Web草思
贋作天国ニッポン 大宮知信
第4回 目利きもだます贋作者のすご腕
贋作を購入した美術館

 美術の歴史始まって以来、つねに贋作問題はつきまとってきた。1976年、イギリスの美術界をパニックに陥れた世紀の贋作者トム・キーティングの贋作事件は有名だ。トムは25年間に2000点の贋作を描いた。一般のコレクターはもとより、世界各国の美術館がトムの作品を購入した。ひょっとしたら日本の美術館にも入ってきているかもしれない。東京・代々木のある画商が言う。
 「トムの贋作に限らず、美術館が贋作を入れてしまったというのはけっこうありますよ。とくに外国の古い作家はわかりませんからね。日本には専門家がいないので鑑定が難しい。どことは言えないけど、贋作を買っちゃったという有名な美術館もあるし、個人で集めたものに贋作が多数混じっていて、それがいまや公立美術館のコレクションになっているというケースもあります。外国じゃ通らないけど、日本じゃ真作として通っちゃうというのがあるんですよ」
 例えばレンブラントとかルーベンスなどは贋作が割合多い。このクラスの作家は本人が描いたものではなく、工房モノといって弟子が描いたものがたくさん出回っている。工房モノはまだいいほうで、もちろん贋作屋の手になるものもある。
 「数十万とか100万円ぐらいで買ったのならまだしも、何億でしょう。本物の値段で買っちゃうんですから。ま、気の毒といえば気の毒ですけど、別に金に困っている人たちじゃないから、なんてことないと思いますがね」
 美術館はコレクションを揃える必要があり、作品をまとめて買うことが多く、その危険性はつねにつきまとう。あの有名な岡山・倉敷の大原美術館でさえ贋作がまぎれ込んでいた。同美術館が所蔵するゴッホの《アルプスへの道》。1970年に盗難にあってその後戻ってきたが、それが贋作ではないかと疑われ、収蔵庫に眠ったままとなった。現在は「真贋不明」と明記した上で、資料的価値が高いものとして常設展示している。連日多くの入館者でにぎわっているが、その作品の前にはひときわたくさんの人が群がって“鑑賞”している。

業者も専門外は素人同然

 ある業者によると、コレクションの半数が偽物という個人美術館があるそうだが、驚くに値しない。美術館でさえ贋作にひっかかることがあるのだから、素人のコレクターが失敗しちゃったなんてことは日常茶飯事である。藤田嗣治を鑑定した二科会の画家・東郷青児の目は怪しいものだったという話は連載の2回目で紹介したが、専門家の鑑定といえど、パーフェクトということはあり得ない。
 プロがだまされて大損していたのでは話にならないが、ふだん扱っていないものは業者だってわからない。ましてや素人が正確な鑑定をするのは不可能だ。
 テレビのお宝鑑定番組に出演し「いい仕事してますねえ」のセリフでお馴染みの骨董商、中島誠之助氏が著書『鑑定の鉄人』(二見書房)で、泥絵の偽物を売ってしまった失敗談を告白している。中島氏の専門は古伊万里染付である。
 中国地方のある業者が泥絵を持ってきた。見るとなかなかいい。幕末から明治にかけてはやった泥絵は遠近法を用いて描かれた素朴な絵だが、独特の味があり、けっこうファンがいる。赤坂溜池風景、日本橋河岸の図、赤坂見附御門などの絵が描いてある。中島氏の目には江戸時代のもののように見えた。仕入れ値は1枚1万円、50枚ほどまとめて買って都内の画廊で展覧会を開いた。
 売れ行きは好調で1枚5、6万円で売れた。お客の中に公立図書館に勤めている人がいて、何枚も購入してくれた。戦争で当時の資料が消失してしまったので「いい展示会をやってくれてありがとう」とえらく感謝されたという。
 展覧会の後、その業者が「また展覧会をやらないか」と言いだした。同じものが何枚もあると言うのだ。地方の名家の土蔵に眠っていた古い紙を買い占めて、専門の工芸作家がそれらしく描くのである。紙は本物だが、絵は古く見せかけた真っ赤な偽物。東京の郷土史家に貢献できたという喜びも束の間、結果的にだますことになったわけで、中島は「申し訳ないことをした」と書いている。

プロもひっかかる素描画

 第2回でもちょっと触れたが、日本画の大家、平山郁夫氏のスケッチ画《アフガニスタン人の肖像》の模写絵を描いて警察に捕まった芸大受験生がいる。父親が院展の画家で、受験生が修業のために描いた模写絵を商売人が本物として売っていた。それを買ってしまったという画商の失敗の弁を聞こう。
 「あの作品はある交換会で競り落として、私が始めたオークションのカタログに載せたんです。ところが、これはどうもおかしいという声が出てきて、元の売り主をたどっていったら、どうも院展の画家の息子が描いたもので、ブローカーが画学生に頼んだらしいということがわかった。そっくりにできているもんでね。そんなこと俺知らないから、250万円くらいで落札した。平山さんのところへ絵を持って行ったんです。贋作かどうか見て欲しいと言って。そしたら彼もすぐにはわからなかったのか、玄関で待っててもなかなか出てこないんだ。本人でもすぐには見抜けないほどの出来映えだったんだろうな。最終的にこれは偽物だということで、会を通して返しました。その話が新聞に出たんですよ」
 プロもだまされやすいのはスケッチとかデッサンだ。比較的値段が安いから、簡単に偽物にひっかかってしまうのだ。赤坂に店を構える画商が言う。
 「いっぱいありますよ。組織的な偽造団がある。奥村土牛もあったし、杉本健吉(洋画家)もあった。せいぜい100万とか150万とか、それほど金額が張らないからだましやすいんです。厳しく見ない人はフッと買っちゃう。よくウチの方にも売りに来ますよ。でも大体わかりますね。独特の匂いがある。人間性の匂いも変だし、絵を見るとなおさらおかしい。そういうのが出回るときは短期間にいろんなのが集中的にくる。ちょっと仲間に教えてやろうと思って電話すると、えー、オレもう買っちゃったよ、なんて、前にそういうことがありました」
 いうまでもなく市場でとびきり高い名画に贋作が多い。安物に贋作はない。まさかこんな値の張らないもので偽物は作らないだろうという安心感、先入観がプロの方にもある。そこが贋作商売人たちの目の付けどころなのだ。

本物として売られる複製品

 ある画商が「工芸品を本物として売っちゃうのがいるんです」と言い出した。工芸品は「工芸版」とも呼ばれ、大家の名品を高度な印刷技術で忠実に再現している複製品だ。もちろん本物ではない。値段は多くが数万円から数十万円程度。これを本物として数百万円で売ってしまう悪徳業者がいるのである。
 「そういう業者がいるんですよ。うちへ売りに来たお客さんの中にも、けっこうそういう工芸品を持ってくる人がいます。ちょっとおかしいので、これ、いくらで買ったんですかと聞くと、何百万円で買ったという人がいます。よく見るとまぎれもなく工芸品なんです。お客さんは本物だと思ってますからね。あ、これは印刷ですよって言いづらいほど信じ込んでいる。工芸品は精巧に出来ていても、ただの印刷ですよ。ポスターみたいなものです。田舎の方へ行くとわかんないからね。素人には。気の毒ですよ。そういうインチキもあるんですよ」
 絵の具の質感、立体感や光沢まで本物そっくりに再現した複製画は素人にはなかなか見分けがつかない。凝ったものになると手彩(色をつける)しているものもあるので、触っただけではわからない。表面がざらざらしていてまるで本画みたいな感触で、業者だって間違えるほどだという。

鑑定書付きの偽物

 日本には法的に認められた鑑定人はいない。最終的に目利きや美術界の実力者たちの鑑識眼がものを言う世界である。ふつうは未亡人や兄弟などの遺族が鑑定を行うが、未亡人までだまされて鑑定書を書いてしまうケースがあるから、それも絶対ということはない。現存作家なら描いた本人に見てもらうのが一番いいが、それだってあてにならない。普通の人は鑑定書が付いていれば本物と思ってしまうが、鑑定書そのものの偽物があるのだ。赤坂のある画商が話す。
 「いくらでもある。本物を扱っている人はわかりますよ。書式とか紙の質がありますから。例えば菱田春草(明治の日本画家)なんか、鑑定人が独自に作っていた便せんがある。その紙はいま手に入りません。だからそれらしく書いても、紙質が違っていればおかしいということになる。春草あたりは古い画家ですから、絵そのものの真贋はものによっては難しいものもあるけど、おかしな鑑定書はよく見ればわかります」
 とはいうもののいくら気を付けていても偽物を売って「お客さんをだますつもりじゃなくても、結果的にそうなっちゃうということも時々あるよ」と苦笑する。こういう情報を持っていないコレクター、業者は簡単に偽造鑑定書付きの贋作にひっかかってしまう。もともと鑑定する人がいない作家のものもある。
 「そういうものは水際での防止が出来ない。本物かどうか聞くところがないんだから、責任はだれが取るのかと言ったら、買ったお店でどうぞ、というだけのことです。万が一偽物があっても、うちはちゃんと引き取ります。知らないよなんてことはあり得ない。そういう店で買えということでしょうね」

贋作を助長する権威主義

 2002年11月から翌年1月にかけて京都国立博物館で「大レンブラント展」が開かれた。「17世紀オランダ最大の巨匠レンブラントの油彩画の傑作50点を一挙に展示する大回顧展」というふれこみの展覧会に対して、美術史家たちから疑義が出され、問題点を指摘する意見書が関係者に送られているという。
 昔、ヨーロッパの画家の多くは工房の経営者でもあり、弟子の絵に師匠のサインを入れるということは普通に行われていた。冒頭でも紹介したが、レンブラントの作品にもそういう工房モノが多いといわれている。現在、そういう絵は画家本人のものとは区別されている。美術館の入場者に真贋をめぐる議論があることを伝える必要があるが、今回の「大レンブラント展」にはそうした説明はなかった。疑わしいものはその旨明記すべきであるというのが専門家の主張である。
 美術館が偽物の展覧会を開いたというケースは過去にたくさんある。1965年に国立西洋美術館がアメリカ人の贋作画商フェルナンド・ルグロからドラン、デュフィ、モディリアニなどの贋作を購入して大騒ぎとなり、国会にまで取り上げられた事件があった。業者や評論家が「評判の悪い画商が売り込みに行くから気を付けた方がいいぞ」と警告していたにもかかわらず、国立西洋美術館は「民間業者が何を言うか」という態度で、まったく耳を貸そうとしなかった。
 日本人は権威に弱い。とくに美術館は定評のある作家に関心が集中し、大衆的な人気のある作家の作品をそろえようとする。これまでもさんざん繰り返してきたが、人気のある作家には必ず贋作がある。しかも困ることに大家の作品は値段がものすごく高いのである。バブル崩壊後、美術館の経営が危機的状況に陥っているのは、こうした権威主義に根本的な問題があるのではないかと思う。

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