Web草思
NHKのウワサ 眞木のぼる×田原茂行
第8回 NHKよ、君は戦っているか
「ふれあいミーティング」では心許ない

 ──前回は「デジタル時代のNHK懇談会」のNHK会長宛の報告書の中で、特に政治からの自主・自律の問題について話し合い、とりあえず、政府・国会・NHKの三者でそれを尊重し保障する共同宣言をしろということになりましたね。
 「そう。問題が起これば、市民オンブズマンが検証する」
 ──これ、政治家が乗りますかね。
 「視聴者が声を大にして要求しましょう。政府・国会もわが身の潔白を証明するために賛成しないではいられなくしましょう。これくらいのことが出来ないで、放送法の抜本改正をしてNHKと国会・政府との関係を変えることなど出来はしません」
 ──この報告書では、その改正の具体策については将来に託されてしまいました。
 「それがこの報告書の弱点です。政府・国会の権限を奪い、視聴者を真の主権者にしてそれとNHKが直接向き合うように変えるのですから、大変な力技です。政府・国会の大抵抗に出会うのは必然です。委員には、懇談会の3年間延伸を要求して、具体案を作るところまでやってほしかったですね」
 ──具体案と言えば、懇談会議事録の中に、2011年にデジタル化が完成したときには、双方向機能を使って視聴者総会を直接開くことができるじゃないかというアイディアもありました。
 「双方向機能をそのように使うのは、クイズの回答回収に使うことより遥かに有益ですね。NHKは昨年「ふれあいミーティング」という視聴者との会合をはじめ、1年間で3万人を超える視聴者の意見を聞いたと自慢していますが、全視聴者のわずか0.5%です。これでは、10年で30万、100年で300万人の意見を聞いたとしても、6000万近くの視聴者の1割にも届きません」
 ──なるほど、まず国会をうんと言わせる。と同時に視聴者と直接向き合う仕組みを作る、ということですね。
 「そうです。しかし、放送法が変わったからといって、即自主・自律できるかといえばそうでもない。メディアとジャーナリズムは政治と絶えず厳しい緊張を保つ努力を続けていなければなりません。政治はメディアを情報操作のツールとして利用しようとし、思うようにならなければ恫喝するのもいといませんから」

政府と闘ったBBCの矜持

 ──以前あなたから英国公共放送BBCの抵抗の話を聞いたことがあります。
 「ええ。BBCは発足以来、政府からの独立を保障されてはいますが、時の政府と厳しく対立した時もあります。その時も、放送の不偏不党を守る努力を絶えずしてきたのです。そのために経営トップの何人かが辞任しているほどです。
 古い話ですが、アルゼンチンとのフォークランド紛争の際、BBCは「我が軍」「敵軍」と呼ばずに、「英国軍」「アルゼンチン軍」と呼び客観的戦況レポートを放送し続けたんです。これに時の首相サッチャーは激怒し抗議しましたが、BBC経営者は「家族を失った悲しみは、英国人もアルゼンチン人も変わらない」と言って方針を変えなかったそうです」
 ──ほう、さすが英国ですね。NHKにそのようなことを言える人はいますかね。
 「また、北アイルランド過激派によるテロが激しかったころ、BBCがそのリーダーについてのドキュメンタリーを作ったんです。その放送に、政府とそれに同調する経営委員会は中止を迫った。もちろん会長は反発し、真っ向から対立。結局、放送は守ったが辞任しました」
 ──放送を守って辞任。NHKはよくBBCのことをお手本のように言いますが、肝心のことは手本にしていないのではないですか。
 「もう一つ2004年には、イラク戦争報道でBBCとブレア内閣が激しく対立し、会長と経営委員長とが辞任した事件があります」
 ──それはどういうことですか。
 「イラクとの開戦時、ブレア内閣は国民を戦争に誘導するため「イラクは45分以内に大量破壊兵器を使用できる」としてイラクの脅威を強調しましたね」
 ──ええ、あのころはそういう秘密情報がいろいろ流れましたね。たしか、米国国務長官も安保理で、これが移動式の生物化学兵器工場だと航空写真を見せて演説していました。
 「ところが大規模戦闘が終決しても、大量破壊兵器は発見できませんでした。そこにBBCが、「ブレア内閣はこの情報がきわめて不確実であると知りながら、あたかも確実なものとして「情報報告書」の目玉にした」と報じたことがコトの発端です」
 ──つまり、政府が情報操作をしたとBBCニュースは言ったのですね。それはたいしたもんです。
 「当然両者は対立し、論争になりましたが、そのさなかに、BBCの情報源と目された大量破壊兵器専門家が自殺してしまいました。そこで議会に独立調査委員会が置かれました。調査の過程で、政府による情報操作の実態の一部が明らかになる一方、BBCの報道にもアドリブ部分の表現に問題があったことがわかりました。
 BBCは明らかになった事実に基づき、自らの反省点を含め、この事件全体を検証するドキュメンタリー番組を放送しました。BBCは表現上の問題はあったが、ニュースの大筋は間違っていないと自信を持っていたのですね」
 ──つまり大量破壊兵器についてのあやふやな情報が、誰かの手によって確実な情報に仕立てられた、ということですね。
 「そう。しかし特別委員会は大量破壊兵器情報の内容や信憑性の調査は委員会の任務ではないとして問わず、一方的にBBCニュースとその管理体制を非難しました。一方、大部分のメディアはBBCを支持し、独立委員会とブレアを批判しましたが、内閣と対立していた経営委員長と会長は辞任しました」
 ──視聴者はどう反応しました?
 「視聴者のBBCへの支持・信頼は揺るぎませんでしたよ。またBBC職員は自然発生的に会長支持のデモをし、多くの文化人・ジャーナリストが新聞に会長支持の意見広告を出しました」
 ──さすがですね。NHKにはそういう事例はないのですか?
 「残念ながら、放送内容で政府と対立し不偏不党を守って辞任した会長は一人もいません。それがあれば、視聴者はNHKを信頼し、一斉に受信料不払いに転じたりはしないでしょう」
 ──でも任期途中で辞任した会長は何人かいましたね。
 「3人います。が、どれも会長としての行動・判断が公共放送の長として相応しくないとして問題視された結果です。一人は、田中角栄の覚えがめでたかった郵政高級官僚出身の会長です。彼は軽率にも刑事被告人角栄の見舞いに公用車で行ったことが問題になった。二人目はロッキード事件報道つぶしで辣腕を振るった局長が会長になり、海外での行動について国会で虚偽答弁した責任が問われた。3人目はご存知、海老沢氏です」
 ──なんとも情けないですね。NHKの中には放送内容で政府・国会と対立しないように予め抑制する強力な網が張り巡らされているのではないですかね。

視聴者主権をないがしろにする支払い義務化案

 「この問題を話しているときりがありませんね。先の報告書のことをもう少し話しましょう。ほかにあなたが重要と考えた項目はどれですか?」
 ──受信料の問題です。以前から私たちも話題にしているように、支払い義務化反対、罰則化反対の記述には大賛成ですね。
 「報告書はNHKの受信料を『この国の文化と民主主義を支え、成熟させるために、視聴者が公平に負担する社会的コスト』と位置付けていますね」
 ──そうですよ、そのために私は20年以上も自発的に受信料を払い続けてきたのですから。
 「伺っていると、あなたは大変な公共放送必要論者ですね。日本の中にはそのような「社会的コスト」も負担したくない人々が増え続けていると報告書は言っていますよ」
 ──「公共」という考えを粗大ごみにしてしまったのはメディア自身の責任じゃありませんか。私なんかは、民放があまりにひどいので必要論者になったようなもんです。信頼はしてませんが期待はしています。だからこそ、金銭不祥事とか、政治との距離に対する疑惑にはっきりと答えないこととか、近年の番組の質が著しく低下していることに、裏切られたような思いがして怒っているのです。受信料支払い拒否は「視聴者主権」の行使と考えられると報告書にありましたが、今言った三点で目に見える改革・改善がなければ、私は「主権行使」組に加わろうと思っています。
 「しかしNHKは支払い拒否をそうは考えていないばかりか、政府・自民党の餌に安直に飛びつき、支払い義務化賛成を打ち出している」
 ──お上の力を借りれば視聴者は言うことを聞く、と思ったら大間違いだと声を大にして言いたいです。義務化は私の自主性の否認です。そうなったら私は即支払い拒否ですよ。
 「もう一つ、「社会的コスト」論を認めたとして、くどいようですが、契約というのは第一に対等でなければなりません。国の権力をバックに迫る契約というのは、正当な契約でしょうか。第二に何を契約しているのか内容がありません。放送法に決められている業務というだけでは、漠としすぎていて契約内容にはなりません。より具体的な「NHKの約束」をいちいち視聴者に示して合意しなければならないのに、そのシステムもない。またNHKが約束に反したとき、つまり契約義務違反をしたとき、視聴者の対抗手段が確保されねばならないのにそれがない。これでは対等とは言えません。それに真の契約当事者である視聴者(国会ではありませんよ)への説明責任義務が明確ではありません。視聴者からすると、義務違反があった場合に訴えるべき相手が、NHKの経営委員会なのか、会長および執行部なのか、あるいは両方なのか。「契約」一つとっても問題山積です」
 ──たとえば放送内容の改革について、「人にやさしい放送」とか「NHKらしい番組」と言っていますが、これでは何も言っていないのと同じで「約束」になりませんね。「NHKらしい良いところ」もあるかもしれないけれど「NHKらしい悪いところ」もたくさんあります。それも一緒くたに認めろと言っても認められませんよ。われわれが望むドキュメンタリーや歌謡番組といっても安直な質の低いものではいけません。
 「前回、これから10年のBBCの使命を記した「白書」のことにちょっと触れました。詳しくはインターネット上で読むことができますが、その中で、番組のあり方について規定している言葉があり参考になりますよ」
 ──ほう……。
 「『BBCの放送は他の局とは一線を画す卓越したものでなくてはならない。そのためには、高品質、挑戦性、オリジナリティ、革新性、視聴者をひきつける力が必要でそのうち一つ以上の要素はもっていなければならない』」
 ──なるほど。しかし良い番組はそのすべてを持っているじゃないですか。
 「そうです。全部ですね」
 ──NHKも自分たちの良いところと言うならせめてこれくらいのことは宣言してほしいですね。
 「しかしこれは言うは易く、実現するには大変な力、しかも創造的に戦う力が放送現場に必要なのです。組織との戦いを、上司との戦いを、そして妥協しそうになる自己との戦いを持続する力が必要なのです。そのような力に溢れた緊張感のある職場には、金銭不祥事など起こりようもないはずです」
 ──その努力をしていないところに起こるのですね。
 「そうです、法令遵守だけ厳しくすれば良いと考えていたら甘すぎます」
 ──受信料を払い続けてきた私も甘いですかね。

草思社