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文学的なジャーナル Journal Imagined 岡崎祥久
第8回
1994年8月7日(日)第7日目 走行距離:443.1km

 朝4時30分に起きた。北海道の東側は朝が早い(ような気がする)。太陽は既に地平線を離れて明るく輝いている。
 アルミのコッヘルに水を汲んでくると、カートリッジ式のストーブでお湯を沸かしてカップラーメンを食べた──実を言うと、昨夜もカップラーメンだった。しかもそっくり同じ製品。とはいえこれは、キャンプ場の周囲をオートバイで何キロも走り回った末にようやく手に入れた“温かい”食べ物である。
 いっぽうで自動車の連中はクーラーボックスの中に食べ物を豊富に持っている。昨夕もバーベキューのうまそうな匂いがあたり一面に漂っていた。あちらでもバーベキューこちらでもバーベキュー。カレーや豚汁ではなくバーベキュー。焼くのは父親たちで、母親たちはクスクス笑いながら揶揄している。子どもたちは陽気な叫び声を上げて駆け回る。男女混合の若者たちは冷えたビールを飲んでビンゴゲームに興じる。やがて日が落ちれば、家族連れも若者も例外なしに花火! 煌々とランタンの灯るテントも立派だ。小屋のごときテントが色とりどりに軒を競っている(いやいや、マジメにこういう言い回しをしておきたい感じだ)。私の一人用のテントは、なんというか、遠くを見ようとして頭をもたげた芋虫といったところで、私が低く地に寝そべるのを覆っているだけの代物である。両隣りの“敷地”にはテントが建っている。すこぶる快適とは言い難い。
 カップラーメンを食べ終え、汁までみんな飲んでしまうと、花火の燃え屑だらけの集積所に容器を捨て、テントをたたんだ。今朝はシュラフは使わずに済んだ。昨日の明け方はひどく寒かったものだから、それまで枕としてだけ使っていたシュラフを寝ぼけ眼で広げ、あわてて潜り込んだ。昨日は本当に寒かった。
 オートバイに荷物をくくり付けて荷造りを済ませると、忘れ物はないかと執拗に点検し、尾岱沼おだいとうの〈青少年旅行村〉を出発した。
 どうやら暑い一日になりそうだ──ありがたいことに!
 今日は尾岱沼から斜里、網走を経て、とりあえず宗谷岬まで行くことにした。オホーツク海を右手にして走る長々とした道には絶えず風が吹いている。陸から海へ吹く強い横風だ。まるで気流の大河をおし渡るかのようである。私は風上に向けてオートバイを斜めに倒したままで走り続けた──あたかもこのようにして乗る物であるかのように。しかし強風も暑さも、昨日の寒さに較べたらパラダイスと言ってよい。
 昨日は〈広尾野外キャンプ場〉から出発し、ルート336・ルート38・ルート44を走った──これは釧路を経て根室へ至る道である。朝霧がひどいせいで視界が悪いのはまだいいとしても、寒い上に服がじっとりと濡れてゆくのがやりきれない。いずれ晴れるだろうと踏んだのだが、霧は濃くならないかわりに薄くなりもしなかった。畑からは水蒸気が立ち昇っている。灰色の太陽は霞んでおり、いやに小さく、直視しても眩しくない。私は寒さに歯の根をガチガチ鳴らしながら走った──いやもう本当にガチガチ鳴るのでまいった。止めようと思っても止められない。顎だけ自動機械に成り代わってしまったかのようだ。奇妙というかおもしろいというか恐ろしいというか。おい、今は8月だぞ! 真夏だぞ! と罵る声も震えている。可能なかぎり早く寒い地帯から逃れ出たい気持ちと、速度を増した分だけ募る寒さとの妥協点は時速80キロであった。すれ違う自動車もオートバイも自転車も歩行者もない。ピースサインを出さなくていいのはありがたい。最初のうちこそ楽しかったが、今はもう億劫になってきた。
 寒くても臭いというのは嗅ぎ取れるものらしく、畑から漂ってくる肥料の臭いや、牧場の家畜の臭いといったものを私は走りながら嗅いでいた(どうでもいいが、好悪を含めずに嗅覚刺激を言い表わすにはどう書けばいいんだ? におい? ニオイ? 臭い? 匂い?)。キタキツネと熊は今のところまだ見ていないが、北海道に来てからこっち、馬と牛はそれなりに目にしている。連中は私が普段想定していたよりも大きな生き物だった。間近で見ると体格と重量をありありと感じる。ホルスタイン牛は何か(というか白黒模様の皮革を)着ていそうな気がしないでもないが、馬の身体というのは、どういうわけかひどく生々しい。本当に裸でいるかのように見える。裸馬という言い方にもうなずける。やがて海に近づくにつれ、呪わしい寒風がなおも強まった。
 ようやく辿り着いた納沙布岬は霧に覆われていた。空は曇り、遠くの海は霞んでいて何が何やらわからない。何でもいいから見えるものはないかと目を凝らしていたら頭が痛くなった。岬の店ではおばさんが「ライダーのお兄さんいらっしゃい!」と呼び込みをしている。誰に呼びかけているのかよくわからなかったが、辺りには私よりほかには誰もいない。ライダーって……おれのことか。
 この旅では、同じ道を引き返さぬこと──というのを決め事の一つにしていた。が、岬の一本道はいかんともしがたい。しぶしぶ引き返して岬を離れると、しばらくして今度は急にガス欠になった。トリップメーターで計っていたのだが、ひょっとすると計算が違ったのかもしれない。リザーブタンクに切り替えると、最後に見たガソリンスタンドまで、またしてもしぶしぶ引き返した。せっかくの道のりが無情に巻き戻されてゆく。物理的な移動の効力など果敢ないものだ。そのくせ前に行ったことがある場所に即座に戻れるわけでもない。
 給油係の女の子が(なぜか)親しげに話しかけてくれたおかげで、書き言葉はともかく話し言葉から遠ざかっていたのだと感じられた。しかもなかなか美人だ(こんな辺鄙なところでは唐突なほど)。だいぶ薄汚れて髭も伸び盛っているので私は内心一人で憮然としていた。できるだけ海沿いの道を走って日本を一周するつもりなのだと話すと彼女はスゴーイと言って目を見開いた。給油が済むと私はさっさとガソリンスタンドを後にした。
 ルート224に入ってからようやく辺りが晴れ渡った。鬱陶しい霧とはこれでおさらばだ。せっかくなのでオートバイを止めると日光浴をした。トテモ静カダ。
 走ってみると国道224号線はやたらと鴉の多い道だった。栗鼠もいた──素早く道路を横切ったのだ。エゾリスなのかどうか知らないが、背中の縞模様がオートバイの上からでも明瞭に見えた。瞬間的に同じスピードの中にいたのかもしれない。栗鼠は脇目も振らずに全力疾走で横断していた。動物注意の道路標識はハッタリではないということだ(おそらく牧歌的でもないのだろう)
 やがて〈青少年旅行村〉というキャンプ場を見つけたので一泊することにした。一日中寒い思いをさせられたので晩には何か温かい物を食べたかったのだが、キャンプ場の周囲には店などなく、オートバイでうろうろ探しまわってやっと見つけたのはしょぼくれた雑貨店だった。まだ賞味期限の切れていないカップラーメンを2つ買った……。
 さて、網走はとうに走り過ぎ、私は宗谷岬までやってきた。いちおう日本の最北端とのことだが、だからといってどうということもない。もしも“歌”さえないような残りの西東南の端にも行ってみたいなら、私はオートバイ乗りよりは船乗りになった方がよさそうだ。さっきからずっと宗谷岬の歌がスピーカーから流れている。おそらく日がな一日エンドレスなのだろう。わりと好きな歌なのだが、さすがに垂れ流しでは辟易させられる。毎正時に再生するというのであればまだしも。
 今夜はもうテントで寝たくなかったので、稚内までもうひとっ走りした。ビジネスホテルを見つけるつもりで稚内駅まで行ったが、ボランティアで観光案内をしているという老人に声をかけられた。今夜の宿を探しているものとあっさり看取されたらしい。彼が営んでいる〈渋谷旅館〉に連れてゆかれた。古い建物だということはわかるが、どことなく安っぽい印象が拭えない。「かかあも女中もまだ来てないから」とのことで、宿帳は後回しにして部屋に通された。両隣りの部屋には先客がいる。いずれも男女のカップルである。壁が薄いのか、物音やテレビの音声が聞こえる。荷解きを済ませると畳の上に寝そべり、ここ数日のメモ書きを整理した。
 素泊まりなので夜になると食事をしに外へ出た。〈和風レストラン船元〉という店に入ったが、そこしか開いていなかった。宿に戻り、窓辺に腰掛けていたら花火が見えた。何の花火かは知らない。風呂は大風呂だった。久しぶりで風呂に入った(ような気がする)。しかし裸になるとどうにも汚い。腕が真っ黒焦げだ(腕全体ではなく中途半端に焦げている)。腕時計をしている左手首が傷み始めている。肩凝りはするし尻っぺたも痛い。継続的な負荷を感じる。だが旅の忍耐と日常生活の忍耐とどちらがマシかと問われても、あまりよくわからない。
 風呂から上がると濡らしたボロ布でヘルメットを拭った。オートバイで走っていると、シールドにぶつかった虫が潰れて汁を出す。一日が終わるころには視界がだいぶ曇っている。虫の汁はなかなかきれいにならない。走行中に虫が体に当たればけっこう痛い。
 夜になっても耳鳴りが止まらない。風音がこびりついている(でなきゃノイローゼだ)。出発してから今日で一週間が過ぎた──東京からここまで一週間。日本を一周するにはどれほどの時間が必要なのかわからない。それをしたいのかどうかもわからない。両隣りの部屋からイビキが聞こえる。
 明日はまずオロロンラインを走ろう。

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