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58号線の裏へ 駒沢敏器
第12回 ココースにはもう行ったかい?
 CoCoの何がそこまで基地の人たちを惹きつけてやまないのか、コザのとあるバーで話を聞いた。集まってくれたのは、いずれ劣らぬCoCoクレイジーの4人。中年になるガース・サットン、ランド・サットン夫妻は国防総省勤務の文民であり、若いマーク・ガルシアとベロニカ・セレンは共に空軍に属している。ちなみに彼らは一様に、CoCoのことを「ココース」と発音する。一般名詞に「'S」を付けると、そのまま店名になるのがアメリカでは通例だからだ。
 「赴任してきて、まず最初に訊かれたのが『もうココースには行ったか?』だったからね」とマークが口火を切った。
 「何だそれ、カレーって何だ、と思ったよ。ところがひと口食べて大満足。行き過ぎて太ってきたんで、最近は少し控えているんだ」
 ちなみに彼の好みはチキンカツにチーズ、ライス大盛りで辛さはレベル3、そしてコーク。これは絶対に変わることがなく、ほとんど「プログラムみたいなもの」だとう。
 この発言をきっかけに各々が好みを披露、やはりベロニカもチキンカツがモスト・フェイバリットで、サットン夫妻が「私はとんかつ」「僕はいつも組み合わせを変えたマイ・スペシャル」と少し凝ったことを言うと、マークは「おいおい、こんな会話のなかでも社会ダーウィニズムが存在するのかい」と、皮肉めいたことを言った。縦社会のなかにいるからか、下級に属する兵士はちょっとした格差や差異にも敏感なようだ。
 普段は好き好きに食べているだけのカレーの、その本当の魅力は何なのか、それを改めて訊かれると、彼らもにわかには答えを出すことができなかった。しかしやがて議論がまとまってきて、全員で一致した意見は「ソースにチーズにミート、それを混ぜ合わせるのが楽しい」ということだった。
 「辛さへのチャレンジもあるし、アリゾナ出身のおれからすると、エンチェラーダのような親近感もある」と、マークは言った。「要するにデニーズに近い、って言うのかな。オープンな感じで、しかもバラエティがあるんだ」
 「安くて早いし」
 「台風が近づいているのがわかっていても、食べに出ていきたいと思うね」
 「最後におれがまとめると、『アメリカンズ・ラヴ・チョイセズ』ってことだろうな。選ぶ自由がある。これがないと、アメリカ人は生きている気がしないんだよ」
 備品がなくなるのはご愛嬌として黙認もできるが、緊張したトラブルとなると、看過できない場合もある。ごく稀なことだが深夜に乱闘などがあると、店内はにわかに騒然となる。
 「バイトの多い時間帯なので、そういうときは社員が体を張って、彼らを外に出すしかありません」と、新崎さんは言う。
 「こちらは推測するしかないのですが、普段は気さくな人でも、戦地へ行く直前になるとやはり様子が変わります。コザの街で飲んできて、そのまま基地へは戻らずに、うちの店に寄りたくなるのでしょう」
 ここのところ深刻なトラブルはないようだが、イラク戦争が始まったことを、新崎さんはこの店で実感した。開戦から2年間、客たちには明らかに荒んだ様子がうかがえた。コザで生まれ育った彼でも、それを目の当たりにするのは初めての体験だった。
 「いくらコザが基地の街だとはいえ、基地の人たちと接触したという体験は、僕にもないんです。バイトの子たちも英語ができない苦手意識があって、実のところお互いの交流はありません。フェンスの向こうとこっちがあるだけです。むしろ交流を図ろうとしてくるのは、彼ら軍人たちの方です。片言の日本語で『オイシカッタ』と声をかけてくれたり、チラシを配ったときのように、一肌脱いでくれたりもする。ですからせめてこの店では、こちらからも英語で話しかけたり、写真を撮ってあげたりするようにはしたいと思っています」
 気合いをこめてチラシを配った軍人の、その張り切りようが目に浮かぶ。フェンスのなかは極端に窮屈な社会であり、たまに外へ遊びに出たら出たで、内心肩身の狭い思いをしていたのだろう。そのときに地元の沖縄人から声をかけてもらい、自分でも役に立てることを知った喜びは、決して想像には難くない。私服を着て町を歩いていても、避けられてしまうのが彼らの日常なのだ。
 「これはトラブルとは言えないかもしれませんが……」と、新崎さんが口を開いた。どことなく楽しそうな顔をしていた。
 「バイトの子がアメリカのお客さんと知り合って、結婚する例はあります。子供ができてアメリカに行ったのが過去2人、交際中ということであれば、その例は常にこの店にあります。お客さんとの私語は禁じていますから、いつどのようにしてそうなったのかはわかりませんが。恋愛ばかりは自由ですから、その管理までは僕もできない。バイト志望で来たときに『親に心配はかけないように』と言って釘を刺しますが、ここが出会いの場になっているのも事実です」
 さりげなく声をかけてきたり、そっと自分の携帯番号を手渡す若い軍人に、バイトの女の子が何を感じるのかはわからない。そこにはある種の優越感が芽生えるのか、それとも沖縄の男の子には感じられない何かに触れたように思うのか。断らずに受けてみるところに、沖縄女性の度量を感じることは確かだ。
58_12a.jpg その一方で、声をかけてくる彼らがちょっとした遊びの気分でいるとも、僕にはあまり思えない。ここはバーでもなければディスコでもないのだ。言葉さえ通じない普通の女の子に、彼らはおそらく本気で焦がれてしまうのだろう。仕事が仕事だけに、恋慕の強さは大きな救いを彼らに与えるはずだ。
 ちなみに現在は、基地の軍人と民間の沖縄人のあいだに生まれたハーフに対する偏見や差別は、ほとんどなくなっている。むしろハーフは格好いいという評価さえ広まっている。意外なところで、垣根フェンスは崩れているのだ。

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