Web草思
新・ヒトという生きもの 柳澤嘉一郎
第12回 「キレる」脳はどこからきたか
ある日バスの車内で

 その日はうららかな良い日だった。近くの停留所でバスに乗った。朝の混雑時も過ぎていて車内には7、8人しかいない。いつものように一番後ろの座席に腰をおろした。そこは少し高くなっていて外の景色もバスの内もよく見える。それに、なぜか落ち着いた気分になれる。
 私の住む郊外の町は年寄りが多い。40年ほど前に大手の電鉄会社が開発して、同じような年齢層の人たちが一度に越してきた。その頃の子供たちはみんな大きくなって居なくなり、今は老人ばかりが住んでいる。そんな町だからかどうか、バス停にはどこにもベンチが置いてある。
 老人たちはベンチに座って、ゆっくりとバスが来るのを待っている。バスがきても乗り急がない。大抵バスは空いている。それに終点の丘の下の駅までは10分もかからない。杖をついた人に手を貸したり譲り合ったりしながら、みんなゆっくりとバスに乗り込む。
 次のバス停には5、6人の人たちが待っていた。最初におじいさんが、続いて20歳前後の若者が乗り込んできた。と、いきなり若者が叫んだ。
 「このジジイー、俺に喧嘩売ろーってえのかア、エーッ!」
 視線が一斉にそちらへ向いた。あまりに唐突で、大きな声だったので誰もが息をのんだ。
 若者は怒鳴りながら小柄なおじいさんの胸ぐらを掴んで揺すり拳を振り上げた。おじいさんは、小声で
 「暴力はいけません」という。
 「なにーッ! 最初に手だしたのはテメーじゃあねえカ! エーッ!」
 乗客たちが一斉に
 「やめなさい」「やめなさい」
 と叫んだ。近くにいた年配の男性が止めに入った。若者はますます逆上して呂律も回らない。
 叫んでいるのを聞いているうちに、状況が飲み込めてきた。彼はバスの来る直前にバス停へきて昇降口の位置に立った。そこへバスが来たので乗り込もうとしたところ、それまでベンチに座っていた、おじいさんが若者を制して先に乗り込んだというのだ。それでぶちキレた。
 「ルールは守りなさい」
 と、おじいさんがいう。おじいさんにしてみれば若者よりずっと前からベンチに掛けて待っていたのだ。
 「なにーッ、後からきて先に乗るってぇーのがテメーのルールかよー! エーッ!」
 若者にしてみれば、立って待っていたのは自分の方が先なのだ。
 運転手も止めに入ったが一旦キレた若者は収まらない。ますます興奮する。
 「警察」「警察」
 と乗客たちがまた口々にいいだした。100メートル程先に駐在所がある。運転手はお巡りさんを呼びに走った。運転手が戻って暫くしてから、大柄なお巡りさんがゆっくりとやってきた。防弾チョッキのようなものを着ている。こんな時には刺されても大丈夫なように、あんなチョッキを着るのかな。
 お巡りさんは至極、穏やかに二人にバスから降りるようにいい、外で話を聞きはじめた。バスは止まったままである。乗客たちが一斉に自分の意見を述べはじめた。バスの中が討論会場のようになった。外ではまだ若者がときどき大声を出している。「時刻に遅れるから先に行って下さいよ」とお巡りさんがいった。結局、バスは20分遅れで駅に着いた。

キレやすさは暴力遺伝子が原因?

 あのおじいさんは、あの時、黙って若者の後から乗ってもよかった。バスは空いていたし座席はいくらもあった。でも、そうしなかったのは多分、自分たちが日頃、守っているルールを若者に示そうと思ったのだろう。それで、若者を一寸、制して先に乗ったのだ。
 それにしても、そんなことで、あの若者はなぜ、あんなに逆上したのだろう。まるで狂ったように吼えた。全く自制が効かないのが不思議であった。これを「キレる」というのだろうか。それにしても、キレたときのあのエネルギーの凄さは尋常ではない。あのエネルギーを核開発や環境破壊の反対運動などに費やせないものだろうか。いや、部屋の掃除や皿洗いでもいい。
 テレビや新聞では最近キレやすい子供や若者たちの事件がしばしば報道される。「家事を手伝うように」といった親が殺されて家に火を付けられたり、孫に「勉強しなさいヨ」といった、おばあさんが金槌で殴り殺されたり、と信じられないことばかり。
 子供や若者だけではなく親の世代もおかしくなった。子供が「ぐずったから」と橋から投げ落とす。かっとなって殴ったあげくに食事を与えずに餓死させる。キレやすい年齢層が上がってきたらしい。以前はこのような事件はあまり聞かなかったと記憶する。そして今、人々は一体なぜ、このようなことが頻発するのか原因を探りあぐねている。
 原因について「親のしつけがわるい」「テレビの見過ぎだ」「いや、父親不在のせいだ」「砂糖の取りすぎだ」などと異説が続出している。けれども、そのほとんどが推論である。はっきりしたことは分からない。原因は社会環境の変化にあるのだろう。が、原因が一つなのか、あるいは、幾つもあってケースによって違うのか、あるいは、幾つもが重複しているのかも分からない。
 人の考え方や行動に影響を与えるのは遺伝的素因と社会環境である。遺伝的素因は短期間に変わることはないが、その発現は社会環境によって大きく変わる。
 90年代アメリカで、暴力や反社会的行動は遺伝的なものだとする説が流行った。そのために暴力と遺伝の関係が研究されて、粗暴さや暴力に関わる遺伝子も単離された。そして、その働き方も明らかにされている。
 単離された「暴力遺伝子」はモノアミン酸化酵素A(MAO-A)という酵素をつくる。この酵素はセロトニンをはじめノルアドレナリンやドーパミンなど神経伝達物質の代謝に関わっている。遺伝子の働きが不充分でつくられるMAO-Aの活性が低いと神経伝達物質が不足し、結果として情緒不安定となり暴力や反社会的行動を起こしやすくなるというのだ。この「暴力遺伝子」は集団内にかなりの頻度で存在し、人種によって頻度が違うという。
 興味深いのは、この遺伝子の発現が発育期の家庭環境や社会環境によって変わることだ。「暴力遺伝子」をもった子供が幼児期に虐待やいじめを受けると、とくに男子の場合その行動が暴力的になる。一方、この遺伝子をもたない子は、たとえ虐待やいじめを受けても暴力的にはならないという。
 今のところ単離され、よく研究されている「暴力遺伝子」は一つである。けれども、粗暴な行動に関わる遺伝子は幾つもあると思われる。それは致死遺伝子のように、誰でも一つや二つはもっているのかもしれない。劣性のため、あるいは、環境によって発現が抑えられている可能性もある。

キレる脳をつくる環境要因

 「キレる」という行動は脳の働きによって表されるものだ。したがって、それには脳神経回路や神経伝達物質、さらにはホルモンなど多くの物質が関わっていることだろう。基本的には遺伝子が働いていても最終的には環境要因によって変えられて発現すると考えられる。すると、脳の形成や働き方に影響する環境因子はすべて「キレる」行動の原因候補となりうるといえる。
 脳の形成に最初に影響するのは母親の胎内環境である。妊娠中、母親がタバコやアルコール、あるいは麻薬などを摂取すると、子供の知能に悪影響がでることはよく知られている。で、妊娠した女性は大抵、禁酒禁煙する。けれども近年は、母親が全く気づかないうちに胎児の脳に悪影響を及ぼす、いわゆる環境ホルモンなどを摂取する可能性がでてきた。
 胎児の脳の形成に重要な役割を果たしているのは女性ホルモンと甲状腺ホルモンである。化学合成物質やそれをつくる過程で排出される物質のなかには女性ホルモンに似た化学構造をもつものがある。それらが食物などをとおして母親の体内に取り込まれると胎児の脳に悪い影響を与える。それが「キレる」原因となっているかどうかは現時点では明らかでないが、その可能性は充分に考慮されるべきであろう。
 次は誕生後の環境である。心理学では、誕生から3年間を情緒形成に最も大切な時期としている。この期間中、乳幼児が母親や家族と愛情溢れるコミュニケーションを充分にもてば、子供は安定した情緒を形成する。だが、もし愛情を得られずに虐待などを受けると、情緒不安定になるという。しかし、前述したように、虐待をうけても遺伝的素因によっては必ずしも情緒不安定になるとは限らないのだ。
 成長すると、多くの人たちとのコミュニケーションが大切になってくる。幼児期や学童期には同じ年頃の子供たちと遊ぶことが必要とされる。けれども近年、家庭は核家族化し、都会では仲間と遊びたくても遊べる原っぱも路地もない。子供たちは家の内で一人、テレビを見たりテレビゲームで時間をつぶす。高学年になると激しい受験競争にまきこまれて遊ぶ暇もない。
 子供たちの情緒不安定は、かなり以前から問題となっていた。当時から、「子供たちがみんなで遊べる原っぱがなくなったからだ」ともいわれ「テレビの見過ぎだ」ともいわれていた。これらの意見は当時はただ推論に過ぎなかったが、最近はそれらの推論が脳科学の研究によって次第に裏付けられてきている。子供の時期、仲間と一緒に遊ぶことは、からだばかりでなく脳の健全な発育にも必要なようである。

情動を抑える46野とは

 脳は形態的に多くの部分に分けられているが、機能的にも分かれている。情動を司っているのは大脳皮質の下の辺縁系と呼ばれる部分である。辺縁系は進化的には大脳皮質よりも古く、哺乳類ではよく発達している。その中でも扁桃体という部分が情動の決定に中心的役割を果たしている。
 扁桃体には情動以外に記憶に関する機能も多少あって、外部の刺激を受けると扁桃体自体の記憶に照らして怒ったり喜んだりする。大脳皮質の発達していない下等な哺乳類では、情動は扁桃体だけで決められ、いきなり噛みついたり、あるいは逃げたりする。
 一方、高等な哺乳類になると、扁桃体の情動判断はさらに大脳皮質へ廻されてチェックされる。ヒトでは大脳皮質の前頭前野とよばれる、額の後ろに当たる部分でなされる。そこでは大脳皮質のいろいろな領域からの記憶が集められて総合的なチェックが行われる。
 もし、扁桃体の判断が不適当だと前頭前野が総合的に判断すれば、その情動は抑えられて言動には示されない。あるいは、違ったかたちで表される。扁桃体がひどい怒りを示しても、それはひとまず飲み込んで、ということにもなる。
 ヒトの前頭前野はよく発達していて、大脳皮質全体の30%もある。チンパンジーでは17%、ネコでは3%ほどだという。そのため、ヒトが人たる所以を単に大脳皮質の発達でなく、前頭前野の発達に求める人もいる。前頭前野は情動のコントロールだけでなく大量の記憶やそれに基づく推測や思考、将来の読みや計画、さらには文化的創造など、人間がもっとも人間らしい能力を発揮する中枢部である。
 数年前、舞台でトラを使うマジシャンがいて、その華やかなショーをテレビで見たことがある。ところがその後しばらくして、そのマジシャンが実演中にトラに噛み殺された。そのとき観客はそれもショーの一部かと思い喝采を送っていたという。
 トラの前頭前野の発達がどの程度か知らないが、ネコと同じ3%程度だとすると、その情動はほとんど扁桃体の僅かな記憶に基づいてなされているのだろう。前頭前野の抑制はあまり効かない。いくら人になついていてもトラはトラである。気に入らないことがあれば噛みつく。トラに似て、「キレる」ヒトは扁桃体の情動が前頭前野で適正にチェックされ、抑制されないのだろう。
 ヒトの大脳皮質は組織形態学的に綿密に調べられていて、52の部分に区分され1から番号がつけられている(ブロードマンの脳地図)。大きな前頭前野のなかでも、扁桃体からの情動の判断を受けとって大脳皮質の記憶を総合し高次な判断をするのは46野(前頭前野背外側部)とよばれる区域である。
 46野は他人とコミュニケートしているときに、もっとも活性化される。子供たちが仲間と楽しく遊んでいると大量の血液がこの部分に流れる。一方、一人でテレビゲームで遊んだりパソコンと向き合っているときは血液はあまり流れない。
 脳の研究者たちは、「キレる」人の脳では前頭前野の46野が未発達で血液の流れがわるいという。また、前頭前野と扁桃体の機能の均衡がとれていないともいう。そして、前頭前野を発達させるには、幼少年期に遊びをとおして仲間と楽しくコミュニケートする時期をもつことが重要だと主張する。
 遊びでも仕事でも、相手とコミュニケートし、その表情や言動から相手の気持ちを察し、自分をコントロールすることは、ひどく気疲れすることだ。しかし、気疲れするのは脳を使っているということである。脳は他人への気遣いによって鍛えられ発達するのだろう。

コミュニケーションを失ったヒトの行く末

 脳を鍛えるドリルというのが流行っている。簡単な計算をしたり漢字を覚えることでも脳は鍛えられるだろう。読書も脳を鍛えてくれることだろう。けれども、人とコミュニケートすることがもっとも脳を鍛えるようだ。生活の中でもっとも気疲れするのはなんですかと訊くと、65%の人が家庭や職場での人間関係、仕事は30%、残りがその他というアンケートもある。
 大脳皮質とくに前頭前野がなぜヒトで著しく発達したのだろうか。原因は定かではないが、その一つとして、ヒトが集団生活を始め社会を構築したことにある気がする。ヒトは集団生活で互いにコミュニケートし、人々のそれぞれの立場や気持ちを理解して集団の結束を維持してきた。この継続がヒトの前頭前野の急速な発達を促したと私は考えている。
 「個体発生は系統発生を繰り返す」という言葉があるが、個人の脳も生後のコミュニケーションによって発達する。ところが前述のように、社会環境が変化し、都市化、複雑化して競争が激化した。家の環境も変わり、核化、個人化して、他人と向き合ってコミュニケートする空間も時間も失われてきた。代わって人々はテレビやパソコンや携帯メールと向き合っている。
 脳の研究者たちによれば、前頭前野とくに46野の発達には人との直接的なコミュニケーションが必要だという。ところが、この頃はそうしたこともなく子供の時期を過ごす人たちが増えた。こうした人たちの中に脳の発達のバランスを失った人が生じてきたのかもしれない。
 かってキレやすかった子供たちは既に親の年齢となっている。ほどなく、社会の行方を決定する人たちの年齢になるだろう。社会や国家の命運を決める人たちが、容易に「キレ」て諍いをおこし戦争を始めたりしないかと、冗談でなく気になる、この頃である。

 P.S. 深刻な「いじめ」や「登校拒否」「社会的ひきこもり」などの多発も、おそらく、脳の働きに影響する環境因子の同じような原因によるものだろう。

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