1998年12月9日(水)
新宿の東口にある〈カフェ・ラ・ミル〉で『群像』のKさんと会った。先日の〈野間文芸新人賞〉の選考についての詳細を聞き、ボツになった原稿を返してもらった。
喫茶店を出ると二人で〈紀伊國屋書店〉に立ち寄った。Kさんが「不遇な作家に糧を……」と言うので何かと思ったら、私に本を買ってくれるというのだった。どれでもいいから一冊選んでくださいと言われたが、急にそんな厚情を受けて私は戸惑ってしまった。
いっそ《ひみつの花園》の鈴木咲子を真似て、本いらないからお金ちょうだい、と冗談で言ってみようかと思ったがやめておいた。もしかすると冗談に聞こえないかもしれない。
だいぶ逡巡してから私は『コレアン・ドライバーは、パリで眠らない』を選んだ。なぜこの本にしたのかはよくわからない。Kさんは目的の本が見当たらないとのことだった。まだ読んでないならおもしろいですよ、と『悪童日記』を勧めたら、じゃあ読んでみますと言ってひょいとレジに持って行った。
人から本を買ってもらうというのは、子どもの頃に一度あったきりだった。あの時もたしか、だいぶ逡巡したのだ。選んだ本は『ガラス山の魔女たち』だった。これでいいのね? と伯母に訊かれると私は不必要に強く頷いた。なぜこの本にしたのかよくわからない。
人が見ている前で本を選ぶと顔が赤くなる。昔も今も同じだ。
1998年8月3日(月)
夜中の三時──書き物がうまく進まないので、自転車に乗って表へ出た。人けのない市街地をブラブラ走り回ったが、やがて多摩川に行き、川に沿ったサイクリング道路を上流に向けて走った。むやみにペダルをこぐ私は、おおむね惚けたようになっており、気持ちが悪かった。
──問題なのは、私を慰めてくれる女がいないことではなく、女に慰めてもらうことで向上してしまうような“お調子者”に私がなれないことだ。慰め甲斐のない男なのだ、この私は。あるいはたんにノリが悪いだけなのかもしれない。
辺りはまだ暗いままだったが、朝が近づいてきているのはわかった。私は自転車を止めると川べりまで降りて行った。昨日の夕方から夜にかけて降った雨のせいで川は増水していた。不透明な黒い水が静かな勢いで流れている。私は履物を脱いで裸足になると、ズボンの裾をまくり、黒々とした流れの中に立った。いくばくかの恐怖を感じた。足下はコンクリートで護岸されたゆるい斜面になっており、泥ではない。
いったん岸に上がると私は、服を脱いですっかり裸になり、ふたたび水に入った。ゆっくりと真っ黒な水の深みへ進んでゆく。流れる水は冷たいような温かいような感じだった。時おりゴミが流れてきてビックリさせられる。いつしか藻のようなぬめりが足裏に感じられるようになっている。
不意に押し流されそうになってよろめくと、空の方でだけ夜が明け初めていた。私は岸に引き返すと水から上がり、ハンカチで体を拭った。着衣は温かいと感じられた。
川を離れると〈セブンイレブン〉でブリトーを買い、食べながら帰った。もしかすると私は今、河童のような臭いをさせているのかもしれないと思えた。部屋に戻るとシャワーを浴びた──夜中のシャワーは後ろめたいが、明け方のシャワーは気分がいい。
ラジオを付けると睡眠薬を飲んで眠った。早く、こういうことをしないで済ませられるようになりたい。
1998年4月4日(土)
起きてすぐは曇っていたが、しだいに晴れて、いい天気になった。
ベッドの上で私はしばらく懊悩した──自転車を買うべきか、それとも〈プレステ〉を買うべきか、書物やコミックを買いまくるか、憂さ晴らしをかねていっそのこと、現時点で欲しがっている物をみんな買ってしまうか。
ベッドを降りて机に向かい、家計簿を調べてみると、欲しい物を買う金はなく、必要な物はどうにか賄えそうだが、できるだけ注意深く支払わねばならないことが判明した。懊悩は不毛な所業となった。
いつの間にか窓辺に鳩のつがいがいた。窓ガラスと鉄柵の隙間で体を丸めて身を寄せあっている。パン粉と水を入れた器を出してやった。すると鳩は、丸めたままの体をよちよち押し合いながら遠ざかるのだった。飛び立ってゆくわけではないが、近づいてくるわけでもない。
手持ちの金が少なすぎるので銀行へ行くことにした。ちょっと遠いが、土曜でも午後二時までなら引き出せる。〈東電〉の ATM は今日は使えない。月曜日になったら歯医者にも行かなければならない。親知らずを抜くのだ。親知らずが頭痛の原因になることもあるらしい。
部屋を出ると、まず〈TSUTAYA〉に立ち寄って借りていたビデオを返却した。新しく借りることはしなかった。レンタル料の低下とレンタル回数の増加は正比例しないのだろうか?
銀行へ行き、用心しつつ金を引き出してみると、残高が増えていた。土曜は記帳ができないので内容はわからないが、おそらく源泉徴収税の還付金だろう。可能なかぎり戻ってくるように申告書を書いたのだ。
ぽかぽかした日差しの下を歩いているうちに、私はとても幸せな気分になった。天気がいいからではなく、預金残高が増えていたからである。
距離はだいぶあったが散歩の足取りで調布の駅前まで行くと、〈パルコ〉内の〈無印良品〉で自転車を見学した。“売約済み”という札の下がったのが何台もある。春はきっと自転車がよく売れるのだろう。私も欲しいが、今はダメだ。“新生活”シーズンが終わるころには、もしかしたらどうにかなるかもしれない。
部屋に戻ると百瀬くんに電話をかけたが留守だった。彼からは、電子メールのアドレスを持つように勧められている。けれども私のコンピュータは、外部のネットワークには接続されていない。
私はワープロで執筆し、テキストデータをコンピュータに移し、レイアウトと印刷、それから原稿の管理をしている。それ以外の用途は今のところ考えていない。コンピュータは起動に時間がかかるし、音もうるさいので書き物には使えない。
夜、窓辺にはもう鳩のつがいはいなかった。パン粉と水を入れた器は蹴散らされ、ひっくり返っていた。
後からもう一人来ますからというようなことを自分自身に対して言わず、一人分の暮らしを確立するには、どういった心組みになればよいか──ということについて考えた。すると、一人の暮らしを確立しおおせればこそ、それを台無しにしてくれる人が現われるにちがいない、という下心が自分にあることがわかってガッカリした。
次回更新予定日 7月12日
