Web草思
新・ヒトという生きもの 柳澤嘉一郎
第5回 シャイな遺伝子
この性格はいずこから

 人の性格というものは、なかなか分からないものだ。分かるような気がしてきたのは、つい、この頃である。ということは、そろそろ人生も終わりに近い齢だから、ほとんど一生、分からずに人と付き合ってきたことになる。
 他人の性格が分からない位だから、自分の性格はなお分からない。それでも若い頃は、父親と母親の性格を観察し、足して2で割って、およその自分の性格を推定してみたりしていた。
 結婚して息子ができると、これがまた、いろいろと気に入らない性格をもっている。どうも自分自身に似た性格の部分がとくに気に入らないようだ。それで、父親と息子の性格を足して2で割ることにした。その方が父親と母親を足して2で割るより自分の性格に近いような気がした。
 自分の顔が見えないように、自分の性格もまた見えにくい。だが、とくに目立つものは自分でも分かる。私が最初に気づいたのは人見知りがひどいことだった。これは子供の頃から強く感じていた。初対面の人とはどうも馴染めない。それで友だちはできにくいのだが、一旦、友だちになると、相手が思っている以上に親密になろうと努力したりする(これがまた、よくない)。
 この性格はどうも祖父から遺伝したようだ。祖父もまた、ひどく人見知りする人だった。40代半ばで家督を父親に譲ると隠居した。84歳まで生きていたから、ほとんど生涯の半分は隠居していたことになる。この間、子供心にも不思議に思ったのは、ほとんど外出らしい外出をしなかったことだ。
 人が訪ねてくることも、あまりない。いつもやってくるのは按摩で、月に一度は床屋もやってきた。それに、ときどき医者もやってくる。それくらいだった。毎朝、自分で自分の部屋を掃除する。それからキセルで煙草をふかし、新聞を丹念に読み、ゆっくり風呂に入って一杯飲む。そして、按摩にかかって眠る。それが毎日の過ごし方だった。
 夏の暑い間は祖母と二人で避暑地の山荘で過ごしていた。私たち孫も夏休み中はずっと一緒に過ごした。親戚や孫の友だちがよくやってきては何日も泊まっていくのだが、祖父はいつも上機嫌で歓待していた。人見知りはするが、人嫌いという訳ではなかったようだ。
 その遺伝子が私に隔世遺伝した(と思われる)。隔世遺伝というのは、母方の祖父から母親をへて男の子に伝わる方が多いものだが(遺伝学的にいうと、そういう説明になる)、私の場合は父方からのようだった。
 性格には遺伝しやすいものと、しにくいものとがある。しやすいものとしてよく挙げられるものに、内向的、外向的な性格がある。人見知りは内向的性格の範疇だろうが、内向的な人すべてが人見知りするとは限らない。誘われたパーティーを断って家で本を読んでいたからといって、人見知りとはいえない。けれども、人見知りする人は大抵、内向的だ。そして、人見知りは強く遺伝する。
 子供の頃ひどく人見知りしても、大人になると至極、普通になる人もいる。アメリカでシャイな子供たちばかり集めて、大人になるまで、その性格を追跡調査した研究者がいる(随分と気の長い話だ)。その結果によると、子供のときにシャイでも大人になると治る人が約30%いるという。
 ところが、そうした人たちの脳をPETという脳の代謝をみる装置で調べたところ、シャイが治った大人もシャイの人と同じ脳の領域が同じように活性化されていて、子供の頃と変わっていないという。表面的な行動は普通になっても脳の活動はシャイのままなのだ。おそらく脳の他の部分が矯正的に働いているのだろう。このように、遺伝性が強い性格でも、環境や本人の意志で変更できることもある。あるいは、この変更ができるか否かの能力も遺伝しているのかもしれない。

シャイの効用とは?

 人見知りする人は新しいものを見ると、そうでない人たちより強く緊張する。で、人でも物でも見知ったもの、古いもの、緊張しない気楽なものを選ぶ。そんな訳で、街でもレストランでも、いつも行きつけのところへ行く。友だちも道具も馴染んだものの方がいい。会議のときも、いつも同じ席に座ったりする。
 心理学者にいわせると、人見知りする人は他人の表情を読むのが下手だという。経験から、これは当たっている。私についていえば、表情どころか顔を覚えるのも下手だ。覚えた顔を、見かけたときに気づくのも遅い。街なかで知人にたまたま出会っても、こちらから先に気づくことは滅多にない。大抵、相手が先に声をかけてくる。目が悪いという訳ではない、のだが。
 人だけでなく物の所在や変化にも気がつきにくい。状況の変化を読みとることが遅い。だから、株には手がでないし、スパイのような商売にも向かない。瞬時に状況を読みとって危機に対応する007のような人をみると、映画であっても、いたく感嘆する。
 人見知りする人は大抵、恥ずかしがり屋でもある。見知らぬ人と話すのは気恥ずかしい。で、挨拶もろくにできない。人前でしゃべることも不得手である。酔っぱらって騒ぐ仲間たちと街を歩くのは、どんなに自分が酔っぱらっていても恥ずかしい。外国の街やレストランで大声をあげている日本人をみると、関係ないのに赤面する。
 人見知りする人は大抵、引っ込み思案で自己主張ができない。他人にものを頼めない。で、借金などはできない。しかし、頼まれると断れずに後になって困ったりする。
 人見知りの性格には、大抵こうした性格が付随している(ような気がする)。それは一つの遺伝子が多面的に発現しているのか。それとも、それぞれ別の遺伝子でコントロールされているのだろうか。
 英語にはシャイという言葉がある。この言葉には日本語でいえば、恥ずかしがり屋、内気、引っ込み思案、人見知りといったいくつもの意味が含まれている。してみると、私の性格は人見知りというより、シャイの方がいいのかもしれない。
 シャイという言葉は、さらに、ペットや家畜などで繁殖力の弱いものにも使われる。シャイな人というとき、それは生活力、繁殖力のない人という意味であるのかもしれない。シャイな性格というのは、生存競争の激しい社会では淘汰される運命にあるといえよう。けれども、世間を見渡すとシャイな人も結構いる。ということは、シャイな性格も生きていく上で何かメリットがあるに違いない。
 アメリカでの調査によると、シャイな子供は外向的な子供たちより学校の成績がよいという。不良仲間に加わらず暴力やドラッグ、犯罪などに巻き込まれる率が他の子供たちに比べて極めて低いそうだ。おそらく、大人になっても、律儀で堅実な生活をするのだろう。それが生存競争で生き残っている理由の一つかもしれない。
 人の性格を規定しているのは主に脳の働きである。アメリカのD・ジョンソンは初めてPETで内向的、外向的な人の脳を調べてみた(1999年)。その結果によると、内向的な人の脳は前頭葉と視床前部の活性が高く、外向的な人では側頭葉や視床後部などの活性が高いという。
 前頭葉は知識や考えをまとめたり、予測や計画をたてたりする脳の領域である。一方、側頭葉は音や言語など、外からの刺激を受けとり対応する領域であるから、この結果はなるほどと納得できる。
 さらに、シャイな人では脳の扁桃体とよばれる部分の活性が普通の人より高いという。扁桃体は感情や情動に関わる部分で、注意力や警戒心、不安などを生じさせる部分である。シャイという言葉には用心深い、怖がるという意味もあるから、この発見もなるほどと納得できるだろう。
 サルの扁桃体に損傷をあたえると怖いもの知らずになって、群れ社会に適応できなくなるという。相手かまわず喧嘩を売ってリンチされ、群れを追われたりする。他のサルたちが怖がるヘビを平気でつかんで口に入れたりもする。ヘビが毒蛇だったら咬まれて死んでしまう。
 さて、性格はどのように遺伝するのだろうか。性格の遺伝は古くから多くの研究者たちが興味をもって研究してきた。しかし、性格自体が一つの形質としてとらえがたいこと、一つの性格にいくつもの遺伝子が働いていて解析が難しいこと、などの理由から、成果が上がらなかった。性格の遺伝学が突然、脚光を浴びたのは1996年である。

たった一つの遺伝子で

 この年、イスラエルのR・エプシュタインたちは、新しもの好き、冒険好きの性格(彼らは新奇探索性とよんだ)が、たった一つの遺伝子の構造の違いによって起こることを明らかにした。この遺伝子は、脳内でのドーパミンとよばれる神経伝達物質の刺激伝達に違いをもたらすものだった。
 刺激伝達の違いは、刺激を受けとる受容体とよばれるタンパク質の構造の違いによって起こる。受容体をつくる遺伝子に変異が起きてタンパク質の構造が変わり、刺激の受けとり方が鈍くなる。するとドーパミンの刺激が充分に伝わらなくなる。この受容体は、刺激を受けて神経細胞の興奮を抑える働きをするので、ここへの刺激が不充分だと神経は興奮状態となり、イライラして落ち着かず、たえず変化を求める性格となるのだという。
 この結果は、一見、複雑そうにみえる性格でも、場合によっては、一つの遺伝子に還元できることを示してくれた。そして、将来、さまざまな性格が分子レベルで遺伝学的に解明される可能性を示した。
 しかし、その後しばらく、期待通りの成果は上がらなかった。次に注目すべき論文が発表されたのは2005年である。ほ乳類の一見複雑な生殖行動がたった一つの遺伝子に還元されたというのだ。Science 誌に掲載された。
 アメリカ大陸にはハタネズミとよばれる齧歯類が広く分布している。ハタネズミのハタは畑のハタだから、最初は畑で発見されたのだろうが、本来は山野に棲んでいて、地中に穴をほり、主に植物の根や茎などを食べている。
 このネズミは棲む地域によって生殖行動や保育行動が異なる。草原地帯に棲むハタネズミはほぼ一夫一婦制で、生まれた子供の面倒を夫婦でよくみる。ところが、山間部のある地域のハタネズミは、多婚、乱婚で、つがいはつくらず、オスは生まれた子供の世話などしない。
 こうした違いはヒトにもみられるが、それは一般には社会的な慣習の違いとして理解されている。しかし、ハタネズミでは、それが遺伝的な違いであることが実験的に証明されたのだ(ヒトでも遺伝的な違いがありそうなのだが)。
 ほ乳類の生殖行動や保育行動に関わるホルモンとして、脳の下垂体後葉から血中に分泌されるパソブレシンとオキシトシンというホルモンがある。ヒトでは、オキシトシンは分娩や乳分泌を促すホルモンとして、パソブレシンは血圧上昇や抗利尿ホルモンとしてよく知られている。この二つのホルモンは、ほとんどのほ乳類にあって同じように働くと考えられている。
 ハタネズミでは、脳内に分泌されるパソブレシンの量が、一夫一婦制のオスでは多く、乱婚性のオスでは少ないとされる。このホルモンは脳のいろいろな部分に存在し、神経伝達物質としても働いているらしい。パソブレシンを受けとる受容体は一つの遺伝子によってつくられ、その遺伝子はすでに単離されている。
 乱婚性のハタネズミのオスをメスと一緒にすると、しきりにメスを追い回す。そこで、ある研究者がパソブレシンの受容体の遺伝子をウイルスの中に組み込み、オスの「脳に直接注入」してみた。受容体が増えると、パソブレシンの刺激が脳内で伝わりやすくなる。つまりパソブレシンの量を増やしたのと同じ効果となる。すると、このオスは一転、メスを追い回さなくなったというのだ(M・リムら、2004年)。これはストーカーに効くかもしれない。
 さらに、L・ヤングたちは、単婚性と乱婚性のハタネズミで、それぞれのパソブレシン受容体の遺伝子構造(DNA塩基の配列順序)を調べてみた(2005年)。すると、遺伝子の構造は同じであったが、働き方が違っていて、つくられる受容体の数が違うことが分かった。

遺伝子ではなくジャンクの違い

 遺伝子には、RNAを介してタンパク質を産生する部分と、その産生をコントロールする、いわばスイッチの役割を果たす部分とがある。スイッチは、主に遺伝子の先端部分にある。そこに細胞内の転写因子とよばれる分子が結びつくと、スイッチがオンになり、DNAからRNA分子がつくられ(これを転写とよぶ)、そのRNAからタンパク質がつくられる。
 遺伝子とは、DNA分子のなかでタンパク質をつくる部分をいう。大抵の生物では、DNAのうち遺伝子として働く部分はごくわずかで、ヒトでは数%しかない。遺伝子は長いDNA分子のなかに散在していて、残りは無駄な部分とされ、ジャンクDNAとよばれる(実際には遺伝子の発現にかかわって働いている部分もある)。
 ヤングたちは、単婚性のハタネズミと乱婚性のハタネズミの違いが、遺伝子ではなくジャンクDNAの部分にあることを見いだした。単婚性では、パソブレシン受容体をつくる遺伝子の先のジャンクDNAの部分に、特定の塩基配列の長いくり返しがある。が、多婚性ではこのくり返しが短いという。
 転写のとき、遺伝子に近いジャンクDNAの塩基配列によって、転写因子が結びつきやすくなりタンパク質がつくられやすくなることがある。このケースでは、くり返し配列の長いものの方が、短いものより転写因子が結びつきやすく、転写が盛んになってパソブレシン受容体がたくさんつくられるのだ。そして、そのことが単婚と乱婚という生殖行動の違いを生じさせている、とヤングたちは説明する。
 パソブレシンもオキシトシンも小さなペプチド・ホルモンで、似たような構造をしている。このホルモンは最近、ほ乳類の個体間のコミュニケーションを高め、親子の絆や社会的結びつきを強めるホルモンとして注目されている。ヤングたちは、ほ乳類の脳の働きは基本的に同じであり、ハタネズミにおけるこの発見は、他のほ乳類にも(当然、ヒトにも)当てはまるだろうと強調する。
 この発見は二つの点で注目される。一つは動物における複雑そうな行動、行為も、場合によっては、単一の遺伝子の働きに還元できることを改めて示したこと。二つめは、遺伝子として働かないDNA部分の変異によっても、遺伝的な形質が変わることがある、ということである。
 遺伝子が変異してしまうと個体の生存に直接影響することもある。が、ジャンクDNAが変異しても影響は少ない。そのため、進化の過程で、ジャンク部分は遺伝子部分より変わりやすく、個体間で大きな違いがある。
 遺伝学では、個体間の遺伝的形質の違いは、すべて遺伝子の違いによると考えてきた。しかし、これは間違っていたようだ。生存にあまり響かない個体間の些細な相違(個性として認められるようなもの)の多くは、遺伝子自体の違いよりも、遺伝子の発現の差などによって起こる可能性がでてきた。いいかえれば、遺伝子でない部分の変異によって生じている。
 かつては、ヒトはこれほど体制や行動が複雑だから、少なくとも10万個以上の遺伝子をもつに違いない、と考えられていた。ところが実際には3万個余りの遺伝子しかなく、ヒトとチンパンジーとの遺伝子の違いはわずか1?2%しかないことが、最近の遺伝子情報の解読によって明らかにされた。こういうことも、上述の事実から考えれば納得がゆく。
 ヤングの共同研究者E・ハモックはこういう。「いずれ、社交的な人とシャイな人の違いも遺伝子レベルで理解されるだろう」と。生存競争が激しいアメリカでは、シャイな性格は社会生活に極めて不利だとされている。シャイな人たちは、できたらタフで社交的になりたいと願っている。ハモックのコメントは、そうした人々の思いを代弁しているかのようだ。
 もし将来、シャイの遺伝子とその働きのメカニズムが解明されて、注射一本で治ることになれば、ありがたいと思っている人は大勢いることだろう。
 それも、パソブレシンのように「頭に直接注入」ではなく、腕への注射で。

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