「赴任してきて、まず最初に訊かれたのが『もうココースには行ったか?』だったからね」とマークが口火を切った。
「何だそれ、カレーって何だ、と思ったよ。ところがひと口食べて大満足。行き過ぎて太ってきたんで、最近は少し控えているんだ」
ちなみに彼の好みはチキンカツにチーズ、ライス大盛りで辛さはレベル3、そしてコーク。これは絶対に変わることがなく、ほとんど「プログラムみたいなもの」だとう。
この発言をきっかけに各々が好みを披露、やはりベロニカもチキンカツがモスト・フェイバリットで、サットン夫妻が「私はとんかつ」「僕はいつも組み合わせを変えたマイ・スペシャル」と少し凝ったことを言うと、マークは「おいおい、こんな会話のなかでも社会ダーウィニズムが存在するのかい」と、皮肉めいたことを言った。縦社会のなかにいるからか、下級に属する兵士はちょっとした格差や差異にも敏感なようだ。
普段は好き好きに食べているだけのカレーの、その本当の魅力は何なのか、それを改めて訊かれると、彼らもにわかには答えを出すことができなかった。しかしやがて議論がまとまってきて、全員で一致した意見は「ソースにチーズにミート、それを混ぜ合わせるのが楽しい」ということだった。
「辛さへのチャレンジもあるし、アリゾナ出身のおれからすると、エンチェラーダのような親近感もある」と、マークは言った。「要するにデニーズに近い、って言うのかな。オープンな感じで、しかもバラエティがあるんだ」
「安くて早いし」
「台風が近づいているのがわかっていても、食べに出ていきたいと思うね」
「最後におれがまとめると、『アメリカンズ・ラヴ・チョイセズ』ってことだろうな。選ぶ自由がある。これがないと、アメリカ人は生きている気がしないんだよ」
「バイトの多い時間帯なので、そういうときは社員が体を張って、彼らを外に出すしかありません」と、新崎さんは言う。
「こちらは推測するしかないのですが、普段は気さくな人でも、戦地へ行く直前になるとやはり様子が変わります。コザの街で飲んできて、そのまま基地へは戻らずに、うちの店に寄りたくなるのでしょう」
ここのところ深刻なトラブルはないようだが、イラク戦争が始まったことを、新崎さんはこの店で実感した。開戦から2年間、客たちには明らかに荒んだ様子がうかがえた。コザで生まれ育った彼でも、それを目の当たりにするのは初めての体験だった。
「いくらコザが基地の街だとはいえ、基地の人たちと接触したという体験は、僕にもないんです。バイトの子たちも英語ができない苦手意識があって、実のところお互いの交流はありません。フェンスの向こうとこっちがあるだけです。むしろ交流を図ろうとしてくるのは、彼ら軍人たちの方です。片言の日本語で『オイシカッタ』と声をかけてくれたり、チラシを配ったときのように、一肌脱いでくれたりもする。ですからせめてこの店では、こちらからも英語で話しかけたり、写真を撮ってあげたりするようにはしたいと思っています」
気合いをこめてチラシを配った軍人の、その張り切りようが目に浮かぶ。フェンスのなかは極端に窮屈な社会であり、たまに外へ遊びに出たら出たで、内心肩身の狭い思いをしていたのだろう。そのときに地元の沖縄人から声をかけてもらい、自分でも役に立てることを知った喜びは、決して想像には難くない。私服を着て町を歩いていても、避けられてしまうのが彼らの日常なのだ。
「これはトラブルとは言えないかもしれませんが……」と、新崎さんが口を開いた。どことなく楽しそうな顔をしていた。
「バイトの子がアメリカのお客さんと知り合って、結婚する例はあります。子供ができてアメリカに行ったのが過去2人、交際中ということであれば、その例は常にこの店にあります。お客さんとの私語は禁じていますから、いつどのようにしてそうなったのかはわかりませんが。恋愛ばかりは自由ですから、その管理までは僕もできない。バイト志望で来たときに『親に心配はかけないように』と言って釘を刺しますが、ここが出会いの場になっているのも事実です」
その一方で、声をかけてくる彼らがちょっとした遊びの気分でいるとも、僕にはあまり思えない。ここはバーでもなければディスコでもないのだ。言葉さえ通じない普通の女の子に、彼らはおそらく本気で焦がれてしまうのだろう。仕事が仕事だけに、恋慕の強さは大きな救いを彼らに与えるはずだ。ちなみに現在は、基地の軍人と民間の沖縄人のあいだに生まれたハーフに対する偏見や差別は、ほとんどなくなっている。むしろハーフは格好いいという評価さえ広まっている。意外なところで、
次回更新予定日 1月5日
