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58号線の裏へ 駒沢敏器
第8回 沖縄建築の意匠
 コンクリート・ブロック(CB)は沖縄ならではの意匠となった、という言い方がある一方で、CBが沖縄の建築をだめにした、と言う者もいる。後者は特に本土の建築家に多い。
 72年の復帰後、沖縄の公共建築に関して指導的立場にあったのは、この本土の建築家たちだった。当然ながら、彼らは沖縄におけるCBの数の多さに驚き、そして地元独自の資材として着目した。当時、建築の世界では「その土地のものを活かして、建築物に風土を反映させる」という議論が盛んであり、彼ら本土の建築家たちは、地元の関係者らと一緒になって「いかにしてCBを沖縄の意匠にまで高めて表現するか」ということに、躍起になっていた。台風から身を守る必要性と、安価であるという合理性だけで普及したCBはこのとき、新たなる展開を迎えることになった。
 本土から来た設計集団「象」もまたCBに魅せられ、意匠としてはほぼ手つかずのCBの可能性に挑んだ。彼らは沖縄に残された風土の濃さに心から驚き、58_8a.jpg独特の宗教観や生活観に、綿密な調査を通して触れた。そしてそこから得たものすべてを包んだ「ひとつの物語としての集大成」を、CB建築によって再現しようとした。できあがった名護市庁舎は、沖縄における近代建築の方向性のひとつを象徴するものとなった。
 しかし名護市庁舎の完成度があまりにも高く、これ以上はないというレベルにまでCBの表現法を具体化させたためか、一方では他の素材を用いる可能性が、極端に閉ざされてしまった。CB建築ばかりが近代的な沖縄の表現として横行することになり、流れがひとつの方向へ偏る結果を招いた。
 このような経緯から、もしかしたら「渡来人」の勝手で押し付けた「近代性」が、沖縄における建築の自由な発展を阻害してしまったのではないかとする反省が生まれた。「CBが沖縄の建築をだめにした」という言い方はだからむしろ、地元ではなく本土の側から出てきたものだ。
 やがて同じような言い分が、沖縄の内部からも出てくる。CBこそ沖縄ではないか、という上の世代の言い分に対して、80年代以降に出てきた次世代の建築家たちは、言い知れぬ圧迫感を覚えた。内地から送られてくる建築雑誌を見ると、自分でも参考にしたい施工例はいくらでもあるのに、「風土論」が邪魔をしてなかなか先に進めない。確かにこれは、CBがあまりに正統視され、席巻しすぎてしまったことの弊害ではあるだろう。
 しかし僕個人は、また別の違和感を覚える。何よりも、CBを必要として最初に取り入れたのは、多くの民間の人たちである。昔の風通しのいい家を捨て、屋内が暑くなるから冷房が必要になることを知っていても、それでもスラブヤーをこぞって建て、アメリカがもたらしたものを自在に使いこなしながらCBの質を上げ工夫を重ねてきたのは、建築家ではなく市井の人びとだ。そこへ建築家が「CB是非論」を持ちこむことじたいが、一種の傲慢ではないだろうか。
 日本の資本が沖縄を搾取している、とする論もある。本土の砂を売り、本土の機械を売り、需要があるからといってCBをどんどんつくらせて、利益を吸い上げているというのがその理由だ。
 しかし、あくまでもCBの原点は「砂や石から箱をつくって、それで綺麗な家を建てている」ところを目撃した、当時の沖縄の人びとの気持ちのなかにある。そこから自主的に這い上がってきた人たちの生活心情に、建築家の理論はどこまで届くのか。「CBが沖縄の建築をだめにした」という言い方を、ここで僕は肯定したくはない。あるものを使う、どんどん自在に工夫されてゆく、それでいいのではないか。
 もともとはアメリカとのハーフであったCBという文化を、後から来た内地人ないちゃーがしたり顔でいろいろと述べるのは、あまり格好のいいことではない。72年に復帰して「大和世」になるまでは、沖縄は隅から隅まで「アメリカ世」だった。それをリアルに想像してみるべきではないか。たとえ沖縄の若い世代が当時の記憶を残していなくとも、今沖縄を見る我われはそれを知り、想い、考えるべきだと思う。
 沖縄におけるCBの積み方でユニークなのは、いわゆる「目地めじ」がないことだ。本土のようにブロックとブロックをつなぐ余白をつくらず、ブロックどうしをそのまま接着してしまう。
 縦横に筋の入った目地がないと、「塀」のような感じがしなくなる。それよりも、もっとやわらかい「壁」のように目には映り、屋内における「壁面」として違和感なく演出ができるようになる。これも元々は、CBを積んであとはペンキを塗るという、アメリカの簡易な施工法がルーツだが、目地のないCBの壁面を前面に押し出すことによって、面白い考え方や工夫も生まれてきた。「CBそのものが持つ質感や素材感を、どのようにして積極的に扱うか」という問題だ。
 CBを手積みしたときにできる微妙な影を見逃す手はない、と言うのは、若い世代に属する建築家の代表格、金城優(39)だ。
「CBはざらさらとした感触があるのに、積み上げていくと〈面〉としての落ち着きが生まれる」と彼は言う。
「目地をつくらないのでうるさくなく、しかし手積みなので、よく見ると微妙なズレがある。それが沖縄の強い陽射しを受けると、設計図では計算できないような影のラインが出るんです。外壁は風雨にさらされて表情が変わってきますし、内壁もいい具合に光と影の演出をしてくれるんです」
 施工現場を見に行って、CB積みに1ミリの狂いも許さない建築家もいると聞きましたが、と質問を向けると、彼は「信じられない」といったような顔をした。確かに仕上げは美しいに越したことはないが、若干のズレは強度には何の影響もなく、偶然の効果を楽しむこともできる。
58_8b.jpg「CBは無機質だとか冷たいという言い方もあるけれど、ひとつひとつ表情が異なっていて実は飽きが来ないですよ」と彼は言う。
「木や布などとの組み合わせによって、むしろあまり自己主張してこないCBは、いろいろなものとの相性がいいはずなんです」
 単体では無骨でごつごつとしているけれど、数多く集まると別の表情が現れ、何でも相性よく受け容れるというのは、まさに沖縄人の気質そのものではないか、と僕は思った。多少のズレも計算や楽しみのうち、という発想も含めてのことである。

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