Web草思
新・ヒトという生きもの 柳澤嘉一郎
第3回 脳のなかの胎児
いまどきの子煩悩

 子煩悩という言葉がある。これはどうも男性向けの言葉のようだ。子煩悩な父親、とはいうが、子煩悩な母親、とはあまりいわない。そんな気がする。世間では、母親は子煩悩なものと決め込んでいるかのようだ。
 私のまわりを見渡しても、男性で、感心するほど子煩悩な人はあまり見かけない。もちろん、世代にもよるのだろう。私のような老人の世代は、子煩悩どころか父親らしく振る舞うことも知らない人が多い。
 ある友人は、奥さんが生まれたばかりの赤ちゃんを抱いて病院から退院してきたとき、黙って赤ちゃんを見つめて一言だけ「うむ、動いている」といったという。
 しかし、若い世代では少し違うようだ。父親で感心するほど子煩悩な人にもしばしば出会う。そんな父親に出会うと、老人たちは驚いたり、戸惑ったり、困惑したりする。
 いささか以前のことだが、まだ在職していたころ、オフィスで論文を読んでいると、誰かがドアをノックした。返事をすると、数年前に私の研究室を卒業していった学生が入ってきた。
 驚いたことに、彼は両手に赤ちゃんを抱えている。そして、こういった。「先生、赤ちゃんを見せにきました。可愛いから、抱いてみてください」
 私は戸惑いながら立ち上がって、赤ちゃんを抱いた。抱き方が気に入らなかったのか、彼は、いろいろと注文をつけた。そうこうしている中に、「すぐ戻りますから」といってオフィスをでていった。
 それきりなかなか戻ってこない。赤ちゃんを抱く手がしびれてきた。かなり経って、ようやく戻ってきた。「トイレで研究室の仲間にあったので、実験室にも寄っていて遅くなりました」と言い訳をした。
 彼は赤ちゃんを抱き戻すと、お尻の辺りに手をあてて「うーん湿っているなア」といった。どうするのかと見ていると、片手で、私のデスクの上の書類やら論文を隅におしやって、スペースをつくった。そこに赤ちゃんを置くと、もってきたバッグから手早く、おむつを取りだして替え始めた。
 器用に手を動かしながら、「先生も、おむつ替えをやりましたか」ときく。「うん、まア」とあいまいな相づちをうつ。彼は満足そうにうなずきながら、ゆっくりと、おむつ替えをすませた。そして、「実験室の仲間にも見せてきますから」といってでていった。
 自分の可愛い赤ちゃんを、むかしの教師や仲間に見せてあげたい、という気持ちはよく分かった。嬉しくもあった。けれども正直なところ、面食らい困惑した。でも、若い世代の子煩悩な父親というのは、こういうものかと感心もした。
 これ程でなくても、子煩悩な父親はこのところ増えてきた気がする。マスコミや社会がそう仕向けている感じもする。しかし、一般に父親は母親にくらべると、いくら子煩悩でも、子供とは多少の距離をたもって接している。

母性はホルモンではなかった!?

 それに比べて、母親は往々にして子供と自分自身との区別がつかない、かのような、感情や行動をみせる。それをみて、父親たちは、たいてい戸惑う。
 私の家には息子が一人いる。彼は、とうに一人前の社会人として独立して家庭をもっている。しかし、息子が着ていたシャツや背広の一部は、まだ私たちの家においてあって、家内はそれらを洗濯して、しっかり箪笥にしまい込んでいる。使う当てもないのにである。
 たまに私が見つけて、「おっ、このシャツまだ着れるんじゃあないか」などといって着る。すると、家内はすぐに、「あっ、それは息子のです」といって取りあげてしまう。そして、また箪笥にしまう。どういうつもりなのか、私には、よく分からない。
 たまにジャケットなどを買ってくる。家で着てみて「うむ、やっぱり少し大きかったかナ」などという。すると、ジャケットはいつのまにか消えて、息子のところへ送られている。
 ことは衣類だけにとどまらない。食べ物でも本でも雑誌でも、すべてがこんな調子だ。この辺のところが、父親の私にはどうも理解しがたい。
 女性が男性より、そして、母親が父親より子煩悩で、自分自身と赤ちゃんや子供とを一体化させて、面倒をみるのは、なぜだろう。生物学的に説明すれば、それは両性間のホルモンの違いによる、ということになるだろう。ホルモンは脳の形成に大きな影響をあたえている。
 そう私も考えていた。抱卵しないメスのニワトリに、合成した女性ホルモンを餌に混ぜてあたえると、とたんに抱卵するようになる、という実験報告があった気がする。
 ところが最近、子供を自分自身と同化して区別がつかない、母親のこうした感情や行動の説明に、いままで想像もしなかった事実がつけ加えられた。母親の脳には胎児の神経細胞が入っているというのである。
 シンガポール国立大学のG・ドーたち(2005年)はアルツハイマー病の研究をしていて、この信じがたい事実を偶然、発見した。彼らは、実験用のごく普通の系統のマウスで、脳の細胞を赤く染めて組織を調べていた。すると、赤く染まった細胞のなかに、緑色の蛍光を発する神経細胞があるのを見つけた。
 マウスは、ヒトの病気の原因を調べるのによく使われている。最近は、遺伝的に変わった、さまざまな形質のマウスが人工的につくられて、研究用に使われている。
 たとえば、高血圧の研究には高血圧の系統のマウスが、肥満の研究には肥満の系統のマウスがつくられて、さまざまな新しい知見をもたらしている。認知症になりやすいマウスや寿命の長いマウスなどもある。
 こうしたマウスで分かった知見や疾患のメカニズムは、もちろんヒトの疾患の理解や治療に非常に役立つ。ヒトもマウスも大体同じようなメカニズムで、同じような疾患になるからである。
 からだが光るマウスもつくられている。これは遺伝子技術によって、マウスの卵に蛍光を発するタンパク質をつくる遺伝子を組み込ませて、つくられた。卵が発生して子供が生まれると、そのからだの細胞はみんなホタルのように蛍光を発して光る。もちろん脳の細胞も光る。
 ドーたちの研究室では、たまたま、緑色の蛍光を発する系統のマウスも飼っていた。しかし、彼らがそのとき調べたのは、正常な普通の系統のメスである。だから、細胞はすべて赤色に染まって、緑色のものなどあるはずがなかった。
 驚いた彼らは、そのマウスの経歴カードを調べてみた。すると、そのメスは解剖する前に、緑色蛍光を発する系統のオスと交配し、妊娠していたことが分かった。
 してみると、そのメスの脳に混在する緑色の細胞は、妊娠した胎児由来の細胞なのかもしれない。胎児の細胞は、母親と遺伝子型がことなり、緑色蛍光を発する父親からの遺伝子ももっている。
 けれども、胎児の細胞が母親の脳の組織に入るということはありえない。少なくとも、それまでの生物学や医科学の知識ではありえなかった。

二重にありえない事態

 胎児の細胞が母親の脳内に入るには、胎盤関門と血液脳関門とよばれる二つの関門をこえなくてはならず、細胞がこれらの関門をこえることはないとされていた。
 ほ乳類のメスは妊娠中、胎児を自分のからだの一部として育てる。母親は胎盤をとおして胎児と通じていて、栄養や酸素、ホルモンや免疫グロブリンなどを胎児に供給し、一方、炭酸ガスや老廃物を胎児から受けとって処理している。この間、母親の血液は胎盤をこえて胎児に入ることはない。
 胎盤には胎児を保護する働きもある。仮に母親が細菌に感染したり、環境からなにか有害な物質をとり込んだとしても、それらは、直接、胎児のからだには入らない。胎盤は必要なものだけを通す、からだの関所門として働いているのである。
 一方、胎児からは発育中たくさんの細胞が剥離して落ちる。剥離した細胞は胎児をつつむ羊水中に溜まる。それらを採取して、胎児の性別や遺伝疾患の有無を誕生前に診断することもできる。しかし、剥離細胞が胎盤関門をとおって、母親のからだに入ることはない、とされていた。
 ところが実際には、胎児の細胞はときどき母親の血液中に入り込むという報告もなされている。母親の血液中の胎児の細胞は、運ばれて、からだのさまざまな組織や器官に入り込み、そこで分裂増殖しているのかもしれない。
 しかし、である。血液中の細胞が脳に入るには、もう一つ血液脳関門とよばれる関門をこえなくてはならない。脳はからだの最も重要な部分だから、外からの物質が容易になかに入り込まないよう、しっかり防御されている。血液中の物質も脳内に入るのは難しい。
 解剖学的にみると、脳の血管壁はからだの他の部分と違って、細胞が密に結合して血液中の物質が通りにくいようにできている。小さな分子は通っても大きなものは通れない。
 では、小さければ、どんな分子でも通るかというと、そんなことはない。通過は選択的になされている。小さくて一旦、血管壁を通過しても、分子によっては、また元に送り返されてしまうものもある。この選択のメカニズムはまだよく解っていない。
 いずれにしても、胎児の細胞が母親の脳に入るには、このような、小さな分子でもこえられないような関門を二つもこえなくてはならない。それは不可能のようにも思える。だが、事実として、胎児の遺伝子型の細胞が、なんらかの方法で、母親の脳内に入ってきているのだ。
 では一体、どのくらいの数の胎児の細胞が脳内に入っていたのだろう。報告によると、その数は領域によって異なるが、母親の細胞1000個あたり、ほぼ1個の割合で胎児の細胞があったという。
 マウスの脳の神経細胞の数がいくつあるか知らないが(ヒトの脳では100億から180億程度と推測されている)、仮に数億としても、脳に移入した胎児の細胞は数十万ということになる。これは大変な数である。
 脳の領域によっては、1000個に10個もあったという。この信じがたいほどの数の胎児の細胞は、どうやって二重の関門をこえて脳に入ってきたのだろうか。

胎児が母親の脳を修復する!?

 胎児の細胞は成人の細胞とちがって特別な能力をもっている。とくに、その初期の胚の細胞は、分裂をいつまでも続け、からだのさまざまの器官や組織に分化する能力をもっている。
 このことは、たった一つの受精卵から、分裂をかさねて、さまざまな器官や組織をもつ私たちのからだになることからも、容易に理解することができるだろう。こうした能力をもつ胚の細胞は、胚性幹細胞とよばれている。
 胚が発生成長すると、やがて、こうした能力は失われる。けれども、細胞のなかには、成人になってからも、分化能は失っても、分裂能はもっているものがある。それらは胚性幹細胞と区別して、体性幹細胞とよばれる。
 たとえば、事故にあって大量に出血しても、また新しい血液がつくられたり、毎日、皮膚から垢として古い細胞を洗い落としても、皮膚がいつも、ちゃんとしているのは、幹細胞の分裂のおかげである。
 造血組織の幹細胞は、さまざまな血液細胞に分化する能力ももっていて、赤血球や白血球、血小板などに分化する。脳や肝臓にも、こうした幹細胞がある。
 さて、胎内の胚から剥離した胚性幹細胞が、胎盤関門をこえて母親の血液中に入ったとしよう。幹細胞はからだのいろいろな部分に運ばれて、そこの組織や器官の細胞と同じ機能をもつ細胞に分化し、分裂をくり返すだろう。そして、母親のからだの一部を構成するのかもしれない。
 脳には神経細胞のほかに、栄養を供給する細胞や、神経細胞を覆って電気シグナルを漏れないようにする細胞など、いろいろな機能や形態の細胞がある。報告によると、神経細胞以外のこうした細胞にも緑色蛍光のものが見られたという。
 おそらく、最初に脳に入った胚性幹細胞はそう多くはなかったことだろう。しかし、脳に入ってから、さまざまな機能の細胞に分化し、分裂増殖して、その数を増やしたと考えられる。
 実験的に化学薬品で脳の組織を傷つけると、驚いたことに、傷ついた部分に蛍光を発する細胞がたくさん集まってきたという。傷ついた母親の脳の修復を胎児の細胞が積極的に手伝っているらしい。
 脳に入った胎児の細胞は分裂をつづけて、母親の脳に長く留まるという。してみると、母親のからだは自分だけでなく、(父親の遺伝子をもつ)胎児の細胞とのモザイク体ということになる。そして、脳は、胎児とのモザイク脳ということになるだろう。
 だけど、それはマウスの話じゃあないか、という人がいるかもしれない。だが、マウスで見られる現象は、たいていヒトでも同じように起きている。おそらく、脳内への胎児細胞の移入は、ほ乳類ではごく一般的に起こっていることのような気がする。
 そう考えると、私たちがしばしば目にする、あの濃厚な母子関係も、なんとなく理解できる気分になる。この論文を読んだとき、大げさにいえば、南極の氷壁が崩れ落ちて、海中に消え去るような(それはテレビで見たのだが)、そんな気分になった。
 そして、子供にたいする母親たちの、あの思考回路は、きっと、彼女たちの脳の中の胎児(子供)の細胞の働きによるのだ、と決め込んで納得した。
 私の研究室に中国の留学生がいたことがある。学位取得後、彼は日本の企業に勤めたいと希望した。で、製薬会社の知人にたのんで、そこの研究所に入れてもらった。彼はなかなかの秀才で、見た目も秀才らしく痩せていた(?)。170センチの身長に51キロしかない。
 そのうちに中国人の女性と結婚した。すると、だんだん肥ってきた。57キロをこえた。「オクさんが、おいしいものを、たくさん食べさせてくれますから……」と幸せそうにいった。
 ところが、赤ちゃんが生まれると、また痩せはじめた。そして、50キロを切った。どうしたのかと、尋ねてみた。彼は情けなそうに、こういった。「赤ちゃんが生まれたら、オクさん、ろくなものを食べさせてくれないんデス」
 なにか慰めの言葉が必要な気がした。「そうか?、でも、ほ乳類はみんなそうだからねえ」といってみた。「ほ乳類はみんな、そうですか?」と彼はくりかえした。
 慰めの言葉にはならなかった、ようだった。

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