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NHKのウワサ 眞木のぼる×田原茂行
第6回 NHKの“約束”とは
公共放送の義務と説明責任

 ──先日こちらでうかがった「NHKは潰れそう」という話を家内にしたら、「好きな番組が見られなくなる」って頭を抱えてましたね。
 「NHKの中で潰れそうだと心配してる人は、政府の後押しで受信料対策の格好がついても、肝心の視聴者の信頼感が崩れては、NHKは成り立たないと考えてるんですね。だからほんとの問題は、これから何が消えて何が残るかですよ。奥さんが好きな番組というと?」
 ──やはり“歌謡コンサート”でしょうね。NHKが潰れて民放だけになったら、“歌謡コンサート”で出番の多い氷川きよし、八代亜紀、他に誰だったか、滅多に見られなくなる歌手が何人もいる、といってました。
 「たしかに民放には、まともな歌謡番組がほとんどないですね。日本は音楽そのものは盛んなのに、テレビの音楽番組はまったく貧しいですからね」
 ──「娯楽は公共性がないから、NHKは報道中心のチャンネルにする」なんて政府の答申案がもし通ると、歌や音楽番組は専門チャンネルで見ろ、ということになるんでしょうか。
 「専門チャンネルの歌番組と、総合放送の歌番組は別物だと思いますね。歌は世に連れ、世は歌に連れで、総合放送の歌番組は、いまの世相を映す鏡で、一種のジャーナリズムでしょ。私が先週話題にした「NHKの義務」というのは、例えば、歌番組や音楽番組を今年はどう編成するか、というような具体的な方針を公表し、それをきちんと実行する義務なんですよ」
 ──放送局の義務っていっても、だれが、どんな風に決めるんですか。
 「いまヨーロッパの多くの公共放送局では commitment、日本で“約束”と翻訳されてますが、視聴者への具体的な約束を公表し、その実行を“義務”として請け負っています。1996年にBBCがカラー刷り52ページの小冊子として配ったものが最初です。国王からの特許状、そして政府と交わす契約書の二つの文書の内容を前提に、BBCが、視聴者に対して commitment を行い、その実行方針を練り上げた文書です」
 ──52ページというとかなりの分量ですね。
 「多チャンネル化が進む中で、法律で保護される公共放送は、視聴者に対して特別の義務と説明責任を負う、という考えから生まれた制度です。「全国放送番組の少なくとも3分の1を、ロンドンとイギリス東南部以外で制作する」とか、「少数民族の特殊な関心に応える番組を提供する」という具体的な編成方針もあれば、「イギリス文化のあらゆる形態が反映されるよう関連の人材の育成に努める」という活動目標もあります。報道の公正さは第一項目にありますね」
 ──音楽番組なら、どんなことが書かれているんですか?
 「アイルランドの公共放送RTE(Eは上にアクセント記号)の場合には、「少なくとも200時間の音楽、娯楽番組」という項目があり、「RTEはナショナルシンフォニー・オーケストラの演奏会を67回以上放送する」という数量的な約束があります。そして翌年、その実績を報告します」
 ──なるほど。日本の場合なら、民謡の放送時間の数量化は意味があるかもしれませんね。沖縄はブームに乗ってますが、我が故里の九州の民謡は、まったく冷遇されてますからね。

NHKが「約束」した内容

 「実は昨年6月、NHKは不祥事への批判を受けて、「NHKの約束」というものを発表したんです」
 ──へえ「NHKの約束」ですか。
 「しかしこれがわずか6項目、30行に満たないものだった」
 ──30行とは、また、かなり急ごしらえですな。それで何を約束していると?
 「外国から「約束」という言葉を拝借してますが、中身はカラです。「よりよいNHKを目指し」「みなさまにお支払いいただいている受信料にふさわしい豊かで良い番組を充実し」、緊急災害、地域社会の発展、障害者・高齢者に向けた“人にやさしい放送”、子どもたちを健やかに育む番組などの強化、そして不正の根絶、信頼の回復、経費の節減による事業運営を行うなどの項目だけ並んでます。最近の政党の公約のほうがマシですね」
 ──「不正の根絶」は一言ですか。いまは、それができなかったことの説明が大事だというのに。「NHKだからできる番組」なんてことも新聞に出ますが、これも内容がないですね。
 「各国の commitment を見ると、内容を書く前に、内部の人が突っ込んだ論議をしていることが分かります。ドイツの公共放送ARDの場合は、受信料の値上げを納得してもらえるように、BBC並の60ページのカラー刷りのパンフレットで、最新の文化、ドキュメンタリー、宗教など10の番組分野の内容、分量に触れ、取り上げる音楽祭を挙げています。基本的な理念については、「ARDはそれ自体がドイツの文化の一要素である」と表現されてます(横山滋「ヨーロッパ公共放送の事例から」『放送研究と調査』2006年3月号掲載)。各局とも近年、数量的な約束が増え、その結果報告が義務化されてきてますね」
 ──NHKは表現の専門家が揃ってるはずなのに、どうしておざなりなきれいごとばかり書いて、われわれの心に触れる言葉が、まったく出てこないのか、不思議な気がしますね。
 「それは番組の制作姿勢にそのまま現れてます。NHKの報道番組は、総じて曇ったすりガラス越し、歪んだレンズ越しに世界を見せるような印象がありますが、それはこの20年来、NHK内部で権力を握ってきた報道部門のジャーナリスト感覚が劣化している証です。ひたむきな事実取材を軽視してきたし、幹部の判断力も鈍っている。だから自分の組織の問題点を分析できないし、常識はずれの企画のチェックもできません。例の戦時性暴力をめぐる番組では、制作者は異動になりましたが、企画を通し混乱した番組を放送した幹部の責任は棚上げですからね」

ドキュメンタリーの大切さ

 ──そういうNHKとしては、まずどんな約束を考え、義務を負うべきなんでしょうか?
 「囲碁でいえば第一着として、NHKは、番組改革と職員の自己教育のために、毎週、定時のドキュメンタリー番組を組み、若いスタッフ全員をこれに参加させる機会をつくるべし、というのが私の提案です。テレビの組織は、ドキュメンタリー部門が、速報ニュース部門と拮抗する力をもつことで、初めて、日々の重要問題から逃げないで、公正な報道を競うことができます。速報ニュースは、公式発表、事件報道に依存しますから、これだけやってると、実生活に対する感受性が衰え、また取材対象である役所、政党、団体組織との癒着が避けられません。そんな番組をやってれば、組織の末端も間に合わせの言葉を平気で使う組織になりますよ」
 ──そういえば昔、毎週1回、目からウロコの落ちるようなドキュメンタリー番組の枠があり、毎週話題を呼んでいましたが、いまは数も少ないですね。「プロジェクトX」はドラマ仕立ての疑似ドキュメンタリーが多く、NHKスペシャルは、あったりなかったりで。
 「最近始まった「日本のこれから」シリーズは、長時間の討論番組として面白い試みですが、制作者が裏方に回ってしまって、問題を正面から受け止める局側の姿勢がみえませんね。しかしドキュメンタリーは、制作者が社会と視聴者に直接向かい合う真剣勝負の場になるんです」
 ──民放の土日の午後や深夜で、時々、これぞ放送の公共性、といえるようなドキュメンタリー番組を放送してますね。
 「大阪朝日放送は、労働省、厚生省などが揃って隠蔽したアスベスト被害の実態を発見し、工場付近の住民の被害を初めて突き止めました。このドキュメンタリー番組がなければ、日本のアスベスト被害の真実はだれにも知られないままになっていた可能性があります。実はこの番組の制作者は、かつて、横田めぐみさんの行方不明が拉致と判断される糸口をつくった人です。ドキュメンタリーの制作を続けることは、ニュース報道と競う形で、優れた制作者を育てる場をつくることなんですね」
 ──では、「NHKの約束」の第1項は、毎週定時のドキュメンタリー、で決まりですね。7項目あたりでいいんで、氷川きよしの歌謡番組も入れといて下さい。

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