Web草思
文学的なジャーナル Journal Imagined 岡崎祥久
第12回
2000年10月30日(月)

 11時半過ぎに起きた。……というか起こされた。どうしようもなく眠りが不足していた。コーヒーの香りが漂っているが、のどかな気分になるどころか、チクチクと急かされている気がした。香ばしいのではなく、焦燥に似た焦げ臭さがある。私は起こすのも嫌いなら起こされるのも嫌いだ。もう滅多に目覚まし時計を使うこともなくなった。
 西瓜子がシャワーを浴びる音が聞こえている間、私はベッドの中でうつらうつらしていた。けれどもやがて、水音が止んでしまうと、渋々ベッドを出た。コーヒーはとうにぬるくなっていた。西瓜子は温かい湿り気を帯びたままで姿見の前にうずくまり、ひたひたと顔に化粧水をはたいていたが、やおら調理用のボウルをかぶると前髪を切り始めた。片手で押さえているボウルが動くのでとても切りにくそうだった。
 「おいおいボウルだぞ」と私が言うと「ダメなの?」と言って手を止めた。ダメじゃないがねと言うと私は西瓜子に両手でボウルを押さえているように言い、代わりに切ってやった。ステンレスのボウルの縁に沿ったきれいな前髪ができた。西瓜子はすっかり出かける気になっている。肌寒かったので、タートルネックのセーターを衣装箱から引っぱり出して着込んだ。もうじき寒い季節になる。そろそろ衣替えをしておかなくちゃならない。
 洗濯機のわきに汚れ物が山と溜まっている。一昨日の晩、休みの日になったらあたしが洗うんだから洗っちゃダメ、と西瓜子は言っていたが、われわれは今日、洗濯もせずに出かけてしまうのだ。
 身支度を調えて部屋を出たのは13時ごろだった。電車に乗って渋谷まで行った。月曜の昼間だというのに、どうしてこんなに人が多いのかわからない。休日の混雑を逃れおおせて平日に出てきている人々で逆に混雑しているのか、それともこんなのは混雑のうちに入らないのか(本物の混雑というのは、もっとずっと過酷なものなのかもしれない)。だがどうあれウンザリさせられることには違いがない。私は常に混雑を回避したがっている。
 おや、少し日が差してきた。
 渋谷から銀座線に乗って表参道へ行き、交差点そばの〈サブウェイ〉でサンドウィッチを買った。これが朝食というわけである。地下の客席に降りてみると異様なほど混んでいた。しかもなぜか女ばかりである。“巣窟”とでも呼びたいような様相を呈している(どうでもいいが西瓜子は巣窟をいつもスクツと読み誤っている)。どこにも座る余地がないので、われわれは表に出るとガードレールに腰掛けて食べた。外の方が女のスクツで食べるよりもうまかった。
 サンドウィッチを食べてしまうと、少し坂を下って〈クレヨンハウス〉へ行った。西瓜子はここをとても気に入っているが私は初めてだった。マッシュルームのような形をした3個入りの小さな木の独楽を2階の玩具売場で買い、1階の書籍売場でささきまきの『ぼくがとぶ』を買った──ささきまきの絵本は、私にとっては『やっぱりおおかみ』1冊で必要十分であることに変わりはないのだけれども。
 ふと首筋が痒かった。西瓜子に見てもらうと、虫に刺されたように赤くなっていると言う。ただの虫刺されなのか、長いこと衣装箱にしまい込んでいたせいで虫がついたのか、久しぶりで着る毛糸にかぶれたのか。
 表参道から原宿交差点に向かってゆるい坂を下っていると、前を歩いていた女が敷石のへこみに足を取られて転んだ。静かな転倒だった。手のひらが歩道を叩くピシャッという音が聞こえた。
 いちおう原宿駅へ行き電車に乗るつもりで歩いていたのだが、ぶらりと〈キディランド〉に立ち寄った。ここもまた玩具を売る店だが、〈クレヨンハウス〉の2階とはおもむきが異なっている。電源が必要なオモチャとプラスチックとキャラクターが豊富である。
 疲れたから一休みしたいと西瓜子が言うので〈ZAKKA〉へ行った。しかしどうやら模様替えが行なわれたらしく、以前とは様子が違っている。片隅の“流し台”はまだ残っているが、喫茶のスペースはだいぶ小さくなっていた。やっぱりよすと西瓜子が言うので、ひとわたり見ただけでお茶は飲まずに出てきてしまった。代わりに〈千疋屋〉でマロンパフェを食べてコーヒーを飲んだ。
 西瓜子がタイツを買いたがったので〈ラ・フォーレ〉まで戻ったが、うまく見つけることができず、店内をうろうろしただけであった。探し物というのは一人ですべきものかもしれないな──不慣れな店内を引き回されながら私は恨み言のようにそう思っていた。
 ようやくのことで原宿駅から電車に乗って中野へ行くと、〈中野武蔵野ホール〉で《チェコアニメ映画祭》のFプログラムを見た。粒ぞろいの短編を組み合わせたいいプログラムだった。あるいは夕方の回だったからなのか、わりとよく人が入っていた。
 私が最初にロシアないしは東欧のアニメーションを見たのは、たしか十年ちょっと前のことだった。吉祥寺にある小さな映画館だったが、てんでバラバラなソファを座席として並べた館内には、私より他には誰もいなかった。たぶん雨が降っていて天気が悪かったせいだろう。《人になるには》もよかったが、《ガールフレンド》がことのほか気に入った。レーザーディスクが全盛だったときは金がなくて買い揃えられなかったが、DVDが全盛の今も金がないのは同じだな、そのうちにDVDもすたれるのかな、などと思いつつ映画館の外へ出ると、うわお、次の回の入場を待つ長い行列ができていた。ここにもまたすぐそばに混雑が……。
 中野から東中野へ行って《ヒーロー・イン・チロル》もハシゴして見るつもりでいたのだが、表参道で時間を費やしすぎたので今日はやめることにした。予定ではチェコアニメもひとつ早い回を見るはずだったのだ。
 ぼちぼち腹が減ったので、近くのステーキ屋を覗いてみたが満席だったのでよした。並んで待っている連中もいる。ちょうど19時半ごろで、多くの人々が腹を空かせている時間帯であった。われわれは食欲もまた大多数とズラすべきなのだろうか?
 いくばくかの空腹をこらえて電車に乗ると新宿へ行き、〈マトリョーシカ〉でロシア料理を食べた。久しぶりだし、寒い夜だったのでちょうどよかった。やはり冬になるとロシア料理が恋しくなる。それにしてもこの店は、とても地味なので、いつまでつづくかわからなそうな印象を子どものころから抱いていたのだが、なんだかんだでずっと存続している。不思議なものである。だがひょっとすると、私なんかの知らないところで好評を博しているのかもしれない。人も料理店も見かけによらず云々、というようなことがあってもおかしくはない。しかしどうでもいいが隣席にいた英語を喋る男はいささか下品であった。どぼどぼした話し方も癪に障るし、さかんにゲップをしていた。
 急行や特急は混んでいるので、長々と各駅停車に揺られて帰ってきた。なぜか下高井戸では多くの人々が下車する。私はまだ二度しか降りたことがない。いや、三度だったかな。大昔に大学受験で来たことがあったような気がする。結局その大学には入学金だけ納めて入学はしなかったけれども。
 部屋に戻るとわれわれはバッタリとベッドに倒れ込んだ。ひどく疲れていた。旅先みたいにあちこち行ったねと西瓜子が言う。そうだなと言いつつも私は、こうしてベッドの上にいるが、靴を脱いだきり足も洗ってないので臭いんじゃないかと気がかりだった。だがいかんせん疲れていた。ともかく一休みだ。……にもかかわらずわれわれは、いつの間にか乳繰りあっており、今にも事に及びそうになっているのだった。西瓜子はシャワーを浴びてからにしたいと言い、私はし終えてからシャワーを浴びたいと言った──これについては、どちらが理に適っているのかと、毎度のことながら考えさせられる。
 性交を終えたのが23時だったのはちらと時計を見たので覚えていたが、それから少しまどろんで目を覚ますと夜中の1時だった。西瓜子を起こそうとしたが、昏々と眠っていた。タバコがひどく不味い。裸で台所をブラブラしていると、昨日の煮物に火を通すのを忘れていたことに気付いた。なので火が通るまでガス台の前に裸でうずくまっていた。そうしてシャワーを浴びた。こんなふうに温かい湯を浴びると、なぜかいつもようやくだと思える。しかし何がようやくなのかは、たいていよくわからない。
 それにしても、昨日までの分に今日の分が加わって、汚れ物がさらなる山のようだ! 明日はたんまりと洗濯をしなければならない。〈はやい乾太くん〉があればいいのにな。冬はただでさえ洗濯物が乾きにくいのだ。
 もう真夜中だったがコンピュータを起動してメールチェックをすると、『文學界』のNさんから「ニジイロのセカイ」は掲載延期になったとのメールが1通。フーン。
 コンピュータをシャットダウンするとものすごく静かになる。冷却ファンとハードディスクの騒音については、これまで長いこと不問に付されてきているにちがいない。解消された時になって初めて、これまでこういう問題があったけれども云々などと言い出すのだ。しかしそういうのはまあ、コンピュータに限ったことではない。解消よりも先に文句を言い始めると厄介者扱いされるのはよくあることだ。
 私がベッドに潜り込むと、眠ったままの西瓜子が剥き出しの足を絡めてきた──冷たく湿った足だった。

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