1993年12月3日(金)
今朝の電車で私の隣りに立っていたあの女は、西瓜子だったか? どうだ?──違うとは言いきれない。だが、そうだったとも言えない。彼女を見ているうちに私は、これこそが西瓜子なのだと思ったり、西瓜子はこんなふうではない、と思ったりした。私は、ずいぶんマジマジとその女を見つめていた。彼女はずっと目を閉じて立っていた。私が降りる駅に着いても彼女は目を開かなかった。
2003年4月16日(水)
いい天気だ。心配事ばかりで気分は晴れないが。転居通知が届いたらしく、数人の知人たちから電話──引越しの本当の事情を話さずにいるのは、みんなを欺いているかのようで、いささか心苦しい。が、内実を打ち明ければ清々するのかと言えば、話さなければよかったと思うに決まっている。聞かされた方は、べつにどうでもいい話だと思うだろうし。ああ、私は明朗な人間にはなれそうにない。
1997年12月31日(水)
大晦日の自分へのアドバイス──この先、もしも結婚をするなら、まだ私の人生に登場していない女とすること。
1998年6月28日(日)
明け方、隣りの中国人の部屋からひどい声が聞こえた。悲嘆に暮れているような、怒りをぶちまけているような。地団駄を踏むらしい音までする。女の声が時おり混ざった。昼近くになって外へ出ようとすると、隣室からも人が出てきた。男が二人に女が三人。五人でとても仲が良さそうに見えた。隣りの部屋は外国だ──地団駄を踏むあたりが特に。
1995年4月7日(金)
新宿で、本屋に向かって昇ってゆくエレベータに乗っていたら、若い男が一人倒れた。「回ってきちゃった」と言いながら、ぐらりと倒れた。こういうのは初めて見た。
2004年12月1日(水)
これまでちっともしたことがなかったが、オークションというのは、古本を手に入れるのにいい方法かもしれない。さっそくD・クヌースの『TEXブック』を落札したが、迂闊にも改訂前の旧版だった。やれやれだ。こうなったら改訂新版をできるだけ安く落手して、せめて平均価を低くしよう──そういえば、いつか読んだコミックの主人公が、これと同じ論法で梅干しを次々と買っていたっけ。
2000年3月18日(土)
夢を見た──部屋の中に深さ三十センチほどの水が溜まっており、二十六歳級の鯉が泳いでいた(“二十六歳級”が何を意味するのかはわからない。私は三十一歳である)。鯉は部屋の隅から出現して、ゆったりと室内を回った。捕まえようとして尾ひれを掴んだら、ちぎれてしまった。逃げてゆかないように掃除機で吸引すると、ジタバタもがいた。掃除機のスイッチを切ると、ぐったりとしており、体も寸詰まりになっていた。そしてそのまま死んでしまった。私は後悔していた──自由に泳がせておけばよかった、すくなくとも死なせるべきではなかった、と。
1999年1月3日(日)
夢を見た──古本屋にいて、欲しがっていた本を見つけた。二冊あった。私は悩んでいた。一方は、外観はきれいだが、本文に何カ所か赤で線引きがしてあった。もう一方は、線引きはないものの、全体的に薄汚れており、背がひどく歪んでいた。割れもある。値段はいずれも同じ。どちらも買わない方がいいと自分に言い聞かせつつも、どちらかを買ってしまうかもしれないと思って私は脂汗をかいていた。
1995年3月31日(金)
夜、洗い物を済ませ、風呂に入ろうとしていたら、根古島さんから電話。池袋の〈和民〉で飲んでるから出てこないかと言う。高円寺から24時09分の上り電車に乗った。〈和民〉には三時ごろまでいた。帰りの電車はもうないので、ダンキンドーナツで夜明けを待った。夜明かしをする人々の中に、肩を寄せ合って座っている若い男女がいた。学生らしい。講義要項を開いている。そういえばそろそろ新学年だ。トイレに立った際に覗き見ると、早稲田大学の第二文学部だった。帰りの電車の中、二人連れの女の子が私の間近に立っていた。一人はピンク色の服を着ており、私のことを冷たい横顔で睨んでいる。もう一人は黒い服を着ており、私のことを親しげに見つめている。私は寝惚けているのかもしれない。早く帰って横になった方がいい。
2006年6月12日(月)
人から聞いた話──ある霊感の強い人が、通りで呼び止めたタクシーに乗り込んだところ、なぜか先客がいる。これは失礼、と言って降りようとすると、運転手が振り返ってこう言った──お客さん、見えるんですね、と。いつから“乗って”いるのかと運転手に尋ねてみると、三人ほど前の乗客が連れてきてしまったとのこと。じゃあ降ろそうか、とその人が言うと運転手は、いずれ降りるでしょうからかまいませんよ、と言って遠慮した。……“降ろす”ことができるその人もすごいが、運転手もまたなかなかのものである。
1997年7月16日(水)
夜、百瀬くんから電話。育英会の第一種奨学金が獲得できたとのこと。道理で声が弾んでいる。この先二〇〇〇年の三月まで、月々十一万五千円が支給されるのだそうだ……。
2001年4月14日(土)
〈日本文藝家協会〉から推薦入会の案内が届く。同封されていた文書を読んでみると、協会に入れば健康保険料が一律で、たいへんお得である旨が書かれていた──が、私が支払っている国民健康保険料よりも高かった。
2007年10月8日(月)
日本というのは、貧乏な作家にとっては、暮らしにくい国なのかもしれない──そう思うことがしばしばある。けれども西瓜子はこう言うのだ──貧乏ならどこへ行ったって暮らしにくいよ、と。
次回更新予定日 10月25日
