Web草思
贋作天国ニッポン 大宮知信
第1回 贋作絵画の新たな市場
贋作がネットオークションに

 先日朝日新聞に「ナイーブ・アート(素朴画)」の画家として知られる原田泰治氏の贋作が、インターネットのヤフー・オークションに出品されていたという記事が出ていた。原田氏は郷愁を誘う日本の風景画を描き続けている画家で、1982年から127回にわたって朝日新聞日曜版に「原田泰治の世界」を連載し、アメリカやブラジルなどの海外でも度々展覧会を開催している。
 朝日の記事(7月23日付)によると、出品されたのは『もやる舟屋』という題が付いた10号の油絵。42人が入札して15万円余の値を付けたが、怪しんだ長野の画商が原田氏に問い合わせたところ偽物とわかった。
 5月11日に放送されたTBSのニュース番組「イブニング・ファイブ」では岡本太郎の贋作が出回っているという話題を取り上げていた。昨年12月、インターネット・オークションに日本の前衛芸術を代表する岡本太郎の油絵が出品され、ある30代の女性がその作品を10万円で落札した。
 原色を使った一見岡本太郎風の8号の油絵である。『母と子』のタイトルが付けられ、絵の左隅にアルファベットのサインが入っている。ネットの画像に「岡本太郎の直筆です。もしかしたらお宝かも?」の気を引くような説明文が添えられている。岡本太郎の作品を真似てそれらしく描いたもので、岡本の作品を扱うことが多い銀座の画商が鑑定したところ一目で贋作とわかる代物だった。

ネットオークションのトラブル多発

 ネットオークションが年々盛んになっているが、それに伴ってトラブルも多発している。全国の警察が受理したネットオークションに関する相談件数は合計1万7000件を超え、前年比で約3割も増えている。送られてきた品物がぼろぼろの粗悪品だったというケースは珍しくない。人気タレントのコンサートの偽造チケットが売買されたり、プロ野球の人気選手のバットやボールなどに偽のサインを書き入れてヤフー・オークションで販売される事件も発生している。
 ネットオークションに絵画の偽物が横行しているという噂は前から画商の間で囁かれていた。銀座あたりの画廊へ行ったらいくら値段をふっかけられるかわからないという不安がある。その点ネットオークションは気軽に利用できる。そこに目をつけて素人に贋作を売りつけて儲けようという贋作ブローカーが暗躍することになる。美術市場に贋作が横行しているのはいまに始まったことではないが、ネットオークションの登場でまた一つ新たな市場が誕生した。
 通常画商はコレクターとの信頼関係を大事にする。変なモノを売っていたら客が離れていくからだ。画商に限らず、信用を大事にするのはどんな業界でも商売のイロハだ。もちろんそれと知らずに贋作を売ってしまうということはよくある。そのときは良心的な画商だったら客に謝罪し、引き取って返金する。
 ネットオークションは売る方も買う方も顔が見えない。客との濃密な信頼関係はない。昔から贋作はあるが、ネットでより贋作商売がやりやすくなったといえよう。ばれても知らなかったといって返金すればいいし、ばれなきゃ儲けものだ。

偽物ブランドと同じ構造

 景気が悪いといわれる中で、高級ブランド商品はよく売れている。いくら高くても欲しいという人が多いのだから、値段は自由に付けられる。高級ブランドの名前を付ければ高値で売れるのであれば、偽物でお裾分けをいただこうという悪徳業者が出てくるのは自然の成り行きだ。絵画の贋作ビジネスも同様だ。
 ブランドもの、美術品に共通していることだが、よく品物を確かめずに、名前だけで買う人が多い。ブランド品が必ずしも品質が高いとはいえないように、美術品も大家の作品だからといってすべてが傑作とは限らない。愚作だったらまだいいが、大家の作品には本物よりはるかに多い贋作が市場に出回っている。
 今回発覚した原田氏の贋作は油絵である。原田氏は原画をアクリル絵の具で描き、油絵を描かないというのは美術業界では常識である。原画も売らない。市場に出回っている原田作品はリトグラフや木版画、あるいはピエゾグラフ(セイコーエプソンが開発したプリント技術)という最新の技法による版画である。
 原画だったら原田氏が人に贈ったもの(そういうのがあればの話である)がひょっとしたら市場に出てくるかもしれないが、それにしても油絵は一切描かないのだから、油彩画がネットのオークションに出てくるわけがない。
 岡本太郎の贋作は2、3年ぐらい前からネット上に増え始めた。その数、百点以上に上るという。大半が油絵である。しかし、岡本太郎は若いときの例外を除いて、油絵は売らなかった。だから岡本太郎の油絵が大量に出回るはずがない。
 出来不出来によって価格差はあるが、手頃な値段を設定するのが贋作の特徴である。岡本太郎の贋作は安すぎた。いくらなんでも岡本太郎の油絵が10万円で買えるわけがない。もし本物ならば800万円は下らないだろうという。

商売人だって鑑定は難しい

 景気が回復してるとはいえ大家の作品がポンポン売れるという状況にはないが、エリートビジネスマンやキャリアウーマンの間で、自宅の壁に飾る何か適当な「絵が欲しい」というニーズは高まってきていると知人の画商がいっていた。手ごろな価格の版画や中堅画家の作品は好調に売れているようだ。
 ネット競売やフリーマーケットを利用するコレクターに共通していることだが、自分だけ値打ち物、掘り出し物を手に入れたいという欲がある。そこを悪徳業者につけ込まれる。鑑識眼があればいいが、初心者にはない。鑑識眼がないから名前だけで買って、偽物をつかまされて後で悔やむということになる。
 鑑定は難しい。玄人だってふだん扱っていない作家の作品はわからない。原田氏の贋作を購入した骨董商は、都内の客から40万円で仕入れてオークションに出品したらしい。この骨董商はどこまで原田泰治氏のことを知っていたのか。
 玄人だってだまされるのだから、ましてや素人が真贋を見極めるのはほとんど不可能といっていい。しかし、原田泰治は油絵を描かないとか、岡本太郎の油絵がネットに出てくるはずがないというのは調べればすぐにわかることだ。

ネット競売の落とし穴

 画廊(とくに銀座の)は敷居が高く、初心者には入りづらい。各地でフリーマーケットが盛んに行われているが、ネットオークションがフリーマーケット的なものとして利用されている側面は確かにあるのだろう。しかしフリーマーケットはそれこそ玉石混淆である。怪しげなモノが堂々と売られている。
 ネットオークションの全体の取引規模は野村総研の調べによると、企業の出品をのぞいた個人間だけで、2005年度の取引額は1兆3400億円に上る。アメリカのネット競売の市場規模は3兆円を超えるというから、日本はそれでもまだアメリカの半分以下だ。最大手のヤフー・オークションでは常時880万件の出品があり、1カ月の取引は約500億円を突破する勢いだという。
 ネットオークションのメリットもある。だれでも売り手になれる便利さがある。素人でも手軽に売り買いが出来るということだろう。だが、そこに落とし穴がある。フリーマーケットなら品物をよく見て、売り主と価格交渉をしながら買うことが出来る。ネット競売はそういうわけにはいかない。
 ネットオークションに出品された絵がどういう絵なのか、大体の絵柄はわかるが、使われている画材で真贋を確認することは不可能だ。ましてや微妙なマチエール(絵肌)まではチェックすることはできない。絵の具の匂いで贋作がばれるということがあるが、ネットオークションでは匂いまではわからないだろう。
 始末が悪いことに、ネットオークションは売り主も素人で贋作を本物だと思って出品する場合が少なくない。美術業者が偽物とわかっていながら販売するのは詐欺行為だが、知らなかったといえばそれまでだ。
 絵は信頼できる店から買うというのはコレクターの基本である。有名な美術品のオークションはその道のエキスパートが目を光らせているが、それでもオークションから贋作を完全に閉めだすのは不可能だといわれている。

購入の前に作家を研究せよ

 絵の価格はわからないといわれている。ネット通販はある程度値段のチェックができるが、たとえ本物でも一級品と出来の悪い愚作(業界ではパン絵という)では値段が違う。値段にふさわしいものかどうかは、同じものが複数ある版画ならともかく、油絵だったら実物を見てみないことには判断のしようがない。
 一点ものの油絵に対して、同じものが一定部数作られる版画は値段が安い。だから比較的偽物は少ない。それでも最近は市場で人気がある日本画の大家・加山又造、棟方志功などの偽物が出てきている。版画にだって偽物がある。エスタンプという複製品が本物の版画として市場に出ることもあるから要注意だ。
 繰り返すようだが、絵の良し悪しは本物を見ないとわからない。美術教科書で見た絵に、美術館で実物を見たらまた違った感動を覚えたというのはよくある話。高額商品の絵を実物に触れず、パソコンのモニターを見ただけで買う人がいることに驚いた。岡本太郎の贋作を買った女性は、送られてきた絵を梱包も解かずそのままにしていた。この人は何のために岡本太郎の絵を買ったのだろうか。
 岡本太郎の贋作事件を報じたTBSの番組に私も出演し、絵は作家をよく研究してから買うべきだという意味のことを述べた。どんな絵を描いていたのかも知らずに、ただ名前だけで買うなんてムチャクチャだ。岡本太郎の美術館だってあるのだから、見ようと思えばいくらだって本物を見ることはできる。
 素人が気軽に参加できるネットオークションは拡大する一方だが、相次ぐトラブルに「何らかの真贋保証をしなければ、インターネット取引そのものがいずれ廃れるかもしれない」という美術業界関係者もいる。美術界の信用低下にもつながりかねず、業界も何らかの対策を講ずるべきだろう。

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