Web草思
新・ヒトという生きもの 柳澤嘉一郎
第4回 敗退する科学
進化論は科学的根拠があると思いますか?

 長い間アメリカにいて、最近、帰国したばかりという人にパーティーで会った。話のなかで、彼はこういった。
 「向こうでは、“進化論を支持する”というステッカーを貼った車がときどき走っているんですヨ」
 近くにいた人たちが訊いた。
 「それはどういうことですか」
 「進化論を支持しない人たちもいるのですか」
 「はい」
 「じゃあ、この世界はどうやって生じたというんですか」
 「神様が創られたという訳です。“この世は神が創られた”とかいたステッカーを貼った車もたくさん走っています」
 「?」
 みんな黙ってしまった。しばらく沈黙がつづいた後、話題は他に移っていった。
 それから2、3カ月して、たまたま雑誌を読んでいたら、進化論に関するアメリカでのギャラップ調査の記事がのっていた。衝撃だった。
 アメリカで進化論を信じている人は全体の半数に満たないというのだ。「進化論は科学的根拠があると思いますか」という問いに、「ハイ」と答えた人は35%(ちなみに日本では95%)。一方、「イイエ」と答えた人は35%いる。そして、29%の人が「分からない」と答えている。
 さらに、「どのようにしてこの世界が創られたと思いますか」という問いに対しては、「神によって」と答えた人が45%。そして、「神の助けなしに創られた」とする人は、わずか13%であった。
 パーティーのときは、たんなる話題として聞き流していたが、これには仰天した。21世紀の話とは思えない。これは一体どうしたことか。アメリカは正気を失ったのだろうか。こっちの気分もおかしくなってきた。
 人は、いままで自分が確信していたことが、突然、否定されたら狼狽する。そのむかし、この世は神によって創られたと信じていた人々が、ある日、それは進化によって生じてきた、人間はサルから進化した、といわれたとき、さぞ狼狽したに違いない。同じようなショックを私はうけた。

進化論を学ぶ神父たち

 そもそも私に進化論を教えたのは、アメリカ人である。戦後、私が学生の頃は、日本の大学では進化論はおろか遺伝学さえ、ろくに教えていなかった。当時、遺伝学は細胞学の一部と位置づけられ、遺伝学の講座をもつ大学はほとんどなかった。私はアメリカで、はじめて遺伝学や進化論を学ばせてもらった。
 50年代だったから、いま思えば、それはちょうど、メンデル・モーガニズムとよばれる古典遺伝学が集大成された時期だった。分子遺伝学の胎動がはじまったばかりの時期でもあった(ワトソン・クリックのDNAの二重らせんのモデルが発表されたのは1953年である)。
 私が通っていたニューヨークの大学のキャンパスに、スカマホーン・ホール(多分、その建物を寄贈した人の名前)とよばれる建物があった。そこに動物学と植物学、それに人類学、古生物学などの教室が入っていた。その建物の8階は発生遺伝学と集団遺伝学の研究室だった。
 私は発生遺伝学のL・C・ダン教授の研究室に院生として在籍していたが、隣の集団遺伝学のTh・ドブジャンスキー教授の研究室の人たちとも、いつも一緒にすごしていた。当時、彼らの仕事はダーウィンの進化論を遺伝学的に裏付けることにあった。
 ドブジャンスキー教授の研究室には世界中から研究者が集まっていた。ヨーロッパや中南米、アフリカや中近東などから、ポストドクとよばれる研究者や院生たちがきていた。そのなかにアメリカ人の牧師と、ブラジルとスペインの教団から派遣されてきた神父もいた。
 なぜ神父や牧師がいるのだろうと、私は不思議に思っていたが、彼らはごく自然に黒い衣服の上に実験衣をまとい、ショウジョウバエの入った実験箱をかかえて廊下を走り回っていた。そして、他の研究者たちと同じように進化論について熱心に議論を交わしていた。
 当時、ドブジャンスキー教授は、集団遺伝学の第一人者だった。彼は研究室の誰よりも、よく働いた。夕方、仕事が終ると一旦、家に帰って夕食を済ませる。夜、夫人を伴ってまた研究室にやってくる。そして、深夜まで二人で顕微鏡をのぞいていた。
 噂によると、彼はベッドで眠ったことがない、とのことだった。深夜、家に帰ると寝袋にはいり床に俯せになって原稿をかく。そして、そのまま眠るのだそうだ。こうして、生涯に数百編の学術論文と数多くの著作を書きあげた。
 その著作の一つ、『遺伝学と種の起源』は、進化論と遺伝学を統合した名著として、いまも古典として多くの人に読まれている。それはアメリカ学士院からD・G・エリオット賞をうけ一般社会でも評判となった。
 ドブジャンスキーとその一派は、ダーウィン以降の進化論を総合して、ネオ・ダーウィニズムとよばれ今日、正統派の進化学として学界に広く受け入れられている。
 教授は75年に亡くなられたが、その弟子たち(私とほぼ同期の院生たち)はハーバードからカリフォルニアまで、全米の多くの大学で現在も活躍している。
 教授の口癖は「進化を考えない生物学は生物学ではない」だった。この考え方は、そこで学ぶ院生や研究者たちに大きな影響をあたえ、彼らの生物学のバックボーンとなっていった。私もその一人だった。
 そんな訳で、私にとって、進化の視点のない生物学は、なにか物足りなくて淋しい。一方、進化の視点で語られると、急に光彩を放ってみえてくる。
 小さな虫をみても、これもまた、自分と同じように何億年もかかって進化し、ここに生きているのだなと思う。すると、近親感がわいてくる。進化の立場から眺めると、どんな生きものも、それらが示す些細な事柄も生き生きとしてくるのだ。

創造説からの反論

 進化論は確かに、私の日常のものの見方、考え方にまで深みと広がりを与えてくれた。ところがである。今度は、当のアメリカ人たちが、進化論は非科学的で信じ難いといっているのだ。どうしてこんなことになったのだろうか。アメリカでいま、何が起こっているのだろうか。調べてみた。
 理由はいくつかありそうだ。まず分かったことは、アメリカの社会の変遷を背景とした学校教育の変化である。いまアメリカでは、地方によって、公立学校で進化論を教えることを禁止しているところがある。20もの州で、進化論を教えることの当否でもめている。
 中西部の州のなかには、上院議員や、州議員、教育委員といった人たちに進化論を否定する人たちが大勢いる。彼らは公立学校(主に高校)で進化論を教えることに反対する。あるいは、この世は神によって創られたとする創造説を進化論と併せて教えるべきだと主張する。
 地区の教育長や学校長は、こうした上層部の圧力をうけて、学校で進化論の授業をすることをためらう。たとえ、教科書に教科としてのっていても、進化論は教えないようにと教員たちに求める。あるいは、創造説も一緒に教えるようにと注文をつける。
 昨年、ペンシルバニア州のある地区で、進化論と同時に、創造説も理科の教科として教えるようにと要請された教員たちが反対した。そして、裁判にもちこんで話題となった。
 ミネソタ州のある大学で、新入生に、高校で進化論を学んだかどうかを調査したところ、多くの学生たちが、主に学んだのは創造説だと答えたという。もちろん、大学にはいれば生物学の授業を選択して進化論を学ぶことができる。しかし、文系の学生たちは、ほとんど進化論を知らずに卒業することになるだろう。
 こうして、進化論を知らない人たちが増えていく。社会にでてから、日常生活の場や教会で、「この世は神が創られた」と聞かされれば、そう思い込むことになる(かもしれない)。かくて、進化論を知る人たちは少数派となる。
 創造説を唱える人たちのなかには、聖書に書かれていることはすべて正しいと信じる、キリスト教原理主義とよばれる人たちがいる。彼らは、旧約聖書、創世記に記されているように、人間は紀元前4004年、エホバによって創られたのだと信じている。そして、すべての生物は人間のために造られたのだと信じている。
 創造説を唱える人たちのなかには、神という言葉を使わない人たちもいる。彼らは、この複雑で整然とした世界が、進化論者がいうように、単純な偶然の積み重ねで生じてきた訳がないと主張する。それは、偉大な聡明さをもつ何か(彼らはそれをインテリジェントとよぶ)によって意図的に(デザインされた)必然の結果として生じてきたのだと説く。これはインテリジェント・デザイン(ID)説とよばれている。
 ID論者たちは、キリスト教原理主義者と違い、科学を認めている。しかし、この世界や生命体のもつ複雑さの由来を、突然変異と自然淘汰(自然選択)の繰り返しによる進化だとする進化論で説明することは不可能だと主張する。
 彼らによれば、進化論は科学的な決定的証拠を欠いた一つの仮説にすぎない。したがって、それを補完する意味で創造論を(宗教の教科でなく)理科の教科として学ばせる必要があるのだという。
 ID論者のなかには、少数であるが科学者もいる。彼らは、現在の科学では解明されていない部分をピックアップして突いてくる。たとえば、血液凝固のメカニズムである。
 傷ついて出血したとき、多少であれば、放っておいても血は自然に止まる。これは血液中の凝固因子の働きによるもので、この過程は科学によって詳細に解明されている。
 凝固の過程には10あまりのステップがあって、各ステップごとに酵素が働いている。それぞれの酵素は別々の遺伝子によって産生されるから、この過程には10個あまりの遺伝子が関与していることになる。
 傷ついたとき、血が止まらなければ個体は死んでしまう。放っておいても自然に血が止まるということは、個体の生存に非常に有利である。このことは、血友病の患者が、近年まで、きわめて短命であったことを知れば分かるだろう。血友病は、凝固因子の欠損によって血が止まらない病気である。
 進化論によれば、この有利な形質は遺伝子の突然変異と自然淘汰(止血しない個体は出血死する)の長い間の繰り返し、偶然の積み重ねによって生じたと説明される。けれども、それは不可能だとID論者は反論する。
 彼らによれば、個体が止血の有利さを獲得し、自然淘汰を生き延びる、血液凝固に関わるすべての酵素が、いいかえれば、10余りの遺伝子が、同時に止血の獲得という定方向性の突然変異をしなければならないだろう。そんなことは不可能だというのである(これは一見、正論にみえる)。
 そこで、その過程は、科学では説明できない何らかの存在によって、意図的に創られた(インテリジェントによるデザイン)とせざるをえない、という訳である。
 ID論者たちは、進化を支持する強力な証拠とされているものすら、逆に、IDを支持する証拠としてしまう。たとえば、膨大な実験結果によって明らかにされた遺伝子複製の機構や、遺伝情報の伝達機構(DNAからRNAを介してタンパク質をつくる過程)での事実である。
 これらの機構は、科学によって、バクテリアからヒトにいたるまで、すべての生物でほとんど共通であることが明らかにされている。また、ヒトと同じような遺伝子を、マウスやショウジョウバエやイーストももっていることも分かっている。このことは、進化論者にとっては、生物が単一の祖先から分かれて進化してきたことを示す強力な証拠とみなされる。
 ところが、ID論者たちは、逆に、これらの機構そのものがどのようにして生じてきたかを、進化論では説明できないと反駁する。そして、生命の基本的な機構(DNA複製やDNAからRNAを介してタンパク質がつくられる機構)は、還元不可能にみえる複雑性をもっており、インテリジェントによってデザインされたと考えざるをえない、という。

真実が非合理に屈するとき

 要するに、ID論者たちは、現在、科学でまだ解明できていない箇所をピックアップしては、その説明にインテリジェント・デザインという言葉を当てはめているだけのように、私には思える。
 けれども、生体内の酵素の連続的な働きや、遺伝子の複製、その情報伝達の機構を明らかにしてきたのは、科学者たちであってID論者ではない。現時点で科学で説明できない事柄があるからといって、それを神やインテリジェント(言葉は違っても意図するところは同じのようだ)の創造に帰するのは、困る。
 科学は、この世のさまざまな事象の原因と結果を解析し、それを実験によって確かめ、論理的に構築し、その機構を明らかにしてきた。現在、未解決な問題でも、これから解明されていくことは間違いない。しかし、ここで未解決の問題はすべて、神やインテリジェントの創造やデザインにゆだねるなら、それは科学の終焉である。
 にもかかわらず、創造論やID論は現在のアメリカで、広く支持されつつある。すでに強力な基盤をもち、政治や教育に大きな影響を及ぼしている。彼らは豊かな活動資金で、議員や教育委員たちに働きかけ、その選挙活動を支援する。さらに、若者たちに奨学金をあたえ、ID論に近い科学者たちに多額の研究費を援助している。その結果が、ギャラップの調査結果なのだ。
 こうした状況をアメリカの科学者たち、進化学者たちは、どう捉えているのだろう。とくに正統派の進化学者をもって任じている、かつてのスカマホン・ホールの旧友たちは、どうしているのだろうか。
 おそらく、彼らは、学界のライバルたちを相手に論争を繰り返していることだろう。誰も創造論者やID論者を相手に議論しようとは思っていないに違いない。それは彼らにとっては不毛であり、時間の浪費である。メリットはなにもないと考えているに違いない。
 真実は真実であって、放っておいても必ず認められると、彼らは信じていることだろう。そうだろうか。彼らが、そう思いこんでいる間に、社会のほとんどの人たちが、進化論に疑問をいだいたとしたら、どうなるだろう。彼らは社会から研究費をえられなくなるかもしれないし、進化論を学びたいという学生もいなくなるかもしれない。
 科学者たちは社会の人々の支持、支援があって、はじめて研究を続けることができる。真実を真実として放っておいてはいけない。真実は社会に還元し知らせるべきである。それが科学者の義務であり仕事の一部でもある。
 進化学者たちは、砂漠のなかの流砂に足をふみこんでいるかのようだ。気づいたときは身動きできないという悲劇は、避けなくてはならない。

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