1997年8月17日(日)
8時半に起きた。昨夜コンビニで買っておいたおにぎりを食べ、備え付けのティーバッグで煎茶を飲むとホテルを出た。この近辺のコンビニは〈ローソン〉が支配的だ。
〈ソラリア〉という商業施設内に映画館があり、《もののけ姫》を上映していた。東京で購入し手帳に挟んでおいた前売券が使えた。もうだいぶ人が入っていたが、通路脇に席を取ると私は本を読んで上映開始を待った。
人が満ち満ちてくる気配がするので顔を上げてみると、いつの間にか館内はひどい混雑だった。カーペット敷きの通路や階段はもうすでに立派な“座席”となっている。私のすぐ横の緩やかな階段通路では小さな姉妹が段差に腰掛けていた。お姉さんは小学校高学年といった年頃だが、幼稚園児らしい妹に「ほら、立って」と私とは異なるイントネーションで言い、スカートを引っぱり上げて直してやったりしている。その姉妹の前にやや無作法な感じの母子連れが無造作に座ると、幼い妹の視野はすっかり塞がれてしまった。不安げに姉の顔を見上げる妹に少女は「始まったら見えるようにしちゃるけん、心配せんとき」と言い聞かせた。
私はといえば、席を譲るべきか否かについて考えてしまっていた──姉妹と入れ替わりに私が通路に腰掛けるのはかまわないが、それで彼女たちが落ち着いて見ていられるのかどうか、気を利かせて離れるとしたら、外へ出るより他はないほどの観客で館内は埋め尽くされている、自然な逆境に置いておく方が少女たちもむしろ気楽なのでは?──などとウジウジ考えてしまっていた。ったく29歳にもなってこんなことで顔を真っ赤にしながらジッと座ってるなんてな!
やがて映画が始まり館内の照明が落とされると、少女たちは暗い周縁に沈み、私には明るい画面だけが見えた。
私は昨日、朝5時55分羽田発の飛行機に乗って福岡へやってきた。機内はガラガラだったが私の座席は翼の付け根だった。飛行機に乗るのはこれが生まれて二度目──小学生の時分にやはり福岡へ向かう便に乗って以来のことだった。片道だけで、帰りは新幹線だった。祖父と母、私と二人の妹の旅だった。私の一方の祖先たちはずっと福岡だった。あのときはジャンボジェット機の中央列だったものだから、窓の外は(というか窓自体よく)見えなかったが、今回も翼に隠れてほとんど何も見えない。
1時間半ほどで福岡空港に到着すると、市営地下鉄に乗って天神駅で降りた。「天神」はとても繁華な街だが、まだ朝の8時なので、今のところ、シャッターの下りた店がたくさんある、ということでしかない。かろうじて開いていたコーヒーショップで一休みし、これから行くぞ、と百瀬くんに電話をかけた。
13番のバスに乗って長尾1丁目で降りると、川沿いのワンルームマンションはすぐに見つかった。百瀬くんは大学院の博士課程へ進むために、この春から福岡に移ってきていた。それで私は遊びに来たのだった。チャイムを鳴らすとドアが開かれ、百瀬くんと丸戸さんが出迎えてくれた。数ヶ月ぶりだったが、実際に会ってみるとそれほど離れていたという感じはしない。丸戸さんは明後日帰京の予定だが、今日明日は三人で話ができる。話をしながら丸戸さんと百瀬くんは順にベッドで横になって昼寝をした。私は寝なかった。
二人には泊まるよう勧められたが、午後も半ばになると私は〈タウンページ〉でホテルを探し、電話で宿泊予約を入れた。〈プラザホテル天神〉という天神市街のビジネスホテル。そしてバスに乗って三人で天神に出た。ホテルにチェックインして荷物を置くと、さらに別の路線のバスに乗って〈福岡タワー〉へ行った。この辺りはバス網が発達している。といってバス代が安いわけではないのだが。
いささか気恥ずかしかったが海の見えるレストランで食事をし、数ヶ月前に私が文学新人賞を受けたのを祝ってもらった。少しのワインですぐにいい気分になった。とてもいいワインだった。食事を終えると〈シーサイドももち〉の砂浜を散歩した。「充作は子どもなんだもの」と丸戸さんがしきりに言っていた。〈シーホーク〉ホテルのバーでお酒を飲んだ。時間をさほど気にしていないようなので鷹揚なことだと思っていたら、百瀬くんの腕時計は電池が切れて止まっていた。天神までのバスはまだあったがその先がもうないので二人はタクシーに乗って帰った。彼らはついに入籍することにしたのだそうだ──とはいえ百瀬くんの方ではまだ抵抗を試みそうな気配ではあったが。
私はバスに乗ってホテルに戻るとシャワーを浴びた。酒を飲んだのでふくらはぎがだるかった。床頭台の引出しを開けるとやはりなぜか聖書が入っている。共同訳ではなく英語版だ。唯一なじみのある文章を探す──
For you were once darkness, but now you are light in the Lord. Walk as children of light.(For the fruit of the Spirit is in all goodness, righteousness, and truth)──Ephesians 5-8, 9
かつて幼稚園の卒園式で園児全員に新約聖書が手渡されたが、見返しには園児の名前とともに、聖書からの一節がそれぞれに墨汁の筆書きで記されていた。私のには「光の子らしく歩きなさい」とあった。それでこの箇所が私にとって特別となったのだった。
そういえば飛行機が落ちなくてよかったな、と思いながら私は眠った。
アシタカがヤックルに跨がり西へ西へと旅を進めてゆくのを見た私は、自分も当初はオートバイに乗って福岡までやってくるつもりだったのを思い出した。実際にそれをしなかったのは、数日にわたる旅程(による尻の痛み)を難儀に思ったというよりは、飛行機代の方が明らかに安いという金銭的な事実のためであった。文学新人賞の賞金50万円はもう粗方なくなってしまったし、野宿は危険な上に恐いのでお断りである。
映画を見終えると、またそちらへ行くと百瀬くんに電話をした。すると、頼み事をして悪いけど〈天神コア〉にある〈紀伊國屋書店〉へ行ってレヴィ・ストロースの『親族の基本構造』を買ってきてくれたまえ、と言われた(「たまえ」とね)。しかし行って探してみたが本はなかった。むろん店員にも尋ねた──20年近く前の刊行で版元にもあるかどうかわからないとのこと……。〈大丸〉の地下でパンとチーズケーキを買うとバスに乗った。このあたりの太陽は東京とは照度が違うのだと感じられる。文字通り皮膚がじりじりする。
昼食は丸戸さんがピザトーストをこさえてくれたのでそれを食べた。お手製の特製だとのこと。うまかった。ついでに言うと夕飯は、近所の〈味千〉という中華屋へ行った。四川料理とのことだが、辛くて鼻から汗が流れた。百瀬くんは辛いのは平気らしい。彼はそもそも福岡がホームタウンで、今回の進学では地元に戻ってきた形であった。
丸戸さんが仕事もあって帰京するので、明日からは百瀬くんの部屋で寝起きすることにした。合鍵を借り受けると最終バスに乗って〈プラザホテル天神〉に戻った。道路が空いているので運転手はびゅんびゅん飛ばした。たまにいるのがこういう“暴走バス”だ。一度うっかり段差で跳ねて宙に浮いたときにはひやりとした。
部屋に戻るとシャワーを浴びたが、落ちた石鹸を拾おうとしてしゃがんだ拍子に、プラスチックのバスタブの曲面に沿ってくるんときれいに宙返りした。少しも痛みを伴わない想像を超える動きだったので大笑いした。
次回更新予定日 2月22日
