Web草思
書冊の山より 鳥居民
第12回 07年中国共産党大会の各紙誌論説より
 ある著書の批評を書きはじめた。批判ばかりとなることはわかっていた。三頁、四頁と書いていき、やっぱりこれはよくないと思い直した。忘れることのできない傷を著者に残すかもしれない。読者もまた不快と感じるかもしれない。前回の書評も好意的な批評とは言えなかった。やめにしよう、ほかの本にしようと思った。ところが、六十年前の大戦にかかわる著作で、すぐに書評したいという本がない。
 読者がなんと言うか、わからないながら、中国でこの十月、二〇〇七年のことだが、五年ぶりの中国共産党の党大会が開かれた。これについて、中国ウォッチャーがどのように説いたかを紹介し、私の考えを述べることにしよう。
 その前に二、三述べておこう。中国共産党の中央政治局常務委員会は中国の最高機関である。毛沢東時代には、かれの命令ですべては決まり、利用する機関はそのときのかれの思いつきで決まったから、最高機関などないも同じだった。江沢民、胡錦濤が総書記の時代になって、常務委員会は中国の最高政策決定機関となっている。
 常務委員会は前にはメンバーは七人だった。これを九人にしたのは、二期、十年をつづけたあとに身を引く予定の総書記の江沢民だった。七人のうち、自分の側は三人が残るだけとなり、少数派となってしまう。そこで自分の腹心の二人を新たに常務委員として、多数派を形成した。自分が引退したあとも、自分の力を残そうとしてのことだった。二〇〇二年十一月のことである。
 余計なことをひとつ加えておこう。江沢民が最高機関に二人の部下を押し込んだことは蔭で非難された。その二人はそれぞれが省のボスだった時代に大規模な汚職にかかわった評判の悪い人たちだったからである。そこで江沢民がやったことは、腐敗を以て団結を買うと評されたのである。
 さて、二〇〇七年十月、党大会と新中央委員総会が終わったあとになる。「ニューズウィーク」誌の北京支局長のメリンダ・リウ氏の解釈から見よう。
 「胡錦濤は李克強の政治局常務委員昇格と、目の上のたんこぶ的存在だった曽慶紅国家副主席の引退を勝ち取るために、後継者の指名を断念したとみられる。
 その結果、習近平は李克強と同じ政治局常務委員ながら、党内序列では一ランク上の地位に座った」(十一月七日号)
 メリンダ・リウ氏は「党内序列の見直し作業は、ぎりぎりまで熾烈な駆け引きが続いたらしい」と書きながらも、胡錦濤がだれと「熾烈な駆け引き」をしたのかについては、まったく触れなかった。
 ついでに「タイム」誌を見ておこう。サイモン・エレガント氏はつぎのように記す。「曽慶紅は江沢民の同盟者であり、党内で大きな力を持っていた。だが、胡錦濤は曽慶紅からの脱却を巧みに成し遂げた。そして胡は党の最高機関、中央政治局常務委員会に何人もの子分を引き上げた」(十一月五日号)まことに無難な評である。
 「ザ・エコノミスト」はつぎのように述べる。これは無署名だ。「胡錦濤が計画を並べ立てるだけの人物なのか、実行を伴う人物であるのかどうかはわからないままだ。常務委員会の新しい陣容は、対抗勢力との妥協の産物であろう。かれの後継者の問題も不確かなものにしている」(十月二十日号)
 「ザ・エコノミスト」の論評は手厳しいが、党大会がはじまる直前の前号の社説を見れば、だれもがなるほどと思うにちがいない。「中国よ、気をつけよ」と題して、「中国の支配者たちは自分たちの幸福のためにはどんなことでもするが、地方の農民のためにはなにもしない」とのリードを掲げ、中国農村の実態を伝える特集を組んでいた。(十月十三日号)
 ところで、「ニューズウィーク」の北京支局長が説いたことを引用してしまったが、日本の北京特派員の所論を挙げていけば、たちまち紙面が尽きてしまうから、中国特派員から東京に戻り、論説委員となっている二人の中国専門家の主張を取り上げよう。
 「東京新聞」の清水美和論説委員はつぎのように判断する。「胡錦濤氏にとって油断のならない曽慶紅氏が引退したことは権力基盤の強化につながったといえる」(十月二十九日付)
 清水氏は曽慶紅引退の理由をつぎのように見る。「九月二日、……胡錦濤氏が政治局委員以上のメンバーに個別に意見聴取したところ、ほとんどが曽慶紅氏の留任に反対した。これで胡錦濤氏は定年をたてに彼を引退させる決意を固めたという。……
 曽慶紅氏が江沢民氏にも胡錦濤氏にも接近を図ったことが反発を招き、明暗を分けたようだ」
 月刊誌「選択」十一月号に載った「『中枢分裂』の危機孕む中国共産党」という文章は無署名だが、清水美和氏の執筆にちがいない。つぎのように述べる。
 「江沢民は醜聞にまみれてはいるが自らに忠実な賈慶林を留任させる条件で曽慶紅の引退をのんだという」
 もうひとりは「毎日新聞」の金子秀敏論説委員だ。つぎのように説く。金子氏は複雑な策略があったのだと解釈していることから、引用する文章は少々長くなる。
 「胡錦濤総書記の構想では、曽慶紅氏の兼務していた筆頭書記に李克強氏をつけて世継ぎとし、曽慶紅氏を賈慶林氏のポスト(政協主席)に回す。同時に、九人の政治局常務委員を七人に減らすことで、上海派の賈氏と李長春イデオロギー担当常務委員の二人を切るという絵を描いたらしい。
 が、定年に引っかからない賈氏、李長春氏は抵抗した。そこへ曽氏が辞表提出という意表を突き、胡構想の要をつぶした。
 その結果、曽慶紅氏の後釜に習近平氏が急浮上した。曽氏の刎頸の友、周永康氏(前公安相)が政法委員会書記、曽氏直系の部下、賀國強氏(前組織部長)が紀律検査委員会書記として、それぞれ常務委員会入りした」(十月二十五日付)
 金子氏は曽慶紅を「江沢民派の『大政おおまさ』」と見ている。十月二十三日付の「毎日新聞」の社説では金子氏は「江沢民氏の腹心、曽慶紅」とはっきり記している。
 ここに引用した文章はいずれも曽慶紅を江沢民派だと見ている。リウ氏は胡錦濤が曽慶紅を追いだすことには成功したものの、李克強を自分の後継者にすることを思いとどまらざるをえなくなったのだと語り、清水氏は胡錦濤は曽慶紅を追いだすことと引き替えに賈慶林の残留を認めたのだろうと述べ、金子氏は曽慶紅が自分を犠牲にして、江沢民派閥を守ったという解釈をしている。
 そこで疑問が湧く。胡錦濤にとって、曽慶紅を除去することは、自分が選んだ後継者を犠牲にし、江沢民系の常務委員が前よりも増えるのを我慢してまで、絶対にしなければいけないことだったのであろうか。
 この五年間、曽慶紅は胡錦濤のやろうすることにくちばしをはさみ、つねに胡を脅かしていたのか。それとも、周恩来が対米交渉をおこない、西側メディアに高く評価されたことに毛沢東が激しく嫉妬したといったような、憎しみに近い感情を胡は曽に持っていたのであろうか。
 金子氏も、清水氏も、「胡錦濤・曽慶紅同盟」があったのだ、「胡錦濤・温家宝体制」なんかとんでもない、「胡錦濤・曽慶紅体制」があったのだという見方があったことははっきり承知していよう。
 そこで曽慶紅を引退に追い込んだのは胡錦濤ではなく、それこそ二君に仕えることになった曽慶紅を憎むようになった江沢民だという解釈があることも知悉していよう。体制外の少なからずの中国人はこのように語ってきたのである。
 私は「胡錦濤・曽慶紅同盟」があったと見る方が、すべてにわたって納得のいく解釈ができるように思うのだが、清水氏、金子氏はこの主張にはいくつかの不合理な箇所、重大な誤りがあると見て、採用しないのであろう。
 ところで、党大会、それにつづく新中央委員総会が明らかにしたもっとも重大な事実は、江沢民の復活である。観察者はだれもがなぜなのだろうと首をかしげる。この謎は曽慶紅の去就の謎よりはるかに大きい。
 二〇〇四年、二〇〇五年には、江沢民の中国内での評価は低いとだれもが説いてきた。江沢民の力は弱くなっているとわれわれは考えた。つづいて二〇〇六年九月に上海の市委書記、陳良宇が逮捕された。中国最大の経済都市である上海は江沢民の牙城である。そして陳良宇は翌年秋の党大会で政治局常務委員になることは確実と見られ、江の陣営の後継者と思われていた。そのような人物の破滅は江沢民の生き残り劇に幕を下ろしたのも同じと思われた。
 ところが、党大会が開かれる十月が近づいて、北京駐在の特派員はだれもが胡錦濤の思うように人事が決まらないようだと伝えだした。蓋を開ければ、はたして江沢民派の常務委員は六人にもなり、胡錦濤はかれが望んだ李克強を後継者に指名できず、江沢民の選んだ太子党の習近平が後継者となった。
 念のために記しておけば、金子氏も、清水氏も江沢民が習近平を選んだのだと直接には記していない。
 金子氏は「ダークホースの抜てき人事の背景に、一般中国人は、きっと党規約を超えた『天の声』が作用したのだろうと思うだろう」(十月二十三日付)と記した。
 もちろん、金子氏は「天の声」がなんであるのかははっきりわかっているのであろう。つぎのように記す。「今回の人事で新たに政治の頂点にも太子党が露出してきた。……中国は人治の方向へ逆行している。好ましい現象ではない」(十一月八日付)
 清水氏はつぎのように説く。「胡錦濤政権に対する反発は、上海グループと、従来は江沢民系幹部に距離を保っていた太子党という党内二大派閥の連携を生み出した。彼らが李克強に対して総書記候補に擁立したのが習近平であったのは象徴的である」(「選択」十一月号)
 この論文の締め括りを記しておこう。「中国はまさに党中枢の分裂の危機を孕んだ予測不能の時代に突入した」
 清水氏と金子氏の主張に私が付け加えることはなにもない。
 ところで、読者はどうして江沢民系と太子系の同盟ができたのかと問うにちがいない。それに私がごく簡略に答えて終わりにしよう。
 昨年十月に胡錦濤の信頼する部下が「民主はよいものである」と説いたことから、大きな論争が引き起こされた。このキャンペーンの真の狙いはいまになれば、おおよその見当がつく。もちろん、一党制を否定する考えはなく、専制に手をつけるつもりもない。あるのは、二百余人の中央委員の総会で選挙をおこない、政治局委員を選ぼうとする計画である。中央委員の多数を占めるのは共産主義青年団、いわゆる共青団出身だ。選挙をおこなえば、政治局から江沢民系を奇麗さっぱり追放してしまうことができるし、太子系を少数派にとどめることもできる。
 江沢民系と太子系はこの恐怖があったからこそ、連合戦線を結成したのだ。体制内の利益集団といっても、共青団出身者は平民だ。胡錦濤や温家宝も平民出身だ。かれらをして多数派を組ませ、党の最高の管理者にさせてはならない。この僅か十年のあいだに形成されたスーパー・リッチの新貴族階級はこのように考えているのだ。
 「中国の支配者たちは自分たちの幸福のためにはどんなことでもする」と述べた「ザ・エコノミスト」の社論の一節を読者は思いだして欲しい。

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