Web草思
NHKのウワサ 眞木のぼる×田原茂行
第10回 日本サッカーと日本のジャーナリズム
日本のテレビ番組の世界ランキングは?

 ──前回は、私が家内としたNHK番組の評点を肴にお話をうかがいましたが、家に帰ってまたまた疑問がわいてきました。
 「ほう、それは何ですか」
 ──先日、NHKと民放が競っていたワールドカップサッカー中継とその関連の番組をご覧になりましたか。
 「時々、見ていましたよ。私は日本が予選リーグで敗退してからのほうが面白かった。特に準決勝の試合はそれぞれ充実していたし、決勝は、ジダンの「頭突き」という劇的なシーンがありました。引退を前に次第に哲人のような顔つきになっていたジダンの予想もしない粗暴な行動は、世界的なお祭り騒ぎに覆い隠されて見えなかった現代の矛盾が突然噴出したと感じさせました」
 ──そうでした。あの出来事ですべてのゲームは色を失いました。しかし、ちょっと今日はジダンの問題とは違う観点でお伺いしたかったのです。
 「どうぞどうぞ」
 ──じつはね、ワールドカップサッカー中継での日本チームの無残さを見ていて、感じた疑問があるのです。ピッチの上で本気の戦いになったとき、日本チームの力量が国際的水準からは程遠いというのは一目瞭然でした。ところが日本のメディアがそれを正確に捉えていない、また知っていたとしても報道もしない、さらにいたずらに選手を英雄視し、希望的観測に終止していたことです。これは民放だけではなく、NHKも同じでした。
 「まったくそうですね。サポーターが盛り上がるのは当然として、メディアまで一緒になり、それに少しでも水を差そうものなら非国民扱いされそうな雰囲気でした。日本が予選リーグで敗退したあと、テレビの街頭インタビューでは、ようやく何人かの人があなたと同じように、メディアの騒ぎ方を醒めた目で批判をしていました。メディアのあり方の問題を、日本チームの欠点とも感じた人々もいたのですね」
 ──そうなのです。で疑問に思ったことというのは、私のNHK番組評点も、もしかすると同じ誤りを犯しているのではないかということです。NHKの番組は冷静に見て国際水準からするとどの程度の力量があるものなのか。日本のサッカー程度のものなのか。あるいは準決勝に残った強豪チームクラスのものなのか。番組を評価するときに、私たち夫婦の視点だけではなく、そのような国際的視点とは言わないまでも、もっと広い視野が必要なのではないか、と思ったのです。
 「なるほど、いい点に目をつけましたね。正直言って、文書で研究できる放送制度論は別にして、日本のテレビ番組を論ずる人々に国際的視野を持って論じることができる人はいません。そういう点では、あなた方とまったく変わりはありませんよ。いわゆる放送評論家があなたと違う点は、日本の放送業界事情に少々詳しいだけなのです。またその人々のかなりの部分が、メディアを所有している大新聞の記者なのです。これでは本当に自立した批評ができるわけはありません。そのことも、日本の放送界が閉鎖性、仲間内の馴れ合い主義を打破できないでいる原因の一つなのです」
 ──そういえば、新聞の番組評は、批評ではなくて番組のあらすじ紹介に終始して、ちょっとした感想が加えてある程度のものが多いですね。なんだこれは、私たちと五十歩百歩じゃないかと思っていました。
 「そうです。むしろ、業界先入観に汚染されているうえ、日本の程度の低いテレビ番組漬けになっている半職業的評論家より、あなた方生活者の目と感性のほうが正しく番組を評価できると私は思いますよ。どんどんやってください。そしてそれを放送局に、また世に問い掛けてください」
 ──だんだん自信が湧いてきました。

視聴者を酔わせる安直なストーリー

 ──ところで、NHK番組の国際的力量評価はちょっと措いておいて、もう一つ、ワールドカップサッカー放送で疑問に思ったことがあるのです。
 「さっき言っていた、メディアの騒ぎ方ですね」
 ──そうです。スポーツのお祭りを高い放映権料で買っているのでしょうから、視聴率獲得のため、いやがうえにも盛り上げたいのは分からないではないですけれども、どの局も、サッカー解説者の顔ぶれがちがうだけで、内容はまったく同じ。戦術分析といっても素人の私でもできるような予想です。そして最後は情緒一辺倒、日本チームの勝利への祈り一色。クールな分析、警告をする解説者も局もありませんでした。
 「これでよいのか。たかがスポーツとは言いながら、メディアのこの傾向に何か空恐ろしさを感じ、疑問をもったと言うのですね」
 ──そう先回りしないでくださいよ。同じようなことは、スポーツ以外でも起きていますよね。昨年の総選挙時の「刺客」騒動。ホリエモンのメディア買収と失墜。最近ではテポドン発射騒動。取り上げたらきりがありません。
 「スポーツ報道の姿勢が、シリアスなニュース報道にも現れていると言いたいのですね」
 ──そうです、そうです。いつのまにか、スポーツも政治・社会問題も同じ手法で語られるようになっているのではないですか。
 「私も同じことを感じているのです。私は以前からニュースの時間内にスポーツを入れることに疑問を呈していました。スポーツは真剣勝負とは言っても、エンターテイメントなのです。それを楽しむためにメディアはすぐに英雄を作り、それを伝説化し、庶民はそれに乗ります。試合経過は、あたかも軍記もののように語られ、叫ばれます。それが感情に訴え陶酔できるからです。しかし、同じ時間帯の政治・社会問題も面白くしようとして、安直にも同じような道をたどるのです。分かりやすい対立構造のストーリーを作り、ヒーローを作り、反ヒーローを作り、時にはヒーローを失墜させ逆転のサプライズに観衆を酔わせる。こうして、事態を客観的な目で冷静かつリアルに見つめ分析する力を奪ってしまうのです」
 ──政治や社会問題を大衆に興味を持たせるように扱っているけれど、実はジャーナリズムの基本姿勢を忘れているということではないですか。
 「それを「小泉劇場」のプロデューサーに巧みに利用されているのです」
 ──なるほど、相手のほうが一枚も二枚も上手と言うわけですね。
 「しかも、スポーツは視聴率が稼げるから、ニュース内で占める時間は長くなり、番組のどこに挟むかも戦略的にますます重要になっています。それが、政治・社会問題とスポーツニュースとどちらが重要と考えているか、わからなくなるような編集を引き起こしたりするのです」
 ──それで思い出しましたよ。2003年松井秀喜が大リーグに移った年のことです。イラク戦争の真っ最中でしたが、NHKは主要なニュースの時間に、松井のバッターボックスでの一球一球への対応のすべてを延々と映していました。それも、毎日です。日本国内にも世界にも伝えるべきことが沢山あるのに、何を勘違いしているのかと腹を立てていたのですが、NHKはそのころすでにヒーロー伝説を作り上げるために血道をあげ、ジャーナリズム精神を捨てて視聴者の目を現実から逸らさせていたのですね。
 「それに声をあげなかった視聴者は、NHKから甘く見られたのです。そしてそのようなことが、2年前金銭不祥事に際してNHK経営陣がとった傲岸不遜な態度を引き起こさせたとも言えましょう」

ジャーナリズムの堕落

 ──ヒーロー伝説と言えば、私の奥方が愛していた「プロジェクトX」もそうでした。
 「バブル崩壊後自信を失った日本人に勇気を与えようと、悪条件の中、独創的な物を作りだそうと悪戦苦闘した企業戦士を主人公にした成功実話ドキュメンタリーでしたね」
 ──そうです。最初は従来のドキュメンタリーとは違い新鮮で、感動しました。他局にない傑出したものという意味でも、5点つけてもいい出来でした。
 「前々回、英国公共放送BBCの「他の局とは一線を画す卓越した番組」を測る物差しに5つの項目を挙げましたね」
 ──高品質、挑戦性、独創性、革新性、人を惹きつける力。でしたね。このどれをとっても番組当初は満点に近いものだったのに、放送開始から2年を過ぎたときには我が家での評価もぐっと下がっちゃいましたね。
 「視聴者へのウケかたを覚えると発想がルーティン化し、現実の矛盾に満ちた過程を感動ストーリーのパターンで裁断し、どうです泣いてくださいとばかりになってしまいましたね。その結果が、事実とは違うパターン化したストーリーに仕立て上げ、取材相手から抗議されるところまで堕落してしまったのです。ジャーナリズム精神の退廃です」
 ──あれも、スポーツ報道・スポーツドキュメンタリーの問題と同根ですね。そのような退廃が現実をリアルに直視しなければならない分野に広がっているのが私には恐ろしいのです。これが日本人を動かしてゆくのかと。大げさですかね。
 「いやいや。司馬遼太郎氏がしばしば書いていましたが、日本が日露戦争にかろうじて勝てたのは、当時の日本には、現実を冷静かつリアルに見つめ分析する精神と能力があったからだ、しかし戦勝以後の日本の指導者たちは驕り高ぶり、それを捨て去り、現実を無視して日本を愚かな太平洋戦争へと突入させたのだ、とね」
 ──そうです。その恐ろしさです。テポドン打ち上げに対する日本のメディアの対応を見ていると、不安です。
 「特に国際問題となると、日本のメディアの情報収集能力はサッカー並みで、情報の出所が限られています。しかも、激しい情報操作合戦の只中にいるのだという自覚が日本のメディアにきわめて不足しているのも問題です」
 ──司馬遼太郎の言葉が重さを増す時代になってきました。
 「もう一つ付け加えると、最近もNHKで金銭不祥事が出ています。その一つがスポーツ報道部門なのです。この部門といい、紅白歌合戦といい、祭りにどっぷりとつかり、物事を冷静にリアルに見つめる精神と目がないところに、不祥事も起きるのですよ」

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