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ビバ・メヒカーナ 大倉直
第2回 実業家の道理
mexicana02.jpg 京都生まれの西田孝志が、世界旅行へ出発したのは二十二歳のときだった。アジアからヨーロッパ、アメリカ、そしてメキシコに入国する。本来ならさらにラテンアメリカを南下していく予定だったのだが、彼の旅はここで突然に終わった。
 メキシコ人少女と恋に落ちたのである。そのまま結婚、京都へ戻った。孝志二十三歳、モニカという新妻は十七歳だった。
 ふたりはしばらく日本で暮らしたあと、インドネシアで事業をしていた孝志の父親のもとで三年間働く。
 私が西田夫妻と最初に出会ったのは、彼らがインドネシアからメキシコへ戻ってきてまもなくである。私はそのころ一年間、メキシコに滞在していた。もう十年以上も前のことになる。
 「ホテルをつくりたいんですよ」
 孝志からそうきかされたときは、本当にびっくりした。彼は当時まだ二十代の若者だった。
──ホテル?
 孝志は落ち着いた話し方をする男だった。
 「もちろん、いきなりというわけにはいかないですけどね。まずは小さなペンションをつくろうと思っているんですよ」
 自分の足で歩きまわり物件を探している最中だという。そこで資金を蓄え、経営の勉強をして、やがて自分が納得のいくホテルを建てたいと彼は考えているらしかった。
 その後、私がメキシコから日本に帰ったのちに、孝志はメキシコシティの繁華な地区に土地を買い、こぢんまりとした宿を新築、開業した。私はその行動力に驚嘆しつつ、さあ十年後にはどこかのリゾート地に本格的ホテルか、などと次なる展開を期待していた。
 ところが数年たって実に意外なニュースがきこえてきた。孝志が夫人と別れて、自分のペンションを手放したというのだ。メキシコシティからタスコという町に移ったという噂も伝わってきた。
 メキシコシティからバスで数時間、かつて銀山として栄えたコロニアル調の小さな町・タスコに、私は孝志を再訪した。
 銀製の指輪やペンダントなどを自分でデザインし、タスコの職人を雇って近くの工房でつくらせ、それを日本の小売店に卸して生活をしていた。ペンション経営者からデザイナー兼務の輸出業者へと転身したことになる。
 「もともと絵や骨董や写真なんか好きですからね、シルバーのデザインもそれほど自分が好きなことと離れていないと思うんですよね」
──ペンションを手放すことに抵抗はなかった?
 「ペンションの仕事は、それほどおもしろくなかったですね。なんでこんなアホの相手をやらなあかんのかなあって。ホテルはいまでもやりたいですよ。でも自分が相手にしたい客はこれじゃないって思ってましたねえ。商売としてはうまくいってましたけど」
 孝志が建てたのは安宿であり、宿泊者の中心は学生などの若者だ。たいした中身のない「アホ」も多かったことだろう。当たり前といえば当たり前だが「やってみるまではわからなかった」という。借金もろとも不動産をモニカに譲り、孝志はひとりでタスコへやってきた。
 ここは町全体が急斜面にへばりつくように広がっているのだが、孝志の家も石畳の細い道から急な長い階段を息を切らせながらのぼった先にあった。邸宅と呼ぶのにふさわしい風格がある。見晴らしのいいテラスで私たちはコーヒーを飲んだ。
──日本むけのアクセサリーって、メキシコ人むけとは何かちがうの?
 「まったくちがいますよ。日本人はね、こぢんまりとしたのが好きですね。そして細部にもこだわるっていうか、うるさいですよ。メキシコ人は大雑把な指輪なんかでもあんまり気にしないみたいですねえ」
 ただこの仕事は日本のブームや景気にふりまわされるので、別の商売を並行してはじめようと孝志は考えていた。
 「タスコにはカフェらしいカフェがないんですよ。ここは欧米人の観光客も多いですからね、カフェを開くことにしたんです。近くですから、いまから見にいきませんか」
 すでに内装工事は終わっていて、白い壁に孝志の知り合いが描いたという大きな油絵が二枚かかっている。小さな木のカウンターにはエスプレッソのマシーンが置かれているのだが、それがまた古い映画にでも出てきそうなアンティークなのである。いかにも孝志らしいカフェができあがりつつあった。
 ペンションを新築したかと思えば、アクセサリーのビジネスに手を染め、今度はカフェである。自分で何かの事業を起こそうなどと考えたことのない私には、信じられない活力だ。
 「いえいえ、それは日本の感覚で考えるからですよ。日本ってどんな商売をはじめるにしてもお金がすごく必要やけど、ここはメキシコですから」
 私は一番知りたかったことを訊ねた。
──で、モニカとは何があったわけ?
 孝志はニヤッとする。
 「ぼくは結局、絵のこととか、文化的なことっていうか、もっと深い話ができる相手を求めてたんやと思いますね」
 モニカは孝志から覚えた関西アクセントの日本語をあやつる、楽しくてほがらかな人である。
──でも彼女が好きで結婚したんじゃないの?
 「まあモニカとはそういう話はできないけど、おもろい人やなあって思って結婚したんですけどね……」
 深い満足感は得られなかった、ということなのだろう。
 ただ住居を兼ねたペンションから、モニカを追い出そうとは思わなかった。離婚を決めたのが自分である以上、出ていくのは自分であるべきだ、それが孝志にとっての道理というものであった。
──日本に戻ろうとは思わなかった?
 「思いませんでしたね。日本で一からはじめるのも大変だし、もちろん日本でサラリーマンをやるつもりもありませんしね。いまはいい家が見つかって、いい職人さんとパートナーになれて、商売もそこそこ順調ですし……。そうやって自分の居場所さえできれば、メキシコは暮らしやすいところやと思いますよ」
 メキシコ人のいい加減さには腹の立つことも多いけど、と孝志は補足した。
 「特に時間ですね。三十分、一時間、平気で約束に遅れますから。結局こないこともあるし」
 もうメキシコ人と恋することはないと思う? と私が訊くと、ハハハと笑うだけで答えなかった。
 ところで……。この日本人実業家からペンションを譲り受けたモニカは、どんな暮らしをしているのだろう。彼女にも会いにいってみよう。

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