Web草思
NHKのウワサ 眞木のぼる×田原茂行
第7回 まだまだ、大事な視聴者への「NHKの“約束”」
見せかけの改革姿勢

 ──前回はNHKが受信料の支払い義務化を言う前に、契約当事者として視聴者に対してしなければならない義務があるだろう、それを「NHKの“約束”」という形でもっと具体的にはっきりしろということでしたね。
 「そもそも契約というのは対等に交渉するものであり、内容があっての契約ですからね。「NHKらしい番組」なんて怪しげな空文句ではだめだと、ヨーロッパの公共放送の例を引いたりしました。たとえば約束の第一に、毎週定時に本格的ドキュメンタリー番組を放送しろとかね」
 ──あれからウチの奥方と話し合ったら、NHKに果たしてもらわなければならない義務はまだまだ出てきました。
 「そうでしょう。それを聞かせてください」
 ──その前に、最近「デジタル時代のNHK懇談会」が報告書を出しましたね。
 「NHK会長へ宛てて提出された報告書ですね」
 ──この懇談会には文化人やジャーナリスト、前知事、財界人、労組代表、IT会社社長、福祉事業従事者等が集められ、前の二つの会議とは違って政治や経済の論理ではなく、視聴者の目でNHKの問題を考えようとしていると聞いて期待していたのです。それで教えていただいたNHKのホームページで議事録をときどき覗いていました。それによると、NHK予算を国会で審議するのを止めなければ、NHKは本当の意味で視聴者の方を向かない、とまで言っている前知事委員もいて、これはおもしろくなるな、と。
 「あなたもNHK問題にのめり込みはじめましたね」
 ──いやいやそれほどではありません。で、今回の報告書の全文もNHKのホームページの小さな「経営情報」という項目の中に発見しました。
 「いよいよ、本物です。多くの視聴者があなたのように関心を持ってくれるといいのですがね」
 ──読んでみると『公共的性格を持つ放送は、産業振興策の道具などではなく、ましてや政争の具などに利用してはならない』という言葉があって、おや、何かなと思ったのですが、例の竹中総務大臣の「通信・放送の在り方に関する懇談会」とオリックス宮内会長が議長だった「規制改革推進会議」の答申に対する批判だったのですね。これらは政財界主導の政府系の懇談会でしたが、NHK会長宛てというこの報告書はどう位置付けたらよいのでしょう?
 「当然オフィシャルなものではありません。政界では、NHKが応援団を集めて何かほざいていると思っているのでしょう。それを証拠に、総務大臣と現在の自民党の通信・放送のボスとはこれを無視して話し合いを進め、肝心の問題には少しも踏み込まず、受信料の支払い義務化と衛星一波削減で妥協し、自民党の骨太方針に書き込むつもりだ、と報じられています。削減される衛星波も多分使用しなくなるアナログハイビジョン波でしょうからNHKにとっては何の痛みもありません。これでは以前われわれが話し合ったようにNHKの焼け太りですよ。NHK会長は一方で懇談会を1年にわたって行い改革姿勢を見せながら、水面下では焼け太りの方策を講じていたのかと勘ぐりたくなるような絶妙なタイミングと結果です」

「NHKにやさしい表現」

 ──しかし、私から見るとこの報告書には良い論点もあります。けっして無視できないものを含んでいると思うのですがねぇ。
 「確かに、拙速に結論を出した他の懇談会答申と違い、12カ月もかけましたし、ほとんどの委員が視聴者の視点で率直に意見・疑問を提出し、真剣に議論しただけのことはあります。しかし議事録はあんなに生き生きしていたのに、報告書になると「NHKにやさしい表現」になっているのが残念ですね」
 ──「NHKにやさしい表現」なんてどこかで聞いた言葉ですね。
 「NHKの「新生プラン」の中の言葉ですよ。「人にやさしい放送」という何を意味しているのか判らないやつです。NHKはそういう表現になるよう巧みに誘導出来る委員を配置しているのですよ。
 たとえば懇談会座長にIT技術系の教授を置いて、NHKの根本問題に行きがちな議論の流れをコントロールし、NHKが望む通りにデジタル技術の活用による付加サービスと技術研究所が必要だと答申してもらうとかね。また現NTT顧問という名で元総務省の放送行政の高級官僚をメンバーに入れて、議論が現行法制から著しく逸脱しないような発言もしてもらっています」
 ──なるほど、そこまで深読みしませんでした。
 「そもそも12カ月は日本では長いかもしれませんが、国際的な基準では短い期間です。たとえば英国BBCの場合は、今年切れる特許状の次の10年をどのようなBBCにするか議論するために、文化・メディア・スポーツ省がパブリックな「委員会」を組織し、2003年から調査・議論・ヒアリングを繰り返しているのですね。あいまいな「私的懇談会」ではないんですよ。そこが2005年3月に中間報告として「グリーンペーパー」を発表し問題点を列挙した後、さらに1年かけて広く各界・視聴者の意見を求め、修正した上で、「ホワイトペーパー」を発表したのが今年の3月。どうです、この周到さは。しかも内容はきわめて具体的です」
 ──ほう、3年もかけているのですか。
 「それだけ深い問題だということです。ところであなたはこの報告書に良い論点があると言いましたね」
 ──ええそうです。ひとつは、委員が民主主義社会の成熟という観点から日本の文化とジャーナリズムのあり方を考え、NHK改革を議論していることですね。しかも官僚的作文ではなく、改革への期待が熱っぽく語られていると感じました。
 「なるほど、それはこの種の文書としては他にない特色ですね。たしかに今回の報告書はNHKが作った「新生プラン」よりはるかに突っ込んで論じていますが、具体的なことはNHK任せにされています。要するに、私的懇談会だからと言ってNHK会長がポケットににぎり込んでしまえば、おしまいです。経営委員会がこれを尊重する義務もない。NHKが良いとこ取りをする恐れもありますよね。会長の私的懇談会というような性格ではなく、視聴者も注目し実行を監視するようなオフィシャルな性格にするよう、委員一同で要求してほしかったですね。このままでは、残念ながら政府と与党が合意した枠組みの中で「改革」は終わってしまう危険性が大です」
 ──それはいけません。報告書はNHKがこの内容をどう実行するか将来検証する機会を持ちたいと言っていますが、NHKが裏切ったら怖いぞくらい言ってほしいですね。

情報公開制度のうそ

 「ところで、報告書の中で何が一番重要だと思いました?」
 ──「おわりに」という章で、『公共放送の自主自律のために、放送法は根本的に再検討されるべきである』と言っているところです。これはまさしくわれわれも話し合ってきたNHKと国会との関係のことですよね。
 「そうです。そこについてはさらに具体的に踏み込んでいます。NHKの視聴者をないがしろにした金銭不祥事も、政治からの自主自律への不信も、その根源は制度的・構造的なものではないか。経営委員の任命から毎年の予算まで国会の承認を得なければならないところに、NHKが政府や政党や政治家の意向に必要以上に気を配り、肝心の主権者である視聴者を軽視する傾向を生み出してはいないだろうか。二つの問題は一見別々に見えるが同根であると指摘しています。その上で、これを生み出している、少なくとも遠因を形成しているのは現在の放送法ではないか、と疑問符を付しながら言っています。これは疑問符をつけずに言ってほしい。私に言わせれば、諸悪の根源はここにあるのです。これは「おわりに」ではなく「はじめに」です」
 ──予算を通すために日常的に議員会館を走り回り、そこさえ納得させれば視聴者はどうでも良いというようになってしまっているのですね。議事録を見ると女性ジャーナリスト委員が国会活動の実態とコストを提出しろと言うと、会長以下、懸命に言い訳をして、あいまいな説明で終わっています。なぜ全部情報公開できないのですか。
 「以前にも触れましたが、NHKの情報公開制度は、自己防衛一辺倒ですから。企業活動に差しさわりがあるとか記録がないとか言って、国会活動に関する情報公開請求をはねつけているのです。なぜ国会議員への活動を公開することが企業活動に差しさわりがあるのか。もし放送法に基づいて活動しているのなら、誰と会い何を話したか堂々と公開すべきでしょう」
 ──それくらいの日誌や業務報告書さえ作成させていないというのもおかしい話ですね。
 「ところが一方、聞くところによると、例の政治家の番組への圧力があったのではないかということで脚光を浴びた「ETV2001」についての裁判で、番組制作の首脳陣が番組カットを指示したと言われる問題の場に、国会担当の経営幹部は同席していなかった、総務省に行っていたのだと証明するために、NHKは当日のハイヤー発注伝票を見つけ出し、証拠として提出したそうです。自分の身を守るためには情報を出すが、視聴者の請求は無視する身勝手さです」
 ──そういえば議事録によると、女性ジャーナリストが「この番組を見たら編集があまりに不自然だ。今までNHKの番組つくりにいろいろと参加したがこのようなことはなかった。NHKの言うように政治的圧力がなかったというなら、編集の全過程を見せてくれ、そうすれば、NHKの主張が正当かどうか判るだろう」と要求していました。するとNHKは「現在裁判中で見せられない」と言う。では「裁判終了後に見せ、第三者委員会で検証したらどうか」と言うと、「見せられない、外国でも例がない」と言い張るんですよ。この発言に対しメディア論の学者が「カナダでは、問題があるときは放送オンブズマンが編集過程を調査し公表する制度がある」と反論していました。
 「そうでしたね。これほど重要な問題でも、NHKには情報を公開して視聴者にきっちり説明責任を果たす気がないのです。「視聴者第一主義」なんて口先だけです」
 ──情報公開制度の抜本的改革による国会活動および番組・報道情報の開示と、番組苦情についての第三者検証委員会の設置を『NHKの“約束”』にぜひ入れましょう。
 「当然です」
 ──それにしても、なぜこれほど重要なことを「おわりに」にしたのでしょう。
 「放送法での国会との関係はNHKを超えた問題で、NHK単独ではどうしようもないと誰かが誘導したのでしょう。しかし、時間がかかるならば、その前にできることがあります。それを提案するべきでしょう」
 ──たとえば?
 「たとえば現在は、放送の政治からの中立・独立をNHKのみに課していますが、政府・国会・NHK三者共通の義務とし、政府と国会はそれを保障する旨の共同宣言をするのです。またそれを担保するために、政府・国会との接触のすべてを情報公開すればいい。もしも、政府・議員側に放送内容に疑問・不満があれば、きちんと文書で申し入れることとする。それについても一般視聴者と同様に苦情処理組織で対応し、議員だからといって特権を持たせない。また議員の申し入れ文書はすべて公開することにすればよいのです。これで完全というわけには行きません。ルールを無視したインフォーマルな形での介入は必ず起こるでしょうが、NHKは以前より毅然とできるはずです」
 ──それをさらに、お手盛りではないオンブズマンが監視する、と。
 「そうです。こうすれば、放送法を改正するのに手間取っていても、とりあえず少しは事態が改善されるかもしれません」
 ──これも「NHKの“約束”」に入れなければいけませんね。

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