採り上げられ、それがNHKを含む世論を動かしたと伺ったのは覚えていますが、それは珍しいケースじゃないんですか。
 「さにあらず、です。よく観察すれば、東京発でも、長年高い質を維持している番組は少なくありません。制作者には、公共性を競う下地はできています。最終回の次回はそれを具体的に……」

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