Web草思
NHKのウワサ 眞木のぼる×田原茂行
第12回 “オークション”は見当違い──いまこそ公共性の競争を
漂流する改革論議

 ──前回話題になった70年代後半から80年代はじめのドラマの話を家内にしたら、『あ・うん』や『夢千代日記』の中身をよく覚えてましたね。そして、そういえば食卓の野菜も、そのころまでは、トマトはトマト、ホウレン草はホウレン草の香りがしてたけど、いまは見かけだけ立派で、さっぱり野菜の味がなくなったわ、といってましたよ。
 「いまのトマトの味は確かにひどいですね。スーパーでトマトを買っている人の多くが、日のあたったトマトの香りをもう忘れているでしょう。奥さんの言われるようにトマトもドラマも、中身の質の落差が大きいところはそっくりです。ただトマトの場合、対策はすぐ考えられそうですが、テレビドラマの場合、なぜこうもクォリティが落ちてしまったのか、そのワケをじっくり考えないと、何を、どう変えたらいいのか分からないでしょうね。いま放送行政の関係者とNHKが、てんでんばらばらに改革、改革といって、見かけだけの組織いじりを始めてますね。「船頭多くして、船、山に上る」という譬えがありますが、誰も船頭らしい方向感覚をもってないので、視聴者は行く先のない漂流船に乗せられたようなものです」
 ──新聞が、漂流船に対して灯台の役割を果たしてほしいところですが、どの新聞も断片的に、政府やNHKの発表をそのまま流しているだけで、全体として、何がどう進んでいくのか、さっぱり分かりませんね。新聞自体の、こう進むべし、という提言も見当たらないのは不思議です。
 「インターネットでNHKを論じているブログへの投稿を見ると、若い人の投げやりな公共放送不要論も増えているようです。このままだと、一昨年からの視聴者のNHK批判の動き、公共放送の在り方への熱い関心も、なんの具体的なプラスをもたらさずにしりつぼみになる可能性が高くなってきますね」

資金だけでは改革はできない

 ──しかし政府の規制改革会議(宮内義彦議長)の出した、NHKのBSチャンネルを減らして民間に開放するという案は、具体的で良いんじゃないですか? 最近BSの番組表を見たら、『アイ・ラブ・ルーシー』を再放送するというんです。いまさらあの『アイ・ラブ・ルーシー』を見るためにBS受信料を払う人がいるんでしょうか。こんなことにBSチャンネルを使っていていいのか、と思いますね。
 「『アイ・ラブ・ルーシー』はテレビコメディの記念碑的な作品ですが、これはNHKのBSチャンネルの時間を埋めるためでなく、アーカイブ専門チャンネルに使うべきものですね。BSチャンネルの民間開放は当然のことですが、この場合大事なことは、何のための、どんな形の民間開放かということです。先回私がいったような、インディペンデントの優れたクリエーターの参加を工夫し、NHKと公共性を競う組織が免許をもつなら私も大いに賛成です。ところが、規制改革会議は、「民間開放に当たっては、オークション制度を導入」といっています。オークション制度って何か分かりますか?」
 ──一番高い金を出す約束をしたところが免許をもらう、ということでしょうか。
 「その通りです。サッチャー政権末期のイギリスや、レーガン大統領以後のアメリカが民放の免許付与の方法として始めたものです。誰に免許を与えるのかはどこの国でも悩ましい問題で、オークションなら、申請者の談合による一本化や、政治家の介入による調整よりも透明性があってマシだという見方があります。しかしこれを最初にやったイギリスでは、番組制作能力と実績をもつ申請者がオークションで敗れ、ただ資金豊富なだけの申請者が勝ってしまい、民放の発展にとってはマイナスにしかならなかった。その影響でかつて世界の先頭を切った文字放送も、優れた文字放送局が潰れてしまい、ダメージを回復できないままです。まして日本の場合、これまで数千万人の受信料で支えてきたチャンネルを、金額の言い値の最も大きい組織にまかせるということで、現在より公共性の高い放送局の誕生を期待できますか? 資金競争なら、商社や金融・産業界の連携組織が強いことは分かり切っています」
 ──そういえば、衛星放送局WOWOWがそうでしたね。たしか、郵政次官を中心に素人経営者が集まって数百億円の金を集め、結局は倒産状態に陥ったのでしたか。WOWOWは、いまは報道部門のない娯楽専門チャンネルとして再建されてますね。
 「放送の歴史は戦後60年も経ているのに、行政も産業界も、放送の公共性の基礎が何であるかをいまだに分かっていませんね。今回のオークション案は、結局は思いつきのアドバルーン程度のものとして消えるかもしれませんが、基本的に放送行政が、根本的な改革理念をもたずに、バカの一つ覚えのように、経営効率化、競争促進という方針を押し通して行く状況が予想されます。その無思想、無責任のツケは視聴者に回ってきます」
 ──しかし、どこの国でも放送の公共性の維持に苦労している時代に、日本のBSチャンネルを公共放送の拡大に生かすような新しい発想があるんでしょうか。
 「新しい発想が必要だという問題意識を持てば、あり得ます。そもそも日本は、公共放送、商業放送の併存してきた歴史が、欧米各国よりもずっと長いのですから、どこも考えたことのないような新しい発想を考える責任のある立場といえます。私は、70年代以後に公共性が空洞化したのは、戦後の制度の理念と法が紙の上のタテマエと化してしまい、実際は、NHKと民放とが一緒になって、一般企業を上回る利益追求競争に明け暮れたためだと考えています。行政にはそれを放置した責任がある。その結果、世界の視聴者に誇れるような“公共性の競争”を促す制度づくりの可能性を潰してしまったんですね」
 ──公共性の競争?
 「戦後のラジオ放送開始の時、NHKを含むほとんどの免許申請者は、資本金の額ではなく、事業計画の公共性の程度を争って免許を得ようとしました。もちろん当時は、どこも実績などありませんから、経営方針の域を出ませんが、各社とも報道重視のプログラムを競い、スタッフの質の良さを主張しました。つまり放送企業は、公共性の競争を主目的として始まったわけですね」

人的資本力という新しい基準

 ──それが60年経って利益競争だけの業界になり、民放はアホな番組に熱中し、NHKは不正行為の巣となって、これからはチャンネルをセリにかけろ、という意見が出てきたわけですね。しかしこれに対抗する具体案がありますか?
 「60年の実績を生かせば、具体案はあります。例えば、BSチャンネルの民間開放についていえば、免許にあたって、資本金ではなく、人的資本を重視するという発想です」
 ──人的資本?
 「免許申請の要件を定めた省令の冒頭に、「確実にその事業の計画を実施することができること」という規定があり、従来これは財政的な基盤の確かさという意味に解釈され、運用されてきました。しかしこれを、人材とノウハウの基盤の確かさと解釈し、経営参加者の放送関係での経営実績、番組編成・制作の実績、その社会的評価・受賞の実績、得意な分野などを基礎に、番組編成計画の内容を具体的に比較評価するわけです」
 ──確かに60年もの歴史があるわけですから、全国の放送局と制作会社で、経営と番組制作・報道の実績をもつ人材が育っていることは確かでしょうね。
 「また不十分ながら、国内、国外の番組コンクールなどを通じて、公共的な番組の制作について実績をもつ組織と個人のデータは揃っています。もちろん、こうした人的資本の実績と、編成計画の公共性を評価できる眼力の有無が問題ですが、まず申請内容を公開し、視聴者の意見を求めることが考えられますね」
 ──人的資本の公開審査ですね。いままで、免許の審査は完全にブラックボックスでしたが、人的資本重視の方向は、審査の透明化と同時に、判断基準の根本的な転換ですね。民放とNHKの公共性の競争は今後もあまり期待できませんが、従来のNHKチャンネルが分割され、公共性を競う新しい組織が参加すれば、新しい競争がありそうですね。
 「実は、人的資本という発想は、昨年亡くなったドラッカーが最晩年に言っていた「カネの資本家から知の資本家へ」という考えと似ていて、彼は、一般企業が株主万能の時代から、人とそのノウハウを重視する時代になるという長期展望を示していました。ところが、他ならぬNHKがいま進めている人事政策は、人材もその人の持っているノウハウも無視したやり方です。これは、これまでの企業統治の在り方への世間の批判を、組織統合の要請だと勝手に曲解して、表面的なポストのスリム化を進め、中央集権化を強化する方針になっています。その中に、ヨーロッパ総局をロンドンからパリに移すという不思議な案もあります」
 ──海外支局は、これまで巨額の資金の扱いの不透明さが話題になった部門ですよね。はて、なぜロンドンからパリに? 週刊誌の出番でしょうか。
 「週刊誌の活躍に期待しつつ、われわれは、何がほんとの改革で、何が改革つぶしかを考えて行きましょう」

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