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新・ヒトという生きもの 柳澤嘉一郎
第6回 「I'm not dead yet」
みんなにとって楽しい葬式

 人は権力や快適な暮らしを得ると、いつまでも生きていたくなるものらしい。
 その昔、中国大陸を統一した秦の始皇帝は、仙術を使うという方士たちを集め、あらゆる地に遣わして不老不死の仙薬を求めさせた。方士の一人、除福は、たくさんの従者を従えて蓬莱国にむかったが、仙薬は得られず、その地に果てたという(『史記』)。
 蓬莱国は日本だったとされていて、九州や山陰をはじめ各地に除福のものという墓がある。結局、始皇帝は不老不死の仙薬を手にすることができずに亡くなって、数千の兵馬俑とともに西安の東に葬られた。
 少し時代が下がると、日本の垂仁天皇は田道間守というものに、常世の国に渡り非時ときじく香実かくのみという不老不死の木の実を求めてくるようにと命じている。田道間守は苦難のすえ、その実をもち帰るが、帝はすでにお隠れになっていた(『古事記』)。
 田道間守がもち帰ったのは、ミカンの原種とされる今橘の実であったという。常世の国というのは、当時の日本人たちが海の遙か彼方にあると信じていた国であるが、それがどの辺りかは分からない。中国の南部辺りではないかと推測する人もいる。この話は昔、小学校の唱歌の本にのっていて歌った覚えがある。
 皇帝や天皇、王族や貴族たちは当時も快適な暮らしをしていたに違いない。けれども、圧倒的多数の民衆たちは、ひたすら惨めで辛く苦しい暮らしをしていた。こうした人たちは決して不老不死や不老長寿などといった願いはもたなかっただろう。
 若い頃、アメリカの大学にいたときクラスメイトから funeral(葬式)という言葉の由来を聞かされたことがある。真偽は分からないが funeral は fun for all からきているという。その昔、人々の暮らしはひどく惨めで辛いものだったから、葬式は死んだ人にも参列する人たちにも、みんな(all)にとって(for)楽しい(fun)ことだったというのだ。
 死んだ人は生きる苦しみから解放され、参列する人たちにとっては、ただ酒で酔っぱらえる稀な機会だったから、という訳である。この話はとても興味深かったので、今でもよく覚えている。
 日本でも地方によっては古希を過ぎたお年寄りの葬儀は悲しいことではなく、むしろ目出度いことだとする風習があったようだ。私の田舎では祖父母の死を悲しんで泣く小さな孫たちを母親が、「目出度いことなのだから泣かないで」と慰めている情景があった。

長寿マウスの秘訣

 けれども、この頃は多くの人たちが快適な生活を送れるようになり、人は王侯貴族でなくてもせめて不老長寿をと願っている。世間には不老長寿に効くという食べものや薬、暮らし方など、さまざまな情報があふれる。けれども、研究者たちにいわせると今のところ不老長寿の確かな方法は一つしかない。それは「食べ過ぎない」ことだという。
 食の少ない低栄養の状態で寿命が長くなることは、ずっと以前から多くの人々が気づき、いい伝えてきた。脊椎動物だけでなく無脊椎動物も低栄養だと寿命が延びる。このことはイーストやセンチュウ、ショウジョウバエやマウス、ラットなどといった実験動物で確かめられている。
 報告のなかには驚くべき結果もある。マウスの寿命は系統によってかなり違い、大抵は2年くらい生きるが、系統によっては充分に餌を与えて飼育しても寿命が10カ月というものもある。
 10カ月の系統のマウスを、腹一杯のときのわずか60%分の餌しか与えない低カロリーで飼育したところ、寿命が2倍以上に延びたという(2006年、久保千春)。もちろん、こうした低カロリーの食餌でも栄養素は充分にバランスよく与えられている。
 低カロリーでも、与えられた食餌が脂肪を主にしたものか、あるいは、炭水化物を主としたかによって、寿命の延びに著しい差がある。低カロリーの食餌でも70%が脂肪の場合には寿命の延びは約2倍であるが、炭水化物では3倍にもなったという。
 これは驚くべき結果である。これをヒトの場合に当てはめたら、どういうことになるだろうか。一方、腹一杯食べさせた場合は、脂肪を主にしても炭水化物を主にしても、その平均寿命に差はなく、共に同じように短かった。
 これほど著しい結果でなくても、低カロリーの食餌を与えると寿命が延びるという実験はマウスやラットで多数、報告されている。一般に、摂取カロリーを30?40%削ると寿命が30?50%延びる。しかし、摂取カロリーを50%以下に落とすと栄養障害が起こって寿命はかえって短くなる。
 摂食制限の実験は一般に、マウスやラットが乳離れして餌を食べられるようになると始められる。では、成体になってから食餌を制限したら効果はどうだろう。これはヒトでいえば中高年になって、肥満が気になりだした頃から節制し始めても効果があるかどうかという疑問と関連する。そこで、ヒトの中高年に相応する年齢のマウスに低カロリーの食餌を与えてみた。するとやはり、それ相応の長命効果がみられた。

腹八分の効用

 齧歯類のことは分かったがヒトではどうなのか、と問われるかもしれない。残念ながらヒトではまだ、そうした実験は行われていない。ヒトでこうした実験を行うのはまず不可能である。
 ヒトで実験するにはまず何千人もの、実験に参加するボランティアを募らなければならない。そして、それを二つのグループに分けて、死ぬまで何十年ものあいだ高カロリーと低カロリーの食事を与えなくてはならない。腹一杯食べる方はともかく、生涯、腹を空かして生きなくてはならない方にはボランティアの応募がないかもしれない。それに、この実験には膨大な時間と経費がかかる。
 仮にうまく実験が行われて、ヒトも低カロリー食で寿命が延びることが実証されたとしても、腹を空かして長生きするより、たらふく食べて早く死ぬ方がいいという人の方が多いことだろう。タバコの有害さはすでに周知徹底されているのに、吸う人は一向に絶えないのだから。
 実験はできないが、昔から経験的に「腹八分がよい」といわれてきた。
 私も子供の頃は、いつも祖父に「腹八分、腹八分」といわれ続けた。そのせいか今でも食が細い。会食のときなど人の3分の2ほどしか食べない。長いあいだに食事の量に応じて胃の大きさが定まってしまったようだ。人並みに食べようとすると胃をこわす。
 少食なことは構わないのだが、そのせいかどうか体力も人の3分の2ほどしかない。仕事のはかどりもまた3分の2。人並みに働こうとするとすぐに疲れる。低カロリーで飼育されたマウスも同じように感じるのだろうか。一度、訊いてみたい。
 ヒトで低カロリー摂取の実験をするのは無理である。そこでアメリカではアカゲザルをつかって実験をはじめた。サルはマウスよりヒトに近く、しかも実験が可能である。しかし、アカゲザルでも寿命は30?40年もある。実験は80年代に始められたから、まだ結論は得られていない。中間報告によると、低カロリーのグループの方がコレステロールや中性脂肪、血糖値など、ヒトの成人病の原因となる因子の数値が低く、発ガン率も少ない。健康状態が良好だという。
 では、カロリー摂取を制限すると、なぜ寿命が延びるのだろう。説明はいくつかなされている。その一つは、低カロリーによって活性酸素の発生が減少するからだというものである。細胞でエネルギーがつくられる過程で生じる活性酸素は、DNAやタンパク質、脂質などを酸化させ、老化の原因物質の一つと目されている。したがって、活性酸素が少なければ老化が遅れ、寿命が長くなる。
 活性酸素の減少だけでなく、摂取するカロリーが少ないと、からだの代謝速度も遅くなる。代謝速度が遅いと体内時計の進みも遅く、老化が遅くなる。もちろん、カロリーの制限によって内分泌系や免疫系、栄養なども直接、間接に影響をうける。これらのなかどれが長寿の主な原因となっているのか、確かめるのは容易ではない。

寿命遺伝子をさがす

 個体の老化は、器官や組織の機能の低下に生ずる。老化と寿命は紙の裏表のような関係にある。切り離すことはできない。老化が早まれば寿命は短くなり、老化が遅くなれば寿命は長くなる。老化に関わる要因が寿命をコントロールしているようにも見えるが、寿命に関わる因子が老化を調節しているようにも思える。
 前述の実験で用いたマウスの平均寿命は10カ月だったが大抵の系統のマウスの寿命は2年くらいだ。同じマウスでも系統によって、このように寿命が随分と違う。ヒトにもまた長寿の家系と短命の家系がある。両親が長生きなら、よほどの無理か事故でもない限り子供もまた長生きだ。こうしたことは寿命に遺伝子が関わっていることを示している。
 では寿命に関わる遺伝子について、現在どの程度、分かっているのだろうか。今のところ寿命遺伝子の研究は特殊な実験動物、センチュウやショウジョウバエなどで行われているだけである。最近はマウスでも行われるようになった。
 センチュウやショウジョウバエはこうした実験のモデル・システムとして長く用いられてきた。不思議に思うだろうが、センチュウやショウジョウバエで得られた寿命遺伝子と同じような遺伝子がヒトでも見つかっている。これらの遺伝子の働きはセンチュウもハエもヒトも同じかもしれないのだ。
 ショウジョウバエはともかくとして、センチュウは知らない人が多いだろう。で、少し説明しておこう。センチュウ(線虫)には、いろいろな種類があるが実験室で使われているのは、「C.elegans」とよばれる種である。もともとは土壌中に棲む体長1mmほどの紐状の虫で、からだが透きとおっていて顕微鏡の下ではなかなかエレガントに見える。
 土壌中ではバクテリアを捕食しているが、実験室では特別な人工培地で飼育する。からだが透明で顕微鏡の下で観察しやすく、からだを構成する細胞数がわずか1000個しかない。にもかかわらず、一人前に神経、消化器、生殖、筋肉などの組織、器官をもっている。
 卵から成虫になるまでに5日間ほどかかり、寿命は2?3週間である。寿命が短いので寿命に関わる遺伝子を調べるには都合がよい。センチュウでは今までに age-1, clk-1, daf-2, sod-3 などとよばれる寿命遺伝子が見つかっていて、これらの遺伝子の働きも分かっている。
 sod-3 は生体内で生じた活性酸素を分解する酵素の遺伝子で、この酵素がよく働くと活性酸素が分解されて寿命が長くなる。clk-1 は体内時計の遺伝子である。この遺伝子がうまく働かないと、活動が緩慢になって成長も遅れる。その結果、寿命がのびる。
 age-1 と daf-2 はともに内分泌、栄養に関わる遺伝子である。daf-2 はヒトのインシュリン受容体遺伝子にその構造が似ていて、この遺伝子に損傷がおこるとインシュリンのシグナルがうまく伝達されなくなり、細胞の代謝機能が低下し、老化が遅くなる。
 ショウジョウバエで比較的最近見つかった indy という遺伝子の突然変異は、寿命を2倍に延ばす。ショウジョウバエの寿命はせいぜい40日?50日であるが、この遺伝子に変異が生じると個体の寿命が70日?110日に延びる(2000年、S・ヘルファンド)
 一般に、寿命に関する遺伝子に突然変異が起こった場合、変異体には短命なものが多い。長命になるケースはきわめて珍しい。突然変異が起こるということは、いわば、それまで機能していた遺伝子に傷がついた結果だから、個体にとっては不利益になりやすく短命となるのだ。
 indy 遺伝子は細胞レベルでのカロリー摂取に関わっていて、これが変異するとカロリー摂取がうまくいかず、マウスの低カロリー摂取の場合と同じような結果が生じて寿命が延びる。このようにセンチュウやショウジョウバエの寿命遺伝子の研究からは、マウスの低カロリー摂取の実験から得られた結果と同じような結論が得られている。

「おれはまだ生きてるぜ」

 ついでにいえば、遺伝子名は命名法にしたがって発見者が勝手につけることができる。命名法は種によって違うが、いずれも、発現する形質が名前から推測できるような名前にすることが望ましいとされている。
 律儀で素直な研究者は命名法にしたがって、他人がその形質との関わりを推測できるような名前をつける。たとえば、センチュウの寿命遺伝子 age-1 は、それが加齢(age)に関わる遺伝子だと、すぐに分かる。
 ところが研究者によっては、せっかく見つけた遺伝子だからユニークな変わった名前をつけたいと思う人もいる。たとえば、前述のショウジョウバエの遺伝子 indy などは、その名前からそれが、どんな形質に関わる遺伝子か分かる人は、まずいない。これは発見者の一人がその頃たまたま観た映画のなかのセリフ「I'm not dead yet 」の単語の頭文字をとったものだそうだ。
 indy 遺伝子に突然変異を生じたハエは、野生型とよばれる正常なハエの2倍も長生きする。この変異体を野生型のハエと混ぜて一緒に飼うと、indy だけが生き残る。そして多分 indy はこう呟く「I'm not dead yet」。多分、発見者たちは、その呟きを聞いたと思ったのだろう。
 凝ったものには klotho 遺伝子というのがある。これも発見者たちの説明を聞かなければ、その働きは見当がつかない。説明によるとクロトー(Klotho)はギリシャ神話にでてくる女神の名前だという。神話では、人の運命は、それを紡ぐ女神と保つ女神、そして断ち切る女神によって司られているという。クロトーは運命の糸を紡ぐ女神の名である。そんなことを知っている研究者が一体、世間に何人いることだろう。
 これはマウスの寿命に関する遺伝子として発見され、日本の国立精神・神経センターの研究グループの研究者たちによって命名された(1997年、黒尾ら)。ほ乳類で単離された寿命遺伝子としてきわめてよく研究されている。
 この遺伝子は、高血圧の研究用にと遺伝子操作でマウスの突然変異体を作っていて偶然、見つかったものである。劣性遺伝子で第5染色体にあることが明らかにされている。
 2本ある第5染色体の両方の klotho 遺伝子が変異していると、マウスは3週間目頃までは正常に発育するが、その後は発育がとまって急速に老化する。皮膚の萎縮や動脈硬化、骨密度の低下など、ヒトと同じような老化症状が生じて8?9週で死亡する。正常なものは2年近く生きるから、それに比べると著しく寿命が短い。

寿命は延ばせるか?

 klotho 遺伝子の変異が短命になるということは、つまり正常な klotho 遺伝子の働きによって寿命が維持されているのだ。もしそうなら、その遺伝子の働きを、より高めれば寿命は延びるはずである。
 黒尾ら(2005年)は、klotho 遺伝子の活性が正常のものより2?2.5倍も高いマウスを遺伝子操作によって作った。すると、正常では2年程度のマウスの寿命が20?30%も延びた。なかには3年も生きたものもいたという。このように、この遺伝子は確かに寿命を延ばす働きをもっている。
 これまでの klotho 遺伝子の研究結果によると、遺伝子の働きは多面発現的で、体のさまざまな機能に影響を与えている。細胞の膜に組み込まれるタンパク質を主につくっていて、腎臓や甲状腺、心臓、脳などの器官で発現している。
 また、作られたタンパク質の一部は分泌されて血液中に入り、体内を巡ってカルシウムやコレステロールの恒常性を保っている。電解質の代謝やホルモン制御、心拍動などにも関わっているとされる。けれども、こうした多彩な機能のどれが主な抗老化作用で、寿命の伸長に寄与しているのか、まだよく分かっていない。
 最近、klotho の機能について新しい事実が報告された。それは血中でインスリンとインスリン様成長因子1(IGF1)の代謝経路を抑制しているというものである(2005年、黒尾ら)。インスリンは、血糖を下げるホルモンとしてよく知られているが、実はからだの代謝全般をコントロールする重要なホルモンである。
 インスリンの働きが低下し過ぎると糖尿病になるが、適度に抑えられると寿命が延びるとされている。低カロリーで飼育した動物たちの寿命が延びる原因は、一つにはインスリンの働きが抑えられるためと考えられている。
 黒尾ら(2005年)はさらに、klotho タンパク質が、活性酸素を分解する酵素を遺伝子レベルで活性化することを明らかにした。活性酸素の分解が促進されれば当然、個体の老化が遅くなって寿命が延びるだろう。
 こうした結果はセンチュウやショウジョウバエの遺伝子の研究や、マウスやラットの低カロリー摂取の実験結果と一致する。klotho はマウスで単離された遺伝子であるが、ヒトの第12染色体に、これとよく似た構造の遺伝子がある。
 前述したようにヒトには、センチュウやショウジョウバエの寿命遺伝子と似た構造の遺伝子もある。寿命を制御するメカニズムは、センチュウもハエもマウスもヒトも、あるいは、おそらく、ほとんどの多細胞動物で基本的に同じなのかもしれない。
 老化や寿命のメカニズムの研究は、まだ始まったばかりである。そこには多くの要因が関与していて互いに複雑に絡み合っている。けれども、これまでに分かったデータから、おぼろげながらも、その像を見ることはできる。
 それは摂取カロリーが下がるとインスリンや IGF1 の機能が低下し、からだの代謝が遅くなること。そして、活性酸素の発生が減少することである。その結果、組織や器官の老化が抑制されて寿命が延びるという図式である。
 老化を防ぎ寿命を延ばすには、したがって、摂食量を少なくし、代謝を下げて、活性酸素の発生をできるだけ防げばよい。しかし、この方法による効果は、種によって定められた寿命の範囲内を著しく越えることはない。ヒトの寿命をどんなに延ばしても130歳以上にはならないだろう。
 カリフォルニアにL・ポーリングという有名な物理化学者がいた。ノーベル賞を二つ受賞した。齢をとってから、風邪の予防や治療にヴィタミンCを大量に摂るとよいという説を唱えた。そして、自身ヴィタミンCを毎日ガッポガッポと飲み続けた。
 他ならぬポーリングのいうことだから、とアメリカの国立衛生研究所(NIH、National Institute of Health)までが乗りだして確認の実験をはじめた。その結果、いくらヴィタミンCを大量にとっても風邪の予防にも治療にも、あまり効果はないという結論になった。
 だがポーリングはお構いなしにガッポガッポと飲み続け1994年、93歳で亡くなった。その後、ヴィタミンCには強い抗酸化作用があることが実証された。それまでポーリングを陰で笑っていた人たち(多くが同業の科学者たち)は一転、「さすがポーリング、先見の明があった」と称えたりした。
 しかし、彼の長寿がヴィタミンCの大量摂取のせいかどうか、ほんとうのところは誰にも分からない。

追記 動物の寿命を定めている、もう一つの要因に細胞の分裂回数の問題があります。これについては今回は触れませんでした。

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