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ビバ・メヒカーナ 大倉直
第1回 オーナーの泣き言
mexicana01.jpg メキシコシティの路地裏、こきたない雑居ビルの二階にそのマンガ喫茶はあった。
 日本のマンガ本が棚にずらーっと並び、いくつか置かれたソファではメキシコの若者たちがそれを読みふけっている。スペイン語に訳されたものではなく、みんな原書を読んでいるのだ。
 この店を経営している安藤修は苦笑まじりに小声でいった。
 「ここにきているやつらの話ってすごいよ。俺は誰々っていう作家の作品を全部持っているとかさ、しかも海賊版じゃなくてオリジナルを持っていることが彼らには大切なんだよね。馬鹿じゃないかと思うけど、そういうお客さんが大切」

 一九九〇年代の半ば、私はメキシコに一年あまり滞在していたのだが、そこで安藤修と知り合った。なかなか風変わりな人物だった。
 私と同世代の二十七、八歳だった彼は、日本から大量に持ち込んだキーホルダー、ぬいぐるみ、おもちゃ、服、ポルノ雑誌などを、ファナというメキシコ人のガールフレンドといっしょにメキシコシティの路上で販売しながら日々を暮らしていたのだ。どれもすべて中古のガラクタである。
 「なんでも安くすればね、めずらしがって買うやつがいるんだよ」
 どうやってこのガラクタを集めてきたのかと私は訊いた。
 「実家の押入れにあったものもあるし、友だちからいらないものをもらったり……。あ、あと粗大ゴミね。日本の粗大ゴミってすごいよねえ。つかえそうなものばっかりじゃん。いろいろ拾ってきたよ」
 しかし継続的にガラクタを日本から仕入れるルートを持っているわけでもなく、修はそのうち「あー、もうぜんぜん金ないよ。売るものもないし……」とつぶやくようになった。
 メキシコには鶏の丸焼きを売る食堂が多くあるが、あるときから修は「鶏屋をやりたい」といいはじめる。やがて一念発起した彼はファナを連れて埼玉の実家へ帰り、資金をつくることにした。
 「でも日本人ってラッキーだと思わない? ちょっと自分の国でがんばれば結構な金がたまるもんね」
 半年間地元の工場でアルバイトをし、貯め込んだ百万円を元にメキシコで鶏の丸焼き食堂をオープンさせた。そのころファナと結婚する。
 十年ぶりにメキシコを再訪してみると、修は路上のガラクタ屋から鶏屋を経て、マンガ喫茶の経営者に転身していた。
──鶏屋、うまくいかなかったの?
 「いや、そこそこもうかっていたよ。そのときに日本のマンガ本を置いてみたことがあるんだよね、店に。字は読めなくても、客が待っているあいだにパラパラ見るかなって思って。そしたらそれを売ってくれっていうメキシコ人が出てきたわけ。それで安く売ってあげたら、そのうち『ここでマンガ買えるんだって?』ってわざわざ訪ねてくるやつまであらわれてさ」
 その後一時帰国したときに、ためしにと思い修は中古のマンガ本を数十冊買ってメキシコに戻ってきた。
 「アメリカンコミックを売っている店に行って、それを置いてもらったんだよね。そして次に行ったらもう全部売れていて、『もっとないのか』ってその店のやつがいうんだよね」
 食堂の大家と少しいざこざもあったので思い切って店を閉めて、日本のマンガ本をメキシコシティの古本屋などに卸す仕事をはじめた。
 「本だけじゃなくて、アニメのビデオやキャラクターの小物とかさ。持ってきても持ってきてもどんどん売れたよ。本当だよ」
 欧米やアジア諸国で日本のマンガが人気だという話は、私も以前から知っていた。しかし修によれば、ラテンアメリカの国々でも日本のマンガ・アニメ文化を偏愛する若者は決して少なくないという。
 「でも古本屋のやつらはさ、俺から仕入れたものをその何倍もの値段で売ってたんだよね。そのうち自分たちでもっと安い台湾のルートとか香港のルートとかを開拓しやがってさ。それでもう俺も自分で店を開くことにしたの。日本の知り合いに仕事のパートナーになってもらって、仕入れはその人から送ってもらうことにして」
 修は数年前にマンガ本屋を開店し、そして最近になってこのマンガ喫茶もはじめたのだった。
 十八歳という客の少年に、私は日本語で声をかけてみた。
──日本のマンガ、いつから好きになったの?
 「十二歳のとき、テレビで日本のアニメ見ました」
 それがきっかけという。メキシコ人作家のマンガは「絵がきたない」し、スペイン語に訳された日本のマンガは「好きじゃありません」。やはりマニアは日本語のまま読むのが本道ということらしい。
──日本語はマンガでおぼえたの?
 「はい。いまは学校に行って勉強しています」
 少年は自分でマンガを描くことも好きだというので、ちょっと描いてくれないかと頼んだ。鉛筆でさらさらといかにも少女マンガ風の女の子を紙上に出現させていく。顔が終わるとつづいて上半身に取りかかった。少女の胸のふくらみをていねいに描き出す。
──ここは日本語でなんていうか知ってる?
 「はい。キョニュウです」
 巨乳かあ……。さすがマンガ仕込みの日本語というべきなのだろう。
 「いつか日本に行きたいです。日本が好きです。でも私の日本語まだまだです」
 外国人の若者がマンガを入口として、やがて日本そのものに関心を広げていく。そんな回路があるんだなあと、私は不思議な思いだった。
──ファナはどうしてるの?
 「……それがさあ」
 修は困惑顔で答えた。
 「もう一年ぐらい前なんだけどぉ、本当にさあ、よくわかんないけどぉ、ファナが実家に帰っちゃってさあ。もうショックでショックで、もうやる気も出なくてさあ」
 十年前、私が出会ったころのファナは、少しおどおどした感じの内気な二十一歳だった。金のない修のために毎日自宅から弁当をつくってきて、たいして売上げのないガラクタ商売におとなしくつき合っていた。
 その後も鶏の丸焼き屋、そしてマンガ本屋とまさに夫唱婦随で生きてきたファナが、修を捨てて出ていったというのだ。
──何かあったの?
 「いや、別に……。わからないんだよね……。でもさあ、ファナがいなかったら、もう本当になんにもやる気しないよ……」
 私はこのマンガ喫茶オーナーの泣き言を聞き流しながら、ファナに会いにいってみようと決めた。

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