Web草思
NHKのウワサ 眞木のぼる×田原茂行
第13回 公共性を競う仕組みとは?
ヨーロッパ総局移転に隠されたお家事情とは

 ──「NHKヨーロッパ総局が、ロンドンからパリに移るワケ」という先週の話題が気になっているのですが、週刊誌の記者の皆さん、まだ無関心なようですね。
 「系統的にNHKウォッチをしていないと、気にならない問題かもしれませんね」
 ──視聴者の素朴な疑問として、そもそも、なぜ、いま移転が必要か、ということを説明してほしいですね。
 「実は、総局の移転というのは、たいへんな金のかかるプロジェクトだと聞いています。国を越えて放送局が引っ越しするようなものですからね。ロンドンのヨーロッパ総局は、ブリュッセル、カイロ、エルサレム、ジュネーブ、パリ、モスクワ、ベルリンの支局や駐在のすべての情報を束ねる設備を整えた情報センターです。このネットワーク設備を、新しくパリにつくることになります。一方では緊縮財政ということで、再放送や旧作の番組でチャンネルを埋め、全国の土地を売り飛ばしているのですから不可解ですよね」
 ──報道活動の上でどんなプラスがあるのか、納得の行く説明があるんでしょうか。
 「これまで経営委員会でも、海外取材体制強化の重要性は指摘されていますが、それは中東、アフリカ、アジアなどの体制の強化で、ヨーロッパでの引っ越しはどう考えても的外れでしょうね」
 ──とすると、何らかのお家の事情だろう、という見方が出てきそうですが、たしか一昨年、不祥事問題が報道された時には、ソウル支局など海外支局の管理の在り方が大きな問題になりましたね。
 「以前、島圭次会長が辞めた時にも、海外組織を利用した金の私的流用や、米国高官の名前も飛び出す不祥事をめぐる怪文書が出て、後継者の川口会長が直々にニューヨークやロンドンの状況を調べたことがありました。この時も「帳簿上は問題ないが、ずさんな点があった」という中途半端な報告で、これが不祥事体質の禍根を残しましたね。海外総局の強引な金の集め方、ずさんな使い方については、元NHKのノンフィクション作家柳田邦男氏や、元経理の内部告発者としていま発言している立花孝志氏が詳細に語ってますが、NHKはその内容を認めていません。しかし最近、手島龍一前ワシントン支局長が、手島夫人の収入をめぐる疑惑記事を掲載した雑誌に対し、名誉毀損として3300万円を要求していますが、この裁判の行方によっては、海外支局の運営の実態が公の場に出ることになるかもしれませんね」

最低最悪の組織改革

 ──考えてみれば、不祥事を指摘され続けてきたNHKは、いわば保護監察か、準禁治産者に似た立場ですよね。総務大臣の諮問機関や、与野党の議員、NHKの有識者会議などが、一致して「企業ガバナンスの欠如」を挙げているんですから、いまは、大きな組織いじりよりも、外部の批判を掘り下げて、今後の組織の在り方を考えるべき時でしょう。
 「しかし、その外部からの提言とやらにも、しっかりした理念と具体性が欠けてますから。とくに組織の在り方については、“スリム化”以外に根本的な提案がないために、NHK執行部は、実際に最悪の方向に向かう組織変更をやってます」
 ──最悪の方向というと?
 「今回の人事異動、組織改革は、再起を狙っていまも虎視眈々といわれる前会長の意向に従ったものだという見方があります。組織のスリム化を旗印に、部局の統合、上級幹部の数の削減を行ったのですが、これは一見、政府、与党、諮問会議などのスリム化要求に沿ったように見えます。しかし前会長の息のかかった報道局は完全に温存されています。しかも橋本会長自身、最近の雑誌対談(『GALAC』9月号)で、「不祥事の有無にかかわらず、NHKは体質改善を求められていたんです。……人員削減、部局数を減らして組織をフラット化するといった経営の効率化に資する組織・業務改革はほぼ順調に進んでいます」といってますから、改革の要請とはまったく別の動機、考え方で進めているのですね」
 ──つまりNHKとしては、不祥事への批判とは無関係に、すでに前会長時代から、組織をフラット化する方針を必要と考え、今回これを実現した、といってるんですね。NHKの場合、組織をフラット化すると、どんなことになりますか。
 「NHKの病の根源は、大組織の中央集権体制ですね。ここにメスを入れなければ、改革は始まりません。私が先回主張した“公共性を競い合う体制”のためにも、中央集権体制から分権体制への転換が必須です。しかし今回のフラット化と称する改組は、これとまったく逆行したもので、分権の芽を潰し、権限をトップに集中する方向です。これはNHK幹部が、過去の権力集中の弊害についてまったく考えていないことを示してますね。制作部門の4つの局に対する編成局長の権限が強まり、これまで局単位で決定されていた外部団体との協力・提携事業なども、すべて編成局長の承認が必要となったと聞いています」

地方と職人がつぶされていく

 ──分権といえば、今年4月と5月に、広島局を中心に中国地方の各局が、金曜夜の地域番組の時間枠を拡大して、“過疎”をテーマにした「ふるさと発スペシャル」を放送したという記事を先日読みました。金曜夜の番組編成について、東京一極集中でなく、地方局の自主性を尊重する方針によるもので、地元視聴者からの反応もよかったそうですね。
 「地方局は、潜在的に大きな制作力をもっていながら、それを地域向け、あるいは全国むけに随時生かすチャンスがありません。その広島の場合も、地域番組を全国に放送できたわけではないですね。金曜の地域番組の枠を、広島だけ50分延ばす許可をもらって、やっと大型の地域番組を地域に放送できたということです。しかし、それだけでも貴重な試みとして、新聞が記事に取り上げるぐらい中央集権の仕組みが固まっているわけですね」
 ──しかし、地域の情報番組の強さは分かりますが、ドラマなどは、どうしても、中央発になるんじゃないですか。
 「それが実は、そうでもないんです。たまたま、昨年、福岡発のドラマを数本見る機会がありましたが、実に新鮮な感動を与えるものばかりで、驚きました。先日、山田洋次監督が公共放送について新聞で語り、「公共放送は娯楽を重視してほしい。現在の朝ドラや大河ドラマには、どうしても満足できない」「会社的、役所的なシステムではユニークな演出家は育たない」といってましたね。しかし今後、地域の編成の自主性をしっかり確保できれば、新しい人材を育てる競争が始まる素地はあると思います」
 ──山田監督のインタビュー記事はわが家でも見てましてね、家内は「山田さんも、NHKドラマを最近のトマト扱いしてるのね」といってました。山田監督は、いまのNHKの弱点は「笑いが少ないこと、観る人をウキウキさせるような楽しい作品を作り出せていないことだ」という指摘をし、最後は、上層部が“職人”を理解せよ、と結んでましたね。
 「職人というのは、まさに前回お話しした人的資本そのものなんですね。じつは今回の人事異動は、経営効率化の旗印の下で、制作のベテランたちが、機械的に退職の対象になりました。これまでは、後継者のいない制作ノウハウをもった人は、貴重な人的資本だからと大切にされ、その身分の維持に配慮されていましたが、今回この配慮をさっぱり止めてしまいました。上層部が、公共性を支える力の源が何かを理解していないことを示していますね」
 ──ロンドンからパリへの引っ越し代と、ベテラン制作者の人件費を調べてみたくなりますね。改革、改革といってきましたが、このままだと結局、受信料の義務化だけで、視聴者にとってプラスはあまり見えてきませんね。
 「視聴者に役立つNHK改革は、小手先ではできません。いま官民の競争ということがいわれますが、放送の場合、NHKの固まった体質を解体するために、公共性を競う構造的な仕組みをつくることが必要ですね。さっき触れたNHKの、地域的・機能的な分権体制、そして前回触れた民間開放のチャンネルとNHKの競争です。そして3つ目は、民放がNHKと公共性を競う体制ですね」
 ──へえ、民放とNHKが公共性を競う? そんなことがありえますかね?
 「驚いてますね。これは適例が出てくるまで、しばらく宿題にしておきましょう」

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